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社畜の郵便配達員は異世界でも休まない  作者: 太幽


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第二十五話「神々の攻防、そしてデコピン一発」

第二十五話「神々の攻防、そしてデコピン一発」


神界からの正式な命令書が届いたのは、婚姻届受理から二日後の朝だった。


ギルドの扉を開けた見習いが、床に落ちている白い封筒を見つける。

「うわっ、冷たっ……これ、紙なのに凍えてるみたいな感触っす」

差出人は神界。

封蝋には神界の紋章が押され、紙は重く冷たい。

開封した副長の顔から、みるみる血の気が引いていった。


「命令書だ。『勇者大黒真、女神レナス、両名の身柄を拘束し神界へ連行せよ。抵抗する場合は武力行使を認める』」

「いよいよ本気だな」


副長が呟くのと同時に、街の外れから地鳴りのような足音が響いてきた。

窓の外を見た見習いが、悲鳴を上げる。


「し、神界の兵隊が!めっちゃいる!」

「数は」

「ざっと五十……いや、百はいます!副長、あれ絶対ウチのギルドが目的地っすよ!」

「見りゃわかる!」


真は手に持っていたモップを静かに壁に立てかけ、背筋を伸ばした。


「副長、誠に勝手ながら、本日は臨時休業といたします。お客様に危険が及ぶ前に」


「ああ、そうだな。見習い、掲示板に休業の札を出してこい」

「り、了解っす!」


見習いが慌ててカウンターに走る。

その背中を見送りながら、リーンが真の隣に立った。

手には魔力の光が宿っている。


「真さん、私も」

「はい。無理はしないでください」

「無理しないのは真さんの方!今日の休憩は十五分以上は取りなさいよ!」

「……了解しました。では、適宜休憩を挟みます」

「心配はしてないからね!」


二人の背後で、レナスが静かに微笑んだ。

「相変わらずね。でも、それでいいわ。大黒、リーン、私も出るわよ」

「お母様……!」


レナスは窓の外の神界の兵士たちを見つめながら、ぽつりと呟いた。

「あの白い鎧を見ると、少しだけ昔を思い出すわ。私もかつては、あの中にいたのよね」

「お母様……」

「でも、今は違う。私はもう、神界の女神ではないかもしれない。でも、それでいいの。私は私の守りたいものを守る。ただそれだけよ」


(お母様…行っちゃったけど…出番無いよ、多分)


