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社畜の郵便配達員は異世界でも休まない  作者: 太幽


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第九話「七日目の来訪、そして女神の小さな嘘」

第九話「七日目の来訪、そして女神の小さな嘘」


リーンが姿を消してから、七日が過ぎようとしていた。


ギルドの朝は変わらない。

真は相変わらず四時半に出社し、床を磨き、掲示板の依頼書を期限順に並べ替え、朝礼では昨日の実績と本日の予定を淡々と読み上げた。

副長はといえば、この一週間ですっかり諦めの境地に達し「もう好きにしろ」と朝礼を容認するどころか、遅刻すると真から「副長、本日は三分の遅刻です」と指摘される始末だった。


「リーンさん、今日も来なかったっすね」

「ああ」

「もう七日っすよ。七日」

「……わかってる」


見習いと副長のそんな会話も、この七日間で何度繰り返されたかわからない。

そのたびに副長は引き出しを開け、まだ誰も使っていない小ぶりなカップをちらりと見ては、そっと閉じるのだった。

カップは箱の中で静かに横たわり、いつか誰かの唇が触れるのを待っている。

その箱の表面には、副長の指が触れた跡がうっすらとついていた。


真はといえば、いつも通りに働きながら、時折ギルドの入口の扉を見つめる仕草を、誰にも気づかれずに続けていた。

手帳の最後の頁には「リー」の二文字を書いては消した跡が、うっすらと幾重にも重なっている。


女神もまた、この七日間で変わった。

いや、変わりつつある自分を、彼女は静かに受け入れ始めていた。

報告書には今日も「特記事項なし」と書き、神界への嘘を積み重ねる。

そのことに、もう罪悪感はなかった。

あるのは、かすかな昂揚と、自分でも説明できない期待だけだった。


(あの娘は、きっとまた来る)


