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第4話 初めての友達

ニナが部屋を出ていくと、私はさっそくノートとペンを取り出して、思い出せる記憶の整理を始めることにした。


一体なぜ、レオン様から婚約破棄を受けることになったのか。



そうだ、ここは、前世の社畜時代に読んだ『王太子に溺愛されすぎて困ってます』の世界なのだった。


それなら、前世の記憶を頼りに、小説のあらすじを思い出してみよう。


『王太子に溺愛されすぎて困ってます』は、王太子のレオンハルトと、伯爵令嬢のエミリアが、数々の障壁を乗り越えて婚約するーーそんな異世界恋愛小説だ。そこに悪役令嬢のシイラが出てきて、それで......


(......それで、どうなるんだっけ?)



あれほど好きな小説だったのに、ストーリーライン以外はすっかり忘れていた。シイラが作中でなにをしたのか、全く思い出せない。



だが、前世で読んだ異世界恋愛小説の多くは、悪役令嬢が王太子とヒロインの仲を邪魔するというお決まりの展開だった。


学園でヒロインの悪い噂を広めたり、持ち物を隠したり。



悪役令嬢はあの手この手でヒロインを追い詰める。すると、その事実が王太子のもとに伝わり、婚約破棄を言い渡され、ひどい場合は国外追放されるーーという流れだろう。




(でも、今世の私の記憶を振り返っても、エミリア様に何かをしたという記憶がまるでないわ......)



そもそも私とエミリア様は学園では別々のクラスだった。パーティなどで顔を合わせる時には話すこともあったが、当たり障りのない会話をする程度だ。



でも、記憶がごちゃ混ぜになっているだけで、私が何かしてしまったのかもしれない。


その他に考えられる可能性としては、私がレオン様に何かしてしてしまったということだ。


私が何かご無礼を働いてしまったのだろうか。

知らぬうちにレオン様を怒らせていた?

こんな非常識な女と婚約なんてできるか! ......みたいな。


あとは、何だろう。


もしや、私がドジすぎて、呆れられたとか?


こんなに鈍臭いやつは、婚約破棄だー! ......みたいな。


(......あとは......なんでしょう。全然思いつかないわ……)



私は天井に施された花模様のレリーフを見つめながら頭をうならす。


考えてみても、これ以上何も思いつかなかった。


これは、一人で考えていても日が暮れるだけだろう。


(はあ、完全にお手上げだわ......)



まだ昨日の疲れが残っているのか、少し頭を働かせただけでどっと疲れた。


いつもは立ち止まることなく動き回っていて、疲れなど感じたことがなかったが、ひとたびそれが止まると、疲れを敏感に察知するようになった。



(ひとまずは、疲れが取れるまでのんびりしようかしら)

  


それに、あのお母様のことだ、またいつ「そろそろ学校に行きなさい」と言われるか分からない。いつも外面を気にされているから、学校を卒業しないことなど許されないだろう。



(今のうちに、しっかり休んでおかないと)


ペンとノートを引き出しにしまって、一息ついたその時、部屋のドアをノックする者がいた。



「はい、どうぞ」


「失礼いたします」



静かにドアが開くと、侍女のニナが浮かない顔で中に入ってきた。



「シイラ様、大変申し訳ございません......。近くの書店を数件回ってきたのですが、温泉のガイドブックはどこも取り寄せ注文になっていまして......最短でも1週間はかかってしまうとのことです」


「あら、全然構わないわ。早速注文に行ってくれたのね。ありがとう」


(今朝お願いしたばかりなのに、随分早いのね)


「え、は、はい......」


ニナは目をぱちくり見開いて驚いている。どうかしたのだろうか。



「あ、いえ、遅いとおっしゃられるかと......」


(そうか、いつもは1分1秒が勝負だったから......。

いつも「早く早く」が口癖で、ニナを急かして......。

私ったら、なんて余裕がなかったんでしょう......)