ギルドの前の広場に出ると、すでに神界の兵士たちが整列していた。

白い鎧に身を包み、手には光を帯びた槍。

百を超える兵士たちの背後には、先日の使者の男女が立っている。

その目は冷酷で、もはや交渉の余地はないと物語っていた。


「勇者大黒真、女神レナス。命令書は読んだな。大人しく従え」

「お断りします」


真の返事は即座だった。

使者の男が顔を歪める。


「ならば実力行使だ。全軍、前へ!」


兵士たちが一斉に動き出した。

白い槍が一糸乱れぬ動きで構えられ、広場の地面が振動する。

見守る街の人々が息を呑み、副長が見習いを庇って後退した。


真は一人、広場の中央に歩き出した。

背負い袋すら持たず、手には手帳だけ。

それが彼の「戦闘装備」だった。


先陣の兵士が槍を構えて突進する。

真はその穂先を指先で摘まみ、軽く横に流した。

兵士は勢いを殺せずに地面を転がり、起き上がろうとしたところで真が手を差し伸べる。


「お怪我は?」

「な、なにを——」


兵士が戸惑う間に、真は手際よく槍を奪い取り、自分の背後に立てかけた。

物干し竿をしまうような手つきだった。

次の兵士が斬りかかる。

真は半歩ずれて剣をかわし、その手首を軽く掴むだけで武器を取り上げる。

兵士は膝から崩れ落ち、真はその肩を支えて静かに地面に座らせた。


「しばらくそのままで。後ほど誓約書をお持ちします」


副長が遠くで実況を始めていた。


「おい見習い、今の見たか。真さん、槍を全部同じ方向に揃えて立てかけてるぞ」

「副長、それよりも一瞬で武器を取り上げる方に驚いてくださいよ。百人相手ですよ」

「……あの人、戦闘中に欠伸を噛み殺したぞ。絶対に俺の見間違いじゃない」

「寝不足じゃないっすかね。昨夜も婚姻届の清書で遅くまで——」

「戦場で仕事の話はやめろ。そして、あの人数を相手に寝不足で勝てるわけが——勝ってるんだよなあ、これが」


神界の兵士たちは、一人、また一人と無力化されていく。

そのたびに真は武器を回収し、木の幹に立てかけ、丁寧に番号を振った札を貼っていく。

ある兵士が背後から襲いかかるが、真は振り返りもせずに躱し、そのまま手刀を首筋に落とした。

兵士は痛みすら感じる間もなく昏倒する。


真は戦いながらも、手帳を取り出して時折メモを取っていた。


見習いが副長に耳打ちする。

「副長、真さん、何メモってるんすかね」

「知らん。あとで教えてくれるさ、たぶん報告書で」


五分後。

広場には百を超える神界の兵士たちが、綺麗に一列に並んで座らされていた。

意識のある者は呆然と虚空を見つめ、気絶している者は隣の者が支えている。

彼らの武器はすべて真の背後に立てかけられ、丁寧にナンバリングされていた。


「これは…留め置き料金を頂かなくては…」


真は一人ひとりの前にしゃがみ込み、名前を尋ね、手帳に記録し、誓約書を配っていく。

「本日はご足労ありがとうございました。次回からは事前にご予約をお願いします」


広場の隅で、それを見ていた街のパン屋が隣の鍛冶屋に呟いた。

「……あれ、戦争?それとも引っ越しの手伝い?」

「どっちもだ。あの勇者、相手が誰でもブレねえな」

「うちのパンを配達してもらった時と、まったく同じ顔してるぞ」


広場の中央で、神界の使者の男が震えていた。

女戦士も青ざめ、後退するばかり。


「ば、化け物……これが勇者……?」


「私はギルド職員です」


叫んだ瞬間、使者の男が光の剣を両手で構え、渾身の力で突進した。

女も続く。

二人の光の剣が息を合わせて真を挟撃する——その瞬間、真の右手の人差し指が、静かに彼らの額を狙って振り抜かれた。


