46:不信の芽と、確かな絆
『異界の賢者』という、謎の存在。ゼノンさんの口から出たそれは、この会議の空気をさらに重く、冷たいものに変えた。
人間族の歴史が、誰かの手によって巧妙に操作された虚構である可能性。
そして、その裏で糸を引く、見えざる第三者の存在。
不明瞭だった歴史の全体像が、バラバラのピースが組み合わさるごとに形を成していく。僕たちの前に現れたのは、あまりにも巨大で、底知れない悪意の輪郭だった。
……この想像は合っているのか? ただの妄想なのでは?
あまりに突拍子もなく、スケールが大き過ぎて、うまく言葉にすることができない。それは皆も同様なのだろう。集会所を沈黙が支配する。
「……それが、歴史の真実だとするならば」
その静けさを破ったのは、ギデオン村長の絞り出すような声だった。
「我々は、これまで何のために……」
彼の手は、テーブルの上で固く握りしめられ、小刻みに震えている。
「我々第三騎士隊は、国の平和を、民の笑顔を守るために剣を振るってきた。その誇りだけを胸に、三十五年もの間、この忘れられた辺境で、正体も知れぬ呪いを監視し続けてきた……。それがすべて、誰かの手のひらの上で踊る道化でしかなかったというのか……!」
ギデオン村長の悲痛な叫びに、ゼノンさんも深く俯いた。
彼らの絶望は、僕にも痛いほど分かった。
騎士として、国に人生を捧げた。自分たちの青春も、未来も、すべてを犠牲にして、王家の命令に従ってきた。その王家が、もし、嘘と捏造にまみれた歴史を語り、彼らを単なる『不都合な真実の蓋』としてこの村に幽閉していたのだとしたら。
彼らの人生の意義そのものが、根底から崩れ去ってしまう。
「……信じられん。信じたくない……!」
村長が、テーブルを力強く叩いて叫ぶ。
その姿は、普段の温厚な初老の男ではなく、研鑽を重ねてきた誇り高き老騎士としての姿でもない。ただ、心の支えを見失って戸惑うような、脆くて不安定なひとりの人間の姿だった。
「歴代の王たちが、我々騎士を、民を騙していたなどと……。そんなことが、あってたまるか!」
彼らの心に、王家への深い不信感が芽生え始めているんだろう。
しかし、同時に、彼らは長年守り、信じてきた『国』というアイデンティティを、そう簡単に捨てることもできなかった。
裏切られたのではという思いが頭を支配しながらも、心はそれを拒絶している。その葛藤が、彼らを深く苦しめていた。
その苦悩する老人たちを見て。
これまで静観していたセラフィナが、ふっと冷笑を漏らした。
「あらあら。人間というのは、本当に往生際が悪い生き物ですわね」
彼女の言葉に、ギデオン村長たちが鋭い視線を向ける。
だがセラフィナは意に介さず、優雅に扇子を開いた。
「いくら目を背けても、事実は事実。あなた方は、国という幻想に縋り付いて、自分の人生を無駄にした哀れな道化ですわ」
「貴様……! 魔族風情が、我々の何が分かる!」
激昂する老人たちに、セラフィナは扇子で口元を隠し、昏い瞳を細めた。
「分かりますとも。わたくしは数百年の間に、あなた方のような人間を山ほど見てきましたから。……信じていたものに裏切られ、絶望し、最後には自らの心すら壊してしまう、脆くて愚かな生き物を」
彼女の言葉は、氷のように冷たく、そして残酷だった。
しかし、その直後、彼女は扇子をパチンと閉じ、予想外の言葉を口にした。
「ですが、どうしても捨てられないというのなら。確かめればよろしいのではありませんこと?」
「……確かめる?」
「ええ。あなた方が信じたものが、本物だったのかどうかを。人間族を統べる王家が本当に腐りきっているのか。それとも、何か事情があったのか。……その目で、直接確かめに行けばいいのですわ」
集会所にいる全員が、呆気にとられた。
静まり返る中を、セラフィナは構わず言葉を続ける。
「自らの足で歩き、自らの目で真実を見極める。それができないのなら、あなた方は一生、国という幻影に怯える、惨めな老人のままで終わりますわよ?」
彼女の言葉は、辛辣極まりないものだった。だがそれは、苦悩の底で立ち止まっていたギデオン村長たちの背中を、強烈に蹴り飛ばす、的確な助言でもあった。
