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【未完】ありふれた話 ~追放された錬金術師は、神スキル【物質創造】で辺境に楽園を築きます。今さら戻ってこいと言われても以下略  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第六章 予期せぬ種族の坩堝にて

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45:擦り合わせた歴史の先に見えたもの

「……まずは、お互いの知っている『歴史』を、全部出し合いませんか?」


 僕の提案により、会議は第二段階へと移行した。


 ギデオン村長が、ゼノンさんに目配せをする。ゼノンさんは静かに立ち上がり、村の書庫に保管されていた数冊の古い本を運んできた。

 『聖戦記』。

 それは人間族の常識的な歴史が綴られている、ありふれた歴史書だ。


 ルナもまた、自室から一冊の美しい装丁の書物を持ってきた。

 エルフ族が記した、『悔恨の書』。

 森で彼女に掛けられた呪いの結界を解いた際、ルナが持っていたのだろう荷物があった。書物はその中にあったものだという。


 そして、セラフィナ。彼女は何も持っていなかったが、その存在自体が、数百年の時を経た『生きた歴史書』と言える。魔族視点の歴史はその場その場で口を挟む、と告げた。


 ギドさんは、ドワーフの歴史を記した書物などは持っていない。彼自身も歴史に詳しいわけではないが、一般的なドワーフが知っている程度の知識はあるという。


 ミミは、残念ながらそういった知識は持ち合わせていないようだ。彼女は獣人族の群れからはぐれ、人間族の奴隷商人に追われていた身。しかも、まだ若いというよりも幼いと言った方が妥当な年齢だ。退屈かもしれないが、とりあえず耳を傾けているだけでいいと判断する。


「さて、と……」


 テーブルの上に書物が広げられる。

 それらは異なる種族の目線から綴られた、数百年前の『聖戦』の記録だ。


 まずは、僕たち人間族にとって最も馴染み深い『聖戦記』に手を伸ばす。それは王都の教会による公式記録とされ、かの聖戦を見届けた司教の書き記したものが伝えられたという。

 ゼノンさんが、古びた羊皮紙のページをめくった。


「ここに記されているのは、人間族が魔族という絶対悪を討ち滅ぼした、正義の英雄譚じゃ。魔王の暴虐、魔族による理不尽な侵略の数々。そして、神の啓示を受けた勇者と聖女が、光の軍勢を率いて魔界へと進軍し、世界に平和をもたらした……とある」


 人間族なら誰でも、幼い頃からおとぎ話のように聞いているだろう物語。僕も孤児院で先生から聞かされてきた、お馴染みのものだ。


 次に、ルナが静かに『悔恨の書』を開いた。


「これにはエルフ族が、人間族との同盟に至るまでの苦悩が綴られています」


 ルナの指先が、書に記されている流麗なエルフ文字をなぞる。


「魔王は、人間族の無秩序な森の伐採や魔力の浪費が、世界のバランスを崩すと警告してきました。当時のエルフの長老たちは、その言葉に一理あると感じていたようです。しかし……」


 解説する言葉がわずかに震える。

 彼女は、辛そうに目を伏せた。


「長きにわたる人間族との交流や、彼らの圧倒的な軍事力を前に、私たちは人間族と敵対する道を選べなかった……。結果として、魔王を討つ側に回ってしまったことへの、深い後悔と罪悪感が、ここに記されています」


 それらが記されたのは、ルナが生を受けるよりも前のこと。彼女自身は聖戦の渦中にあったわけではない。だが同胞の苦衷を思ってか、表情は苦悶の色が浮かんでいる。


 最後に、セラフィナが退屈そうに口を開いた。


「さて、魔族側の記録――と言っても、わたくしの記憶ですが」


 彼女は扇子をパチンと閉じ、僕たちを見渡す。

 向けられる視線は、責めるでも嘲るでもなく、冷静なものだった。


「そもそも。我々魔族は、人間族の領域を侵略するつもりなど毛頭ありませんでしたわ。魔王様は、世界の調和を守るための『調停者』に過ぎません。人間族の行動が世界の寿命を縮めていると判断し、警告を与えただけ。それなのに、ある日突然、人間族の大軍勢が、我々が平穏に過ごしていた魔界へと雪崩れ込んできたのです」


 聖戦当時を生きていた者の、経験と記憶。魔族に比べれば圧倒的に寿命が短い人間族には、セラフィナが口にする内容を確かめる術はない。ギデオン村長もゼノンさんも顔をしかめさせているが、彼女に食ってかかるようなことはしなかった。


「……」


 人間族の『聖戦記』。

 エルフ族の『悔恨の書』。

 魔族側の『侵略の記憶』。


 これら三つの記録を突き合わせ、パズルのピースを合わせるように、当時の状況を整理しようと試みる。

 ふと、違和感を覚えた。


「……おかしいですね」


 どうも、腑に落ちない。

 僕は、人間側の『聖戦記』の記述を指差した。


「ここには、『魔族が先に侵攻してきた』とある。でも、その具体的な被害の記録や、魔族がどこから、どのように攻めてきたのかという侵攻ルートの記述が、極端に曖昧です。まるで、後から『侵略されたこと』にするために、無理やり付け足したかのように」


