遭遇
毎日1000文字を目標に続きを書いています。
次回の更新は明後日です。
人が通らなくなって久しいため、水捌けの悪い窪みが放置されていたのだろう。ぬかるんだ地面には、空き家であるはずの別荘に人が出入りしている痕跡が、はっきりと残っている。
「町に戻ろうぜ」
最初から人買いグループのことを知っている俺は、さっさと引き返すことを提案した。
これ以上は危険だ。猛獣の巣穴の前に立っていたら、さすがに襲われても文句を言えない。
「まだ、町の人たちの足跡である可能性も……」
「無いって。貴族の別荘だぞ」
一般的な平民の感覚を持っていたら、たとえ今は使われていないと分かっていても、貴族の別荘に無断で入り込んだりはしない。まして、地面に残っている足跡は、子供ではなく大人のものだ。なおのこと、あり得ない。
「早く戻ろう。最終的な判断は大人に任せればいいだろ」
「……そうだな。そうしよう」
ようやっと、ラップは納得した様子で頷いたが――――結論付けるまでに時間を掛け過ぎてしまったようだ。
道の奥、別荘のある方向から、複数人の男たちがぞろぞろと姿を現した。
(マズい。見つかった……)
あるいは、もっと早い段階で見つけられていて、既に俺たちをどうするのか「決定済み」である可能性もある。だとしたら、一刻の猶予も無い。
人数は三人。多くないが、これで全員だという保証は無い。手には――――三人ともナタのような武器を持っている。
「逃げろ! あいつら、俺たちを殺す気だ!」
俺はとっさの判断で、大声で叫んだ。驚くラップとクランを急かして、いいから走れと背中を押す。
殺すという強い言葉を使ったのは、二人を軽いパニックに陥らせるためだ。この状況なら、冷静になって考えるよりも、無我夢中になって走る方が良い。
「町に戻って、このことを大人たちに伝えろ!」
そこまで指示を出したところで、前方にいる人買いグループの男たちが、俺たちを捕まえるために、慌てて走り出した。それを見て、ラップとクランも血相を変えて走りはじめる。
気安い口調で話し掛けて、俺たちが油断したところを、武器で脅して生け捕りにするつもりだったのだろうか?
(そうはいくかよっ)
俺は――――二人の後を追うことなく、その場で弓に矢を番えた。クランの訓練に付き合うため、アカデミーから借りてきた弓矢だ。
人買いグループの男たちは、矢を向けられて、反射的にたたらを踏む。
構わずに矢を射る。ろくに狙っていないし、弓の腕前もまだまだ未熟。
矢は明後日の方向に飛んでいったが、それで構わない。
矢を射たことが重要なのだ。ほんの数パーセントでも、まかり間違ったら死んでいたと意識させるだけで、相手は警戒し、慎重になる。
「ばーか! ろくでなしで、ごろつきの犯罪者! 親の顔が見てみたいぜ! 本当に人間から生まれてきたのか!? ゴミの山から湧いて出てきたんじゃないのか!?」
「なんだと、このクソガキ!」
初対面であるはずの俺から、いきなり問答無用で殺されかけた挙げ句、更に思い付く限りの罵声を浴びせられて、男たちは憤慨した。
「頭が真っ白になった直後に、顔を真っ赤にして怒ってんじゃねーよ! ばーか!」
「ぶっ殺してやる!」
完全に激昂した様子で、男たちが向かってきたところで、俺も背中を向けて走り出した。
男たちが弓矢を持っていないことは、目視で確認済みだ。飛び道具が無ければ、後は捕まらずに逃げおおせるだけでいい。
俺は坂を下ってメインの山道に戻ると、男たちとの距離を調整してから――――次は山頂に向かって坂道を登りはじめた。
もう少しで俺を捕まえられそうな距離まで迫っていた男たちは、迷う様子もなく、反射的に俺を追いかけてくる。
(よし……!)
狙い通りの展開になった。
これで、山道を下ったラップとクランに、男たちが追い付くことはない。二人は町に戻って、衛兵かアカデミーの教官に助けを求めてくれるはずだ。
町長の息子であるラップの言葉なら、衛兵は真剣に話を聞いてくれるはずだし、実の娘であるクランの言葉なら、ペダルは無条件で信じてくれるだろう。
町の人を説得するのは、俺ではなく、ラップとクランの方が適任なのだ。
あとは、囮になった俺が逃げて、逃げて、逃げまくって、時間を稼ぐだけ。一時間もすれば救援が駆け付けてくれるはずだ。
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