そんな確信めいたものが、彼女の胸の奥で静かに灯っていた。


午後を少し回った頃、ギルドに緊急依頼が飛び込んできた。


「東の炭鉱で坑道が崩落した!中にまだ作業員が三人取り残されてる!」

「二次災害の危険もある。早く救援を!」


副長が素早く人員を割り振る。

待機中の冒険者たちが装備を整え、慌ただしくギルドを飛び出していく中、真はいつものように手を上げた。


「副長、私も行きます」

「助かる。真さん、崩落現場の最奥を頼めるか。正直、あんた以外には任せられん」

「承知しました。すぐに終わらせます」


真が背負い袋を手に取ったその時、女神が席を立った。


「私も同行するわ」


副長が驚いて振り返る。

「え、女神様が直接ですか?」

「私は神よ。崩落現場で何が起きているか、この目で確かめる必要がある。それに、救出には人手が多い方がいいでしょう」

「は、はあ……そういうものですか」

「そういうものなの」


嘘だった。

本当の理由は別にあった。

リーンが去ってから七日——そろそろ何かが起きる。

そう感じていた。

その予感に従うなら、今はギルドの外に出るべきだと思ったのだ。


真と女神は並んで炭鉱へと向かった。


道すがら、真はいつもより口数が少なかった。

女神はその横顔を盗み見ながら、少しだけ迷ってから口を開く。


「大黒」

「はい」

「あなた、最近、リーンのことを考えたりは」

「……してるよ」


即答だった。

あまりに即答だったので、女神の方が面食らう。


「お客様の動向は常に気にかけています。来店頻度が下がれば理由を分析する。上げるための施策を考える。それが顧客管理の基本です」

「顧客管理……」

「しかし、今回は難しい。彼女が来なくなった理由は、おそらく私にあります」

「あなたに?」

「はい。私が勇者だからです」


真の声はいつも通りだった。

淡々としていて、事実を事実として述べるだけの口調。

けれど女神には、その声の奥に、かすかな自責のようなものが感じられた。


「……あなたは、それでいいの」

「いい、とは」

「あなたが勇者だから、あの娘は来なくなった。あなたはそれで、何とも思わないのかと聞いているの」


真は少しだけ歩みを遅くし、空を見上げた。

雲がかかっている。

雨が降るかもしれない。


「……寂しい、とは思います」

「大黒」

「ビジネス的に」


「ビジネス的に、でいいわ。今はそれで」


女神は小さく笑った。

この男は、どこまでも自分の感情を「業務」で包もうとする。

でも、「寂しい」と言った。

それだけで、十分だった。


「……私も、寂しいのよ」

「女神様が、ですか」

「ええ。あの娘がいないだけで、ギルドはこんなにも静かになる。たかが七日。されど七日。永遠より長く感じる」


炭鉱に到着すると、すでに数人の冒険者たちが瓦礫の撤去にあたっていた。

大きな岩が坑道の入口を塞いでおり、人力での撤去には限界があるという。


真は瓦礫の前で立ち止まると、静かに言った。


「全員、一度下がってください。まとめて動かします」


冒険者たちが距離を取るのを確認してから、真は右手を岩にかけた。

深く息を吸い、出力を調整する。

(これくらいなら、崩落を誘発しないはず——)