 ギデオン村長が「確かに……」と、眉をひそめた。何かを思い出すように中空を見つめ、あごを擦る。


「ワシも騎士時代に、過去の戦史を学んでおる。聖戦前の魔族による被害記録は、驚くほど少ない。国境付近の小競り合い程度の記録ばかりで、大軍による侵略の痕跡は見当たらなかった」

「ええ。それに、最大の謎は……」


 村長の言葉に頷きを返す。

 さらに疑問を呈そうとすると、ルナが真剣な表情で言葉を継いだ。


「なぜ人間族は、当時は存在すら曖昧だった『魔界』の場所を正確に特定し、大規模な侵攻を行うことができたのか……」


 ルナの指摘に、全員が沈黙した。

 魔界は、異次元の狭間や、地底深くに隠された世界だと言われている。偶然見つけられるような場所ではない。


「当時の人間族の魔術レベルで、魔界への入り口を特定し、数十万という軍勢を安定して送り込むための転移門 (ゲート) を開くことなど、不可能に近いはずです」


 ルナの言葉を裏付けるように、ギドさんが腕を組みながら唸った。


「……今まで気にしたことはなかったが。ワシらドワーフ族に残る記録にも、不審な点がある。聖戦の直前、当時の人間族の王家から『硬い岩盤を掘り進むための、特殊な巨大ドリル』の大量発注を受けた記録があるんじゃ。ワシも見たことがあるが、その設計図は人間族の技術体系とも、ワシらドワーフの技術体系ともまったく異なる、未知のロジックで作られておった」


 未知の技術による設計図。

 不可能を可能にした、魔界への侵攻ルートの特定。

 そして、不自然なまでに正当化された『聖戦』の記録。


「……誰かが、裏で糸を引いていた?」


 僕は、なんとなく頭に浮かんだことをそのまま言葉にした。

 残された記録というものは、多少ならず記録者の意図が挟まるものだろう。だとしても、あまりに都合が良過ぎないだろうか。


「人間族と魔族を争わせるために、情報を操作し、人間族に未知の技術を与えた。その上で、魔界への道標を示した『何者か』がいる。そんな黒幕の存在がなければ、この聖戦の歴史は、辻褄が合わない」


 僕の言葉に、集会所の空気が一段と冷え込んだ。

 人間族が信じてきた『正義』は、誰かによって巧妙に作られた、巨大な虚構の舞台 (セット) に過ぎなかったのかもしれない。

 僕たちはその上で、数百年もの間、踊らされ続けてきたのだとしたら。


「……黒幕、ですか」


 セラフィナが、面白そうに目を細める。


「わたくしども魔族も、人間族が急に力をつけ、的確に我々の急所を突いてきたことには疑問を感じておりました。もし、その『誰か』がいるとすれば……それは魔王様をも上回る、とてつもない策士ですわね」


 不可能を可能にした何か。

 歴史の裏側で糸を引いていた、第三者の存在。

 パズルのピースを合わせれば合わせるほど、人間族が語る『正義』の裏に、巨大な虚構と、隠された黒幕の影が浮き彫りになってくる。僕たちの敵は、人間族の王家だけでも、魔王軍だけでもないのかもしれない。


「……そういえば」


 重い沈黙を破ったのは、ずっと古文書を睨みつけていたゼノンさんだった。彼は、記憶の糸を手繰り寄せるように、ゆっくりと口を開く。


「ワシが宮廷魔術師団にいた若い頃、王宮の古い書物庫で、走り書き程度の奇妙な記録を目にしたことがあるのじゃ」

「奇妙な記録?」

「うむ。その一文いわく、聖戦が始まる数年前、当時の王宮に『異界の賢者』と名乗る謎の人物が謁見に訪れたらしい」


 あきらかに怪しい。おそらく、些細な出来事だと重要視しなかったのだろう。もし本当になんらかの影響を与えたのなら、しっかりとした記録が残されているはずだ。

 しかし僕は、『異界の賢者』という言葉の響きに嫌な感じを覚えた。


「その『賢者』は、どこから来たのかも、どんな姿をしていたのかも、一切の記録が残されておらん。ただ一つ、『王に、神の啓示と、魔を滅ぼすための知恵を授けた』とだけ、記されておったのじゃ」


 ゼノンさんの言葉が、集会所に静かに響き渡る。


 異界の賢者。

 第三者の介入の可能性。


 もしそれが事実なら。人間族もまた、その『賢者』と名乗る何者かに踊らされていたのだろうか。

 そして、その『賢者』の目的は、一体何だったのか。


 僕は窓の外、西の空へと視線を向けた。

 その方角に、遥か遠く、王都がある。

 魔族を敵視し、勇者パーティーを英雄として祭り上げ、そしてこの村を忘れ去った、人間族の中心地。


 それぞれの種族の歴史を照らし合わせる、という提案から始まった新たな話し合い。だがそのたどり着く先には、僕たちが想像していた以上に、深く、暗い歴史の闇が広がっているのかもしれなかった。



 -つづく-

読んでいただきありがとうございます。

次回更新は……おそらく4月4日になると思います。


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