北へ
包囲網の迫る東京の街から脱出するため、隼人と綾華はかつて日本最大のターミナル駅だった場所へと潜り込んでいた。
「目指すは北海道の隣……北方領土の先にあるって噂の『完全隔離区』だ。政府の魔の手が届かない、自給自足の独立特区があるって噂を聞いたことがある」
「北海道……そんな遠くまで、歩いて行けるの?」
「行くしかなんだよ。ここじゃお前は生きた実験道具、俺は底辺の5等級だ。生きてたって使い潰されるだけだろ」
隼人は地図の破片を見つめながら歯をくいしばった。現在地は東京。北へ向かうには、幾重にも張り巡らされた政府の検問所と、一獲千金を狙う「賞金稼ぎ」の目をかいくぐらなければならない。
その時、前方のコンコースからガサリと足音が響いた。
「おい、そこのガキ共。止まれ」
現れたのは、獲物を探して目をぎらつかせた男だった。ガタイが良く、手には血金券換算用の古びたスキャナーと麻酔銃を持っている。政府の直属ではない、野良の賞金稼ぎだ。
「……なんだよ」
隼人は心臓の鼓動を必死に抑えながら、あえてふてぶてしく言い放った。戦闘経験など皆無だ。まともにやり合えば一瞬で叩きのめされる。
男はジロジロと隼人と綾華を検分し、手元の端末と見比べた。
「最近、妙なガキがうろついているって噂でな。お前ら、見かけねぇ顔だ。……身分証代わりの『血金券』を出せ。お前の腕を見せろ」
賞金稼ぎの目的は、指名手配されている(あるいは高値で売れる)人間を見つけることだ。しかし、政府の地下ネットワークにハッキングでもされていない限り、最底辺の「血液等級5」にすぎない隼人の顔や個人情報までは全国に割れていない。
隼人はふっと冷笑を浮かべて、わざと面倒くさそうに左腕を突き出した。
「んだよ、これか? 見てみろ、俺の腕にはしっかり『5』が刻印されてる最底辺だ。オイルと垢で汚れて見づらいか?」
男がスキャナーを向けると、かすかに「5等級(100ml / 1万円)」の登録データが反応した。底辺のクズの血だと確認した男の顔に、あからさまな失望の色が浮かぶ。
「チッ……本当に最底辺のゴミクズじゃねぇか。時間の無駄だったな」
「悪いな、俺たちも今日食うパンの代金稼ぎに必死なんでね。その子は俺の妹だ。病気で怯えてるだけだ、見逃してくれよ」
隼人は演技とは思えないほどの冷めた目を演出しながら、父親の遺品である「キャンディ」の空きケース(中身はすでになく、ただのプラスチック片だ)をちらりと見せた。
「なんなら、全財産のこれでもやるか?」
男は鼻で笑って手を振った。
「いらねぇよ、そんなカスみたいなガラクタ。……おい、そこのフードの女、お前も腕を出せ」
綾華がびくりと肩を震わせた瞬間、隼人はすかさず一歩前に出て、男の視界を遮った。
「おい、よせよ。こいつは重度の血消病でな、昨日から高熱を出してんだ。迂闊に触るとお前も感染するぜ? 手のひらの黒い線、見たいか?」
脅し文句と同時に、隼人はわざと不気味な咳払いをした。血消病が蔓延した世界で、感染者の近くに行くことは賞金稼ぎにとっても最大の恐怖だ。男は嫌そうに顔を歪めた。
「……くそ、疫病神め。失せろ、さっさと北の検問所でもどこでも消え失せろ!」
男は唾を吐き捨てると、踵を返して暗がりへと消えていった。
物陰に隠れ、隼人は背中を伝う冷汗を拭いながら、大きく息を吐き出した。足がブルブルと震えている。
「はぁ……はぁ……、なんとか巻いたか……」
「隼人くん……すごい、あんな堂々と……。私、心臓が止まるかと思ったよ」
綾華が安堵の表情で胸をなでおおった。
「すげぇ怖かったぞ……。あいつに戦闘なんて通用しねぇからな。使えるのは、この頭とハッタリだけだ」
隼人は自分の手のひらを握りしめた。
東京を脱出し、幾多の罠と検問を抜けて、本当に北海道の先にある「安住の地」にたどり着くことができるのか。
1日毎に生死のタイムリミットが迫るなか、北への逃避行はまだ始まったばかりだった。
最後までみて頂きありがとうございます!
初心者ですので書き方などはまだ勉強中ですので頑張っていきます
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