「出力、一割二分」


真が指先で軽く押すと、数トンはあろうかという巨大な岩が、嘘のように横にずれた。

そのままさらに二つ、三つと岩を動かし、ついに坑道の入口が姿を現す。

冒険者たちがどよめく中、真はさっさと坑道の奥へと進み始めた。


「私は先に救助を。女神様はどうぞご一緒に」


二人は暗い坑道を奥へ奥へと進んだ。

時折、壁がきしむ音がする。

まだ完全には安定していない証拠だった。

坑道の奥へ進むほど、空気が澱んでいく。

崩落後、換気が追いついていないのだ。

女神は無意識に口元を押さえた。


そんな中、かすかな音が聞こえてきた。

岩を削る音。

いや、砕く音。

規則的で、絶え間なく、粘り強い。

時折混じる、こらえるような息遣い。


真が足を止めた。


「……この先に、誰かいる」


その声に、女神も耳を澄ませる。

確かに、人の気配がある。

それも一人ではない。

複数の、かすかな呼吸。

そして——もう一つ。


岩を砕く音が、突然止んだ。


「……リーン?」


女神の声に、暗がりから人影がゆっくりと立ち上がる。

深紅に近い黒髪。

小さな角。

煤で汚れたマント。

両手は真っ黒で、指先からは血がにじみ、爪は割れていた。

服のところどころが破け、額には浅い切り傷がある。


「……女神様」


リーンの声は掠れていた。

しかし、その目ははっきりと女神を見据えている。

疲労と、それでもなお燃え続ける何かを宿して。


「リーンさん……あなた、ここで何を」

「見ての通りよ」


リーンは顔も上げず、血まみれの手でまた石を掴んだ。

その指はかじかみ、握った石が一瞬滑る。

それでも彼女はもう一度力を込めて掴み直す。

彼女の足元には、崩落した岩を少しずつ砕き、どかした痕跡が広がっていた。


「掘ってるの。中に人がいるなら、助けなきゃでしょ」

「貴方が、ですか」

「だって、あんたたち来るの遅いんだもん。いつ来るかわかんないから——手伝おうと思って」


女神は息を呑んだ。

崩落が起きたのは三時間前。

リーンはその一時間後には現場に到着していた。

それは偶然ではない。

七日間、街の様子を遠くから見続けていた彼女は、崩落の報せを聞くや否や、何も考えずにここへ向かったのだ。

「魔族にできること」を、一人で考えている時間は、もう終わりにしたかった。


彼女の周囲には、砕かれた岩の破片が散らばり、壁には何度も同じ場所を叩いた跡が生々しく残っている。

少なくとも二時間以上——いや、もっと長い時間、彼女はそこで一人で瓦礫を動かし続けていた。


「人が呼ぶのを待ってるだけじゃ、何も変わらないから」


リーンは低い声で呟いた。

それが誰に対しての言葉か、彼女自身にもわからなかったけれど。


真は黙ってリーンの隣にしゃがみ込むと、彼女が動かそうとしていた岩に手をかけた。

無言で、岩を持ち上げる。

リーンと目が合った。

真は相変わらずの無表情で、しかしほんの少しだけ口元を緩める。


「ご無沙汰しております」


「……それだけ?私、七日も来なかったのよ」

「はい。ですが、今日いらっしゃった。それで十分です」


リーンは何か言いかけて、やめた。

代わりに、唇を噛みしめて、もう一度岩に手を伸ばす。

真が左側から、リーンが右側から、無言で瓦礫を動かし始める。

息の合わない共同作業が、妙に心地よかった。

時折、二人の手が同じ岩に触れそうになって、慌てて離れる。その繰り返しが、かえって七日間の空白を埋めていくようだった。

リーンが重い岩を持ち上げあぐねていると、真が無言で下から手を添えた。リーンは「ありがとう」とは言わず、代わりに次の岩を指さした。真がうなずく。それだけで十分だった。