「出力、三分」


デコピン一発。


ただそれだけで、使者の男女は後方の壁面に叩きつけられた。

鎧が砕け、光の剣は霧散する。

神界の兵士たちの間に、戦慄が走った。

誰もが言葉を失い、ただ神である使者たちが地面に這いつくばる姿を見つめている。


「我らが……指一本で……」

「そ、そんな……ありえん……!」


真はそんな二人のもとへ歩み寄り、いつも通りに尋ねた。

「お怪我は」

「ふ、ふざけるな……!」

「では、誓約書にサインを。こちらの書式で問題なければ」


その時、空が割れた。

雲が渦を巻き、空間そのものが裂ける。

現れたのは漆黒の翼を持つ巨神だった。

六枚の翼が広場に影を落とし、双眸が赤く燃えている。


魔界神は倒れ伏す神界の兵士たちを見渡し、嗤った。

「情けないものだな、神界の使者ども。たかが人間一人にここまで好き放題にされるとは」

「……魔界神、お前こそなぜここに」

「神と魔の頂が聞いて呆れる。ならば我が直々に相手をしてやろう」


そこへ、空間の裂け目から深紅の外套をまとった魔王——カミナンデスが静かに進み出た。


「魔界神、お待ちください」

「カミナンデスか。なぜここに」

「娘と、娘の夫を守るためです」


カミナンデスは広場の端で見守るリーンを一瞥し、それから魔界神に向き直った。

「私はかつて、息子を勇者に殺された。あの日、何もできなかった自分を三十年呪い続けてきた」

「……カミナンデス」

「だが、今度は違う。今度こそ、家族を守る」


「黙れ、魔王。我が創りし魔族の王が、人間と手を組むなど許されぬ」


魔界神の手がかざされ、闇が渦巻く。

漆黒の波動が真を呑み込もうと膨れ上がった。

神界の使者たちも、起き上がれぬままに息を呑む。

魔界神の全力だ。


「出力、五分」


真が一歩前に出ようとしたその時、レナスが静かにその肩に手を置いた。


「大黒、ここは私とカミナンデスに任せて」

「レナス様……しかし」

「あなたばかりに戦わせるわけにはいかないわ。それに——」


レナスはカミナンデスを見た。

「あなた、さっき『娘の夫を守る』と言ったわね」

「……言ったな」


レナスはさっきの自分の言葉を思い返すように、小さく笑った。

「奇遇ね。私も同じことを考えてたの。過去の自分と決別するには、ちょうどいい相手じゃない?」

「……お前は、なぜそこまで」

「決まってるでしょ」


レナスは両手を広げ、光を呼び寄せた。

淡い黄金の輝きが、彼女の全身を包み込む。

神界の女神としての全力が、今、解き放たれようとしていた。

手のひらから零れる光が、広場の石畳を金色に染めていく。

空気が震え、彼女の足元から光の輪が波紋のように広がった。


「娘のためなら、神の力も惜しまない。それが母というものよ」


カミナンデスもまた、漆黒の闘気を全身に纏い、拳を構えた。

深紅の外套が風もないのに激しくはためき、闘気が周囲の石畳を粉々に砕く。


「同じだ。娘のためなら、魔族の王も全力を振るう。それが父というものだ」


光を放ちながら、レナスは隣で拳を構えるカミナンデスを見た。

(かつての私なら、魔王と肩を並べて戦うなんて考えもしなかった。神界の掟がすべてで、魔族は守るべき対象ではなかった。でも、この人は違う。娘のために拳を振るうこの人は、かつての敵なんかじゃない。同じ子どもを守る親だ)


カミナンデスもまた、隣で光を放つ女神の横顔を見つめていた。

(私はかつて勇者に息子を殺され、神界を呪った。だが今、こうして神と共に戦っている。妻に「もう戦わないで」と言われて果たせなかった約束を、今なら守れる。レナス、お前のおかげだ)