「……確かめる、か」
しばしの沈黙の後。
ギデオン村長は、震える拳をゆっくりと解き、顔を上げた。その瞳に浮かんでいた、先ほどまでの絶望の色は消えている。代わりに、真実を追い求める者としての、鋭い光が宿っていた。
「そうじゃな。ここで嘆いていても、何も変わらん。ワシらが信じた国が、本当に堕ちてしまったのか。それとも、まだ救うべき何かがあるのか。……ワシら自身の目で、確かめねばならん」
ゼノンさんも、深く頷いた。迷いのあった表情も、吹っ切れたようなものに変わっている。
「そうと決まれば、グズグズしてはおれんぞ!」
ギドさんが、バンとテーブルを叩いた。不思議なことにそれだけで、さっきまでの重苦しい雰囲気が一変してしまった。
「真実を確かめるためにも、王都に行く必要があるってことじゃろう? だったらワシも一肌脱いでやるわい! どんな堅牢な城門でもぶち破る、特製の破城槌を作ってやろうか!」
「いやいや、ギドさん、戦争に行くわけじゃないですから」
なにやら高揚しているギドさんを、僕は慌ててなだめる。けれど、ギドさんは僕の制止も聞こえていないようで。久々の大仕事にワクワクしている職人の顔になっていた。
「アルト」
テンションを上げているギドさんを他所に。
ルナが、僕の手をそっと握った。
「私も、行きます。エルフの歴史と、人間の歴史。その交差したところに何があったのか。私は自分の目で見届けたい。……それに、あなた一人を、あの場所に帰すわけにはいきませんから」
彼女の翡翠の瞳には、僕への深い気遣いと、決意が込められていた。
僕が追放された勇者パーティー。結成の音頭を取ったのは、王都にいる『偉い人たち』だ。僕が所属していたことも、アレクたちが捕縛されたことの一端に僕が関わっていることも、きっと把握しているだろう。王都へ行けば、きっと面倒なことが起こるに違いない。
けれど。真実を知るためには、避けては通れない道だ。
僕は、全員の顔を見渡した。
人間、エルフ、魔族、ドワーフ、獣人。
本来なら交わるはずのなかった僕たちが、今、一つの目的に向かって、心を一つにしようとしている。
「みんな、聞いてくれ」
僕は、静かに、しかし力強く口を開いた。
「国に従うのでもない。魔族に従うのでもない。僕たちは、この『エルダ村』という、新しい居場所の理に従うんだ」
僕の言葉に、全員の視線が集中する。
「誰かに与えられた正義や、作られた歴史に踊らされるのは、もう終わりにしよう。僕たちは、自分たちの目で真実を見極め、自分たちの意志で、未来を選ぶ」
それが、この村で僕たちが見つけた、本当の絆なのだ。
「だから、行こう。王都へ。世界の真実を、僕たちの手で、暴き出すために」
「「「おう!!」」」
ギデオン村長たちが、力強く応える。
ギドさんが豪快に笑い、ルナが優しく微笑む。
ミミも、「ミミも行くニャ!」と元気よく手を挙げた。
種族の違いも、過去のしがらみも越えた、確かな結束。
それが、この辺境の地から生まれようとしていた。
そんな光景を、セラフィナは扇子で口元を隠しながら眺めている。
「……フン。甘ちゃんたちですこと」
彼女は、呆れたように呟いた。
だが、その扇子の下で、彼女の唇が、ほんのわずかに、楽しげな弧を描いていたのを、僕は見逃さなかった。
「まあ、退屈しのぎにはなりそうですわね。せいぜい、わたくしを楽しませてくださいな、若き創造主様?」
セラフィナのからかい半分の言葉に、僕は苦笑いで応えた。
彼女は、敵か味方か。まだ分からない。
でも、少なくとも今は、彼女もこの『楽園』の一員だ。
僕たちの進むべき道は、決まった。
行き先は、人間族の中心、王都。
僕が追放された故郷であり、そして、世界の秘密が眠るだろう因縁の地。
不安はある。
けれど、それより。
確かな仲間たちと共に進む熱い高揚感が、僕の胸に満ちていた。
-つづく-
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回更新は……おそらく4月11日になるかと。
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