0022 決定打
地面が、わずかに揺れた。
重い足音が一歩踏み出されるたびに、周囲の空気が軋むように震える。
「グォォオオオオオ!!」
その咆哮と共に、今まで統制を欠いていたゴブリンが勢いを取り戻した。さっきまでバラバラに動いていたのに、まるで狂ったように前線に押し寄せていく。
脅威はゴブリンだけではなかった。オーガも着実に一歩ずつ進み、ついに前線に達した。
前線に立っていた冒険者の一人が、思わず一歩退くのが見えた。
「来るぞ!構えろ!!」
怒号が飛び、盾が前に出る。だが、その分厚い防御すら、オーガの前では頼りなく見えた。
振り上げられた腕が、空気を裂く。
次の瞬間、轟音と共に盾ごと数人が吹き飛ばされた。
「ぐぁっ!?」
「くそ、重すぎる…!」
土煙が上がり、前線が一気に崩れる。
私は木の陰からその様子を見ながら、静かに息を整えていた。……あの時の攻撃は全く歯が立たなかった。きっと、焦っていたのもあると思う。だから、今ならきっと上手くいくはず。
狙うのは足。あの巨体を支える土台を崩せば、きっと動きは鈍る。
深く息を吸い、意識を集中させる。目を開くと、視界の中でオーガの動きがわずかに遅く見えた。
振り下ろされた拳が地面にめり込み、ほんの一瞬、体勢が固定された。
もちろん、その隙は絶対に逃さない。
「…シャドウランス」
小さく呟く。影から伸びた黒い槍が、オーガの足首へと突き刺さろうとして…ガッ、と鈍い音を立てて折れた。
「やっぱり、ダメか……」
まるで鋼のような皮膚だ。何を食べたらこんなに硬くなるんだろう。
「グァアアアアア!」
私の攻撃なんか歯牙にもかけず、オーガは腕を薙ぎ払う。その度に、前線にいた冒険者たちが吹き飛んでいく。その度に、周りのゴブリンたちも前へ進む。いくら頑丈そうな盾を持っているとはいえ、冒険者にはダメージが蓄積してきているように見えた。このままじゃジリ貧だ。
視界の端で、クレアさんが皆に回復魔法を放っているのが見えた。でも、今のままだとMPが尽きたら負けてしまう。
恐らく、何か決定打さえあれば状況は覆せるはず。最前線でオーガとやり合っている冒険者は皆強い人ばかりだ。少しでも隙が生まれたら、それを活かしてくれるはず。
もう一度、シャドウランスを放つ。今回のは、さっきのよりずっと強いものを。残っているMPを全て使うつもりで。狙うのは、さっきと同じ足。ひたすらに、速く鋭い一撃を追い求める。
そう思っていると、私の口から呪文が自然と出てくる。
「闇よ、全てを覆い隠すものよ」
もっと、もっと、もっと、もっと。
「その背後には影ありて、その穂先は我が敵へ」
手元の魔法式が黒い光を強めていく。でも、まだ足りない。
「光をも貫く槍となり、その意を果たせ」
……今だ!
「シャドウランス」
オーガの足元から、黒い槍が勢いよく飛び出る。ほぼ全てのMPを使ったそれは、オーガの足に今度こそ突き刺さり、地面に縫い付けた。
「グァァアアアア!!」
その絶叫は、明らかに今までの咆哮とは違っていた。痛みによる、純粋な悲鳴。
巨体がぐらりと揺れる。片足を地面に縫い付けられたことで、均衡を崩したのだ。
そして、その視線の先にはすでに…エルヴァンさんがいた。
鬼神のごとく走り、剣を振るう。
「【斬首】」
そう唱えた瞬間、剣が妖しく銀色に光った。そしてそのまま、剣を振り抜く。オーガの首が飛び、吹き出した血が、空中に弧を描く。
遅れて、巨体が地面へと崩れ落ちた。ズシン、と重い音が響き、土煙が舞い上がる。その振動は、少し離れた場所にいる私の足元にまで伝わってきた。
オーガは、首を切られて死んだ。




