勝利の女神的なやつ
毎日1000文字を目標に続きを書いています。
次回の更新は明後日です。
「シノブ君!」
男たちがいなくなった後、木陰からクランが飛び出して、駆け寄ってきた。
「大丈夫!? 足の怪我は!?」
「平気、平気」
精一杯の強がりで笑い飛ばしてみたものの、思いのほか出血が酷いようだ。足元の地面には赤黒いシミができていた。
「それより、俺たちも引き返そう。あいつらが戻ってこないとは限らないし」
総勢何人のグループか分からない以上、仲間を連れて引き返してくる可能性は排除できない。次は、こちらに対抗して飛び道具を持ってくるかもしれないのだ。
俺は立ち上がり、クランに肩を借りて、斜面を回り込むように移動した。
「ラップは? 町に行った?」
「うん。ラップ君の方が、私より足が速いから」
助けを呼びに行くだけなら、足の遅い自分が町まで走っても意味が無いと思い直して、引き返してきたらしい。
俺としては、クランの安全を確保することも目的のうちだったので、戻ってきてしまっては本末転倒なのだが、こうして助けてもらっている以上、反論はできない。
「助けてくれて、ありがとう。クランが戻ってきてくれなかったら、正直、危なかった」
「ううん。私の方こそありがとう。シノブくんが励ましてくれたから、勇気を出して矢を射ることができたよ」
そう言って、クランは照れくさそうに微笑んだ。
「びっくりしちゃった。私のこと、女神なんて言うから」
「……ん?」
「え? 違った?」
「い、いや! たしかに言った!」
一瞬、目が点になったものの、俺は即座に我に返って、誤魔化した。
どうやら、プリムラに指示を出すために、自棄になって呼び掛けた言葉が、流れ弾になってクランにも命中していたらしい。
(たしかに、自分のするべきことをしろ……みたいなことを言ったけども)
まさか「女神だろ」の部分まで拾われているとは思わなかった。
「思い返すと、俺、物凄く恥ずかしいことを口走った奴みたいになってない? 引かなかった?」
「そんなことないよ! たしかに、何の脈絡も無いとは思ったけど」
「だよね!」
「でも、そう言ってもらえたおかげで、怖さがちょっとだけ消えたの。だから、シノブくんのおかげだよ。えへへ……」
クランは恥ずかしそうに笑いながら、背中に回す手に力を込めて、俺の体を自分の方に引き寄せた。肩を借りているとはいえ、少々、密着しすぎているような気がする。
(……これ、フラグが立ってないか?)
いわゆる「吊り橋効果」というやつだろうか?
生死に関わるほどの窮地を協力して乗り越えたことで、クランの俺に対する親近感と好感度が急上昇しているようだ。
今、クランに告白したら、高確率で前向きな返事を貰えるのではないだろうか?
幼馴染のアミとの関係がまったく進展しないことに慣れていたため、この短時間でクランとの関係が急接近したことに、俺は驚いてしまった。
(――――で、どうするべきなんだ?)
これがゲームなら、この後に出てくる選択肢(つまり、俺の行動)によって、クランの専用ルートに突入するか、逆にクランが攻略対象から外れるかの二択を迫られることになる。
だが、これは現実だ。現実にはゲームの世界にはない「保留」という選択肢がある。
(急いては事を仕損じると言うからな……)
俺にはまだ、解決しなければいけない大きな問題が一つ残っている。
およそ半年後――――三学期の始めに起こる獣人国の裏切りと、アセビの町への奇襲だ。
これにより、アセビの町は壊滅的な被害を受けることになる。
この事件が起きる原因を特定して、悲惨な未来を回避ないし被害を最小化しなければ、クランの専用ルートに入ったところで、グッドエンディングを迎えることはできない。
そもそも、今回の展開は再現性が極めて低い。
人買いグループの男が投擲した武器が、たまたま俺に命中して、たまたま俺が斜面から滑落しなければ、今回と同じ展開にはならないのだから。
もし、男の投げた武器が命中せずに、俺が山頂まで逃げおおせていたら、諦めた男たちと、引き返してきたクランが鉢合わせてしまう展開だってあり得たかもしれない。
(わざわざ、不確実な上に、リスクの高いルートで仲良くなる必要は無いよな)
クランの好感度はアミとは異なり、一緒に過ごす機会の多さや時間の長さに正比例して上昇することが分かっているのだから、今回のような裏技めいた方法ではなく、正攻法でじっくりコツコツと上げていけばよいのだ。
(というか、足が痛くて、告白なんかしている場合じゃない)
先程から、えぐられた足の痛みがどんどん増しているのだ。刃の部分に毒でも塗ってあったのではないかと思うほど、傷口がズキズキと痛む。
こんな状態であるにも関わらず、今がチャンスだからと空気を読まずに告白するのは、なかなかの狂人ムーブだと言える。
俺は額に浮かんだ脂汗をクランに気づかれないようにしながら、ひょこひょこと亀の歩みでアセビの町に帰還した。
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