「作業員の方は全員無事ですか」


真が即座に状況を判断し、てきぱきと声をかける。


「は、はい……でも、一人は足をやられてて」

「了解しました。副長、こちら真です。リーンさんと作業員三名を発見。一名が負傷。応急処置後、搬出に入ります」


副長に簡潔な報告を済ませると、真は手際よく負傷者の足に副木を当て始めた。

相変わらず、戦闘も救出も同じ「業務」として淡々とこなす男だった。


「お二人とも、無事か!」


副長の声が坑道の奥に響いた。

後続の救援隊が追いついたのだ。

副長は松明を掲げ、瓦礫の向こうにいる作業員たちの姿を認めて大きく息を吐く。

だがその直後、彼の目に飛び込んできたのは、リーンの姿だった。


「……リーンさん?」副長が目を丸くする。


「……ち、違うの!別に勇者に会いたくて来たわけじゃないんだから!」


リーンは慌てて立ち上がり、煤だらけの顔のまま、必死に言い訳を始めた。

「たまたま近くを通りかかったら坑道が崩れて、中に人がいるって聞いて、それで——」


「リーンさん、その手……」


見習いが息を呑む。

副長は無言で背負い袋から清潔な布を取り出すと、リーンの手を取った。

荒くれ者たちを束ねてきた歴戦の冒険者が、魔族の姫の指を一本一本、丁寧に包んでいく。

その手つきは、まるで壊れ物を扱うかのようだった。


「副長……さん」

「あんたな、心配してたんだぞ」

「……ごめんなさい」

「謝ることじゃない。無事でよかった。それと、湯呑み、変えたんだ。小ぶりなやつ。あんた手が小さいから、そっちの方が飲みやすいかと思って」

「……覚えててくれたんですか」

「当たり前だ」


副長の耳の先は、今はもう隠しようもなく赤い。

だが、それをからかう者は誰もいなかった。


副長は作業員の安全を確認し、救助隊に搬出の指示を出すと、リーンに向き直る。


「リーンさん、街まで送るよ」

「でも、私……」

「何かあったら真さんに言いつけるからな」

「……それ、一番怖い」


作業員たちが担架で運ばれていく坑道の奥で、女神だけが一人、壁にもたれて目を閉じていた。


しばらく歩くうちに、前方から微かな羽音が聞こえ始める。

坑道内に生息する虫の一種だろうと女神は考えたが、それにしては羽音が徐々に大きくなってくる。

リーンが立ち止まる。


「……何か、変じゃない?」

「何が——」


女神が聞き返そうとした瞬間、前方の闇から無数の小さな影が一斉に飛び出してきた。

鉱石を餌にする坑道虫の大群だった。


羽の擦れる音が坑道内で反響し、無数の翅が壁を叩く。

崩落で巣を追われた群れが、狂ったように出口を目指している。

真が背負っている負傷者をかばって身をかがめた。


「二人とも伏せてください。この数だと通り過ぎるのを待つ方が——」


真の指示が終わる前に、翼虫の一部が進路を急に変えた。

明かりを目指してきた数匹が後方のリーンと女神に迫る。

リーンは反射的にマントで顔をかばった。


「っ——」


その一瞬、女神は体が勝手に動いていた。


左手をかざし、小さく呟く。

すると、彼女の手のひらから淡い光が広がり、リーンの周囲に薄く展開された。

蟲たちはその光の膜に触れた瞬間、ことごとく弾き飛ばされ、壁にぶつかり、あるいは床に落ちていった。


「これは……結界?」リーンが目を見開く。


女神は答えず、右手の指で弧を描くように空をなぞった。

光の粒子が空中に散り、坑道の空気そのものを清浄なものに変えていった。

蟲たちは突然の環境変化に混乱し、数匹を残して次々と坑道の奥へと退散していった。


「今のうちよ。大黒、先導を」

「了解しました」


真が負傷者を担ぎ直し、坑道の出口に向かって歩き出す。

女神はリーンを自分の後ろに庇いながら、最後まで残った蟲を光で牽制し続けた。

小さくなっていく蟲の群れが完全に見えなくなった時、女神はようやく腕を下ろした。


坑道に、静けさが戻る。


遠くでまだ壁が軋む音だけが、かすかに響いていた。


壁に手をつき、静かに息を整える。あの蟲がリーンに迫った瞬間、体は何の迷いもなく動いていた。何千年も使わずにきた加護の力——それを、よりによって魔族の娘を守るために。


(……私が人間一人を守るために加護の力を使うとは)

自分でも信じられない。

けれど、あれは神としての判断ではなかった。

ただ——守りたかった。

それだけだった。


(私は、変わったのか。それとも、やっと自分の気持ちに気づいただけなのか)


坑道の出口で、冒険者たちの歓声が聞こえる。

作業員が無事に運び出されたのだ。

誰もが笑顔で、誰もが泣いている。

女神は壁から背を離し、まだ力の戻らぬ足で一歩、また一歩と出口に向かって歩き始めた。

その歩みは、神というより、ひどく人間じみていた。


救助は終わった。リーンと女神、真の三人はギルドへの帰路を並んで歩いていた。


道すがら、長い沈黙を破ったのは女神だった。彼女は足を止め、リーンの方を向く。


「リーン、話があるの」

「話……ですか?」


女神は深く息を吸い、それからゆっくりと頭を下げた。


「この前は、ごめんなさい」

「え……」

「私が真を『勇者』と呼んだせいで、あなたを傷つけた」

「あれは……」

「あれは、単なる口癖ではなかった。うっかりでもなかった。私の心の奥に、魔族を『敵』だと思う差別心があったの。それを、あなたの前で無意識に露出させた。あなたがここに来なくなったのは、私のせいでもある。本当に、ごめんなさい」


リーンは自分の手を見つめた。副長に包まれた白い布。まだ血が滲んでいる。この手で、彼女は今日、人間を助けた。見返りも、謝罪も、魔族の肩書きも何も関係なく、ただ「困っている人がいるから」という理由だけで。