「魔王……お前、本気で——」


魔界神が言い終わる前に、レナスの光とカミナンデスの闇が、同時に炸裂した。

黄金の奔流と漆黒の波動が、互いに絡み合いながら魔界神に迫る。

光と闇。

本来なら相容れぬ二つの力が、一人の娘を想う心によって、今、一つに重なろうとしていた。


魔界神は六枚の翼を盾のように折り畳み、防御姿勢を取った。

闇の翼と光と闇の奔流が激突し、広場に轟音が響き渡る。

衝撃で近くの建物の窓が一斉に割れ、見守る人々が耳を塞いだ。


「ぐ……おのれ……!」


魔界神の翼が一枚、また一枚と砕け散る。

防御を貫かれた巨体が、膝をついた。

六枚の翼のうち三枚が折れ、漆黒の闘気が霧散していく。


レナスは肩で息をしながら、カミナンデスを見て小さく笑った。

「やるじゃない、魔王」

「お前こそ、女神」

「……なんか、呼び合ってみると照れるわね」

「今さらだ」


魔界神は砕けた翼を震わせながら、獣のような唸り声を漏らした。

その目は怒りに燃え、しかしその声には、初めての困惑が混じっている。


「なぜだ……なぜ神と魔が、これほどの力を……!」

「さっき言ったはずだ。娘のためだと」

「娘一人のために、ここまでのことをするか……!」

「するんだな、これが」


カミナンデスの拳に、再び闘気が宿る。

「これで終わりだ、魔界神」

「……まだだ!」


魔界神が最後の力を振り絞り、闇の波動を放つ。

レナスとカミナンデスは同時に身構えた——その時、真が一歩、二人の前に進み出た。


「出力、七分」


右手の人差し指を振り抜く。

デコピン一発で闇の波動は四散し、魔界神は吹き飛ばされて広場の外れまで転がっていった。

翼はすべて折れ、鎧は砕け散る。

どさり、という鈍い音だけが静かに響いた。


広場に、死の沈黙が訪れた。


神界の使者たちは、目の前で起きたことを理解できなかった。

使者の男が、這いながら女に近づき、震える声で問いかける。

「……お前は、今のを見たか」

「見た。信じられん」

「神と魔の神が、同時に指一本で——」

「言葉にならん」


二人は長く言葉を交わさなかった。

それが、全てを物語っていた。


神界と魔界神、本来なら相容れぬ二つの力が、同時に立ち上がった。


神界の使者の光の槍が虚空を裂き、魔界神の闇の波動が渦を巻く。

二つの力が一つに重なり、直径十メートルを超える光と闇の奔流が真を呑み込もうと膨れ上がる。

広場の石畳が砕け、見守る人々が悲鳴を上げた。


真は右手の人差し指を、そっと額の前に立てた。

「出力、一割」


デコピンが放たれた。


光と闇の奔流は、触れるまでもなく四散した。

衝撃波が広場を駆け抜け、石畳が波打つ。


神界の使者と魔界神は、揃って吹き飛ばされ、同じ壁に叩きつけられた。

二人は並んで倒れ、立ち上がる力すら残っていない。


真は彼らの前にしゃがみ込み、いつも通りの静かな声で言った。


「おふたりとも、息がピッタリですね。仲良く出来るではありませんか」


しばらく呆然としていた二人だったが、やがて使者の男が、震えながら口を開いた。


「……お前は、なぜ……我々を殺さない」

「殺す理由がありません」

「我々は、お前と、お前の妻を殺そうとした」

「申し訳ありません。お二方では、いくら企てても未遂で終わってしまいますので。質疑応答であれば別室にてお伺いしますよ」


「……こいつは…本当になんなんだ」


使者の女が、乾いた笑いを漏らした。


「これが……勇者の対応……」


「はい。では、誓約書にサインを」


真は手帳から一枚の紙を破り取り、丁寧に差し出した。


清掃隊のリーダーが遠くで震えながら呟く。

「……俺たちも、あれをやられたんだよな」

「ああ」

「神も魔も、関係ねえんだな」

「あの人、自分の業務効率しか考えてないかも」


リーダーはしばらく考え、それから仲間たちに言った。

「おい、俺たちの時より誓約書の語尾が柔らかくなってる気がするんだが」

「気のせいだろ」

「いや、『ですます調』だ、あれは」

「……進化してるのか、あの人」


神界の使者はしばらく紙を見つめ、それから観念したように笑った。


「……完敗だ。サインする。これがお前の戦い方か、勇者」

「私はギルド職員です」

「……わかった、ギルド職員。我々はどうすればいい」

「本日は営業時間外のため、お引き取りください。ご依頼がある場合は、明朝、通常の手続きでお越しください。事前にご予約いただければ、優先的に承ります」


魔界神が折れた翼を引きずりながら立ち上がり、カミナンデスに向かって小さく頭を下げた。


「カミナンデスよ。お前の娘は、とんでもない男を選んだな」

「だろう。自慢の娘だ」

「魔王の名は、しばらくお前に預けておく。もう少しだけ、見届けたい」


魔界神は翼をたたみ、神界の使者もまた、静かに立ち上がった。


「……なあ、勇者。いや、ギルド職員」

「はい」

「今度依頼したい事がある」

「承知致しました。」


真の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。

神界の使者の男はそれを見て、なぜだか泣きたくなるような気持ちになった。


「……お前、笑えるんだな」

「はい」

「戦闘中は一度も笑わなかったのに」

「戦闘は業務ですので。でも、依頼は喜びです」


使者の男は袖で顔を拭い、小さく笑った。

