0026 屋敷
投稿遅れました。ごめんなさい。
「私はマーサ…マーサ・グランディス。グランディス家の次女よ」
マーサ・グランディス。その名前を聞いた瞬間、胸の奥がわずかにざわついた。確か、この世界では基本的に貴族しか名字を持たないはず、と、いうことは…
「……貴族、なんですね」
思わずそう口にすると、マーサさんはほんの少しだけ首を傾げた。
「一応ね。でも、そんなことは今はどうでもいいわ」
どうでもいいんだ。…どうでも良いのかな、本当に?
「さて、今からする話はここでして良いものじゃないわ。場所を変えるべきね」
そう言って、くるりと背を向けた。
「ついて来て」
そのまま歩き出す。迷いのない足取りだった。
「え、ちょっと……」
思わず声をかける。
「行き先、聞いてもいいですか?」
「グランディス家の屋敷」
驚くほどに、速い返事だった。
「……もし、断ったら?」
「悪いけど、それは出来ない。私がいるから」
足を止めずに、淡々と続ける。
「それに、その場合は神殿の奴らに追われることになるかもしれないけど」
そう、有無を言わせぬ口調で言われたら、もう断りようがない。
「……分かりました。行きます」
「そう」
マーサさんはそれだけ言って、再び前を向いた。
私はその背中を追う。
石畳の路地を抜け、大通りへ出る。そこからさらに人の少ない道へと進み、やがて街の一角にある大きな屋敷が見えてきた。
高い塀に囲まれた敷地。重厚な門。中には手入れの行き届いた庭が広がっているのが、隙間から少しだけ見えた。
「ここよ」
マーサさんが門の前で足を止める。
門番らしき人がこちらを見ると、すぐに姿勢を正した。
「お帰りなさいませ、マーサ様」
「ただいま」
短いやり取りの後、門がゆっくりと開かれる。…もう、後戻りできない。
「どうしたの?」
一瞬だけ立ち止まっていると、不意にマーサさんが振り返った。
「いえ、なんでもないです」
覚悟を決めて、私は門をくぐった。
後ろから、重厚な扉が閉まる音が聞こえた。入ってみると、貴族の家にしては飾り気が少なく、その家の住人の性格が分かるような気がした。
通された部屋は広く、多くの本や書類で囲まれていた。置かれている家具の組み合わせ的に、ここは執務室かな?
正面の椅子には、一人の男が座っていた。
年の頃は4、50代ほどだろうか。背筋を伸ばし、こちらを静かに見据えている。その視線には、薄く、部屋中に張り巡らされるような威圧感を感じた。
「連れて来ました」
マーサさんが簡潔に言う。
「ああ、聞いている」
低く落ち着いた声だった。
「初めまして、だな。私はグランディス家当主、アルディウス・グランディスだ」
「……レクシアです」
小さく名乗ると、その人はわずかに頷いた。
それだけの動作なのに、まるでその一瞬だけで評価されたかのような気がして、少しだけ背筋が冷える。
「さて、私には時間があまり無い。早速だが、本題に入ろう。確認だが、君は確か村を追放されたのだそうだな?」
その嘘は確かローディスさんたちにしか話して無いと思うけど、なんで知ってるんだろう?
「その場所はここから南西に20キロメルトほど進んだあたりか?」
恐らく、ノーモスさんと別れたのもその辺りだよね?
「はい、恐らく」
そう返すと、しばしの間静寂が訪れる。そして、当主が口を開く。
「私はここルーメルの領主だ。…この意味が分かるね?」
「…いえ」
「あの辺りには村は一つも存在しない。もし存在したとしても、領主である私に村の報告をしなければ重罪となる」
「それは…」
「君が嘘をついているのは既に分かっている。その上で、君に協力を要請する」
「協力、ですか?」
「単刀直入に聞くが、君は『禁書庫』という言葉に聞き覚えは無いか?」
『禁書庫』?ひょっとして、ノーモスさんといたあの図書館のこと?もし、そうだとしたら…
「それに近いものを知っているかもしれません」
「…詳しく聞いてもいいか?」