 


「あの、それで、シイラ様、もしよろしければなのですが......」


ニナが1枚のチラシを見せてくれる。


「これは?」


「すみません、余計なことをとも思ったのですが、近くで1箇所、温泉を見つけまして......」


「あら、こんなところにも温泉が?」


「はい、ここ最近できたようです」


私はそのチラシの一文に目が釘付けになった。


「天然温泉掛け流し、露天風呂付き......」


(露天風呂......いいわねえ......)



「ねえニナ、ここに行ってみたいわ」




♢♢♢




馬車に乗り、私はその近くの温泉に偵察に行くことにした。



温泉はヴァレンシュタイン家の邸宅から学園方面に向かい、学園を越えてしばらく進んだところにあった。


私が通う王立学園のあるこの街は、学生街として発展している。


カフェに書店、文房具店、仕立て屋など、ここに来れば大抵の物を揃えることができる。

ここで商売をする者も多く、この通りはいつも人で賑わっていた。


しかし、その街を一度抜けると、建物はまばらになり、代わりに木々が増え、静かで落ち着いた雰囲気になっていく。



温泉の玄関前で馬車を止めてもらった。


「まあ、木の感じが素敵ね」


「あの、シイラお嬢様、大変失礼ではございますが、お母様からの伝言がございまして......」


護衛の者が恐る恐る口を開く。


「伝言?」


「靴箱の鍵を、無くさなれないようにと......」



「あっ、ええ、それはもう、厳重に保管いたしますわ」


もう、お母様はいつ何時も抜かりがない。


次に鍵を無くしたら、温泉禁止になってしまいそうだ。


(今日は絶対に無くさないわ。 このポーチに入れて、鞄の奥底にしまっておきましょう)


護衛の者が温泉の出入り口までついてきてくれる。


「それではお気をつけくださいませ、シイラお嬢様」


「ここまで連れて来てくださって、どうもありがとうございます。行って参りますね」


どうやらお母様だけでなく、護衛の者も心配してくれているような様子なのは、ちょっと嬉しかった。



♢♢♢



私は洗い場でよく身体を洗い、内湯に入って身体を温めてから、露天風呂に挑戦することにした。


内湯も言わずもがな最高なのだが、やはり気になるのは露天風呂。


(今世初めての露天風呂......さあどうかしら?)


外につながるドアを開けると、ヒュッと寒い風が私の身体を急速に冷やす。


(うっ......寒いっ......)


内湯で温まった身体が一瞬にして冷えていく。床に敷き詰められた石も冷たく、その冷たさが足の裏に伝わってくる。


ようやく湯船にまで辿り着き、肩まで一気に浸かってしまう。


(わあ......なんてあたたかいの......)


そうだ、この、外に出るときの一瞬の寒さと、寒さに耐えて熱々の湯に辿り着いたときの、生き延びた感じがたまらなくクセになるのを忘れていた。


私は周囲を見渡した。

すぐそばには原生林があり、森に生い茂る木々を、垣根越しに見ることができる。


ロケーションも素晴らしい。


露天風呂、控えめに言って、最高ではないか。



私はその場で大きく伸びをした。


「さいこーっ」


(あ、やだ、思わず口に出してしまったわ......)


「......ふふっ」


すぐそばで、誰かの笑い声がした。


(やだ、聞かれてたの!)



「し、失礼いたしました。私ったら、あまりの心地よさに、失言を......」


「いえいえ、私も感動しておりました。いいですね、露天風呂って」



意外にも、話をつなげてくれる。よく喋るお方だ。私と同い年くらいだろうか。



「いい町ですね、すっかり気に入りました」


「それはありがとうございます。ご旅行でしょうか?」


「あ、いえ、しばらくこの地に滞在する予定でございます」


「あら、そうなのですか?」


(なんだか、すごい気品とオーラね......名家のご令嬢なのかしら。どこかでお見かけしたような気もするのだけれど......)


銀髪に青い目のくりくりした、可愛らしい少女は、ときおり森の方を見つめては、照れくさそうに微笑んでいた。

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