それは悔しさでも、屈辱でもなかった。

ただ、何かに救われたような、それでいて自分がひどく小さく思えるような、そんな涙だった。


その時、真がスッと一歩前に出た。


広場に残っていた神界の兵士たち、魔界神、カミナンデス、レナス、リーン、そして遠巻きに見守るギルドの面々——すべての視線が真に集まる。


「皆様に、一つだけお伝えしたいことがあります」


真は背筋を伸ばし、手帳を閉じ、リーンの方をまっすぐに見つめた。


「私は先日、この方——リーン・ヴァルデマールと婚姻を結びました」


カミナンデスは雄叫びをあげ真に拍手を送る。


その光景に広場がざわめいた。


神界の使者が目を丸くし、魔界神が眉をひそめる。


「え゛っ………!」


リーンは突然の宣言に、その場で固まった。

耳の先から首筋まで、一気に赤く染まっていく。

「ちょ、ちょっと待って、今それ言う!?みんなの前で!?」

「はい。事実ですので」


リーンは両手で顔を覆い、指の隙間から真を睨む。

「も、ももも、もっと空気ってものを——」

「空気、ですか」

「そう!ここは戦場の跡地で、神様も魔界神も倒れてて、父上も女神様もいる場所で!」

「では、後で改めて」

「今すぐしなくていいの!今日はもう何も言わないで!」

「承知しました」


真は素直に口を閉ざし、それから倒れている神界の使者と魔界神に向き直った。

「本日は以上です」


夕暮れが訪れる頃、ギルドの前の広場は、嘘のように静かだった。


神界の兵士たちは退き、魔族の軍勢もカミナンデスと共に城へと戻っていった。

魔界神は「しばらく人間の世界を見て回る」と言い残し、気ままに街へ消えた。

神界の使者もまた、「依頼の準備をして出直す」と告げて去っていった。


掲示板には、新しい依頼書が貼られている。

その中には、神界と魔界の連名による「共同復興計画に関する協議依頼」の文字が。担当者は『大黒真』と指名があった。


真はいつものようにカウンターに立ち、その依頼書を手に取る。

「これは、大きな業務になりそうです」


ギルドの中に戻ったリーンが、真の袖を引いた。

まだ頬は赤く、声は少し震えている。


「真さん、あのね」

「はい」

「さっきの、みんなの前で言ったこと」

「はい」

「もう一度、今ここで言ってくれる?」

「……二人だけで、ということですか」

「うん」


真は手帳を閉じ、リーンの目をまっすぐに見つめた。

窓から差し込む夕日が、二人の影を長く伸ばしていく。


真は優しくリーンの頬に手を当てた。


見習いが慌ててカウンターの陰に隠れ、副長が息を呑んで見守った。


「種族なんて関係ありません。互いが互いを必要とした時に、絆が紡がれるのです。リーンさん、私はあなたを必要としています」

「……うん」

「ずっと側にいてください。」

「うん!」


リーンは真の胸に飛び込み、その背中に腕を回した。

真は少しだけ驚いた顔をして、それから静かに、彼女の髪に手を触れた。


副長が拍手をし始め、見習いがもらい泣きし、清掃隊のリーダーが鼻をかんだ。


戦闘後、ギルドに戻った真がカウンターで手帳を開いている。

副長がちらりと覗き込むと、戦闘中に走り書きされたメモが目に入った。

副長は思わず声に出して読み上げる。


「『神界兵士の装備、要返却。槍二十三本、剣十八振、兜十二個。明日までに清掃隊と協力し搬送予定』……って、戦闘中にこんなメモ取ってたのか」

「はい。業務の一環として」

「『魔界神の翼、再生にどの程度時間を要するか不明。後日、見舞いの品を検討(果物が無難か)』……果物って、あんたなあ」

「翼が折れた状態では飛べませんから。栄養補給は重要です」

「『デコピンの出力調整、概ね良好。ただし使者二名にはやや強かったか。次回は二分で検討』……次回、あるのか」

「依頼があれば」

「……もういい。頼むから今日は十五分、いや、三十分休め」

「十五分で十分です」

「そこは譲れよ!」


控え室の窓辺で、レナスはその光景を静かに見つめていた。

隣にはカミナンデスが立ち、二人の肩はほんの少し触れ合っている。


「……レナス」

「なに、カミナンデス」

「今日の戦い、お前との連携は悪くなかったな」

「ええ、私もそう思うわ」


レナスは窓の外の夕日を見つめながら、ぽつりと言った。

「今日、あなたと肩を並べて戦ってね、自分の中で何かが変わった気がするの。かつての私なら、考えられなかった。敵だった相手を信じて、背中を預けるなんて」

「私もだ。息子を殺されたあの日から、神を呪い続けてきた。だが——」

「だが?」

「お前は違った。娘を守るために、神の力を使った。それを見て、何かが溶けた気がした」


レナスはカミナンデスを見上げ、少しだけ赤くなってから言った。

「次の共同依頼は、私たちで受けましょうか」

「ああ、そうだな」


レナスの手には一通の封書。

神界への、最後の報告書だった。


『特記事項あり。本日、神界および魔界との平和的合意が成立。仲介者はギルド職員・大黒真。私はこれより、神ではなく一人の母として、この世界の未来を見守る所存です』


封蝋を押す手は、もう震えていなかった。

代わりに、窓の外の夕日が、彼女の頬を茜色に染めていた。


第五章「魔王城三者面談」 完

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