「女神様」

「……はい」

「私も、ごめんなさい」

「あなたが謝ることなど何も——」

「嘘です」


リーンは微笑んだ。

それは七日間、父と話し、自分と向き合い、それでもなおこの街に戻ってきた者だけが浮かべられる、静かな笑顔だった。


「私、ずっとわかってたんです。真さんが勇者だってこと。女神様が神界の人だってことも。だから、本当は知ってたのに知らないふりをしてただけ。自分が傷つくのが怖くて」

「リーン……」


「でもね、この七日間、ずっと考えてた。自分が何を怖がってるのか。どうしてあのギルドに行きたかったのか。どうしてあの人の声が聞きたかったのか」

「……答えは出たの」

「まだ全部じゃないです。でも、一つだけわかったことがあるんです」


リーンは顔を上げた。

その目はまっすぐ前を見ている。


「困ってる人がいるなら助けたい。それが魔族でも人間でも、関係ない。これだけは本物だって、今日わかった。この手が覚えてたから」


リーンは血の滲んだ布をそっと握りしめた。

あの坑道で二時間、岩を砕き続けた手。

真が言った「お困りのようでしたので」と同じことを、自分もまたできるのだと、この手が教えてくれた。


「だから、明日からまたギルドに行きます。それで、いいですか」

「……ええ」

「真さんも、いいですか?」

「お客様のご来店は常に歓迎しています」

「……それだけ?」

「あと」

「あと?」

「今日はありがとうございました。坑道で、あなたが動かした岩がなければ、もっと時間がかかっていました」

「……私、役に立てた?」

「はい。大いに」


リーンは俯いた。

俯いた顔の、口元が、七日前よりずっと自然にほころんでいた。


女神もまた、笑っていた。

心から、笑っていた。


坑道を抜ける頃、誰が言うともなく、笑い声が一つ、こぼれた。

それに釣られて、もう一つ。


誰の笑い声か、もう覚えていない。

けれど、その笑い声が、坑道の出口へと続く闇を、少しだけ優しくした。


最後に真の口元がほんの少しだけ緩んでいたことに、誰も気づかなかった。


――ギルドへの帰り道。


先を歩く真の背中を見つめながら、女神はふと立ち止まった。

隣でリーンが首をかしげる。


「どうしたんですか、女神様」

「……大黒」

「はい」


真が振り返る。


「今日から、あなたのことは『大黒』と呼ばせてもらうわ。今までは『勇者』と呼んでいたけれど……それは、やめる」


真は一瞬だけ目を丸くし、それから静かにうなずいた。


「はい。では私は、引き続き『女神様』でよろしいですか」

「それでいいわ。私は、まだ神だから」


女神はそう言って、ほんの少しだけ寂しそうに笑った。


(次に会った時、私は「勇者」ではない名前で真を呼ぼう)


この七日間、胸の奥でずっと待っていた瞬間だった。勇者ではなく、大黒。肩書きではなく、個人の名前。それを口にすることで、自分もまた「神」ではなくなれるような、そんな予感があった。


隣で聞いていたリーンが、小さく笑う。


「じゃあ私も、今日から女神様のことは『女神様』って呼ぶのやめようかな」


「え」


「だって、女神様って呼ぶと、なんだか壁があるみたいで。そうじゃなくて——」


リーンは少しだけ考えるように宙を見て、それから悪戯っぽく笑った。


「——友達、みたいな」


女神は言葉を失った。


友達。


魔族の姫が、神に向かって。


何千年も生きてきて、そんなことを言われたのは初めてだった。


何より——それを素直に嬉しいと思う自分がいた。


「……そう。友達、か」


女神は口元をほころばせ、それから小さく咳払いをした。


「でも、呼び名はそのままでいいわ。私はまだ、あなたに『リーン』と呼ばれる資格を、取り戻せていないから」


「……あの日のこと?」


「ええ。私があなたを傷つけたことを、あなたはもう許してくれた。でも、私自身がまだ——自分を許せていないの」


リーンは少しだけ黙ってから、うなずいた。


「わかった。じゃあ、私も待つ。女神様が自分を許せるようになるまで」


「……ありがとう」


二人は顔を見合わせ、同時に笑った。

その笑顔は、少しだけ似ていた。


真はそのやりとりを無言で見守っていたが、やがて口を開いた。


「……そろそろギルドに戻りませんか。副長が首を長くして待っています」


「ビジネス的に?」


「はい。顧客満足度の観点からも、早期の再来店が望ましいかと」


「……真さん、それ、心配してるって言わないの?」


「言いません。顧客管理はあくまで業務ですので」


リーンと女神は、もう一度だけ顔を見合わせ、今度は声を出して笑った。


その笑い声は、街へと続く道に、いつまでも響いていた。

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