見えぬ道
「何度でも言いますよ」
皇国軍第3前線基地に敷設された食堂の中、桐生英司の向かいに座る男性兵士は拳をわなわなと震わせながら口を開く。
「桐生大尉。我々は皇国軍の兵士です。連邦を宣う国賊相手に、捕虜としての扱いなどするべきではありません!!」
「……」
「この状況を見て下さい。物資も、弾薬も、兵員すらも、何もかもが足りていない状況なのです!! 我々に奴らを食わせてやる余裕なんてありませんよ!? 第一、国内法上も、国際法上もら奴らはテロリストです!! テロリスト相手に──」
「武藤中尉。言葉を慎むんだ」
「ですが!!」
「武藤中尉」
──言うな。これ以上は、言うな。
英司は目の前で語気を荒げていた男性兵士、武藤へ暗にそう伝えながら静かに睨み付ける。
わかっている。そんなことわかっているのだ。
皆わかっている。
「……天皇陛下からの、全軍への勅命なのだ。この戦争が始まった当初からのな。我々軍人は従う他に道は無い」
それに、と続ける。
「我々皇国は太平洋連合経済圏の構成国でもある。アメリカの庇護下、という都合上国際法を遵守する必要がある」
「しかし……!!」
「武藤中尉。……連邦の者とはいえ、同じ日本人なのだ。滅多なことを言うものじゃない」
顔を歪ませる武藤にどこか申し訳なさそうに英司は視線をずらす。
「わかったのならば、速く飯を食え。……少佐に殴られたくなければな」
この第3前線基地は皇国軍の少佐をトップとして成り立っている箇所だ。
他の前線基地と同じようにここもまた激戦区。僅かな休息も無駄に出来ないのだが、何もかもが不足するこの現状では現場に不満も溜まっていく。現に、武藤のように捕虜への扱いに対しての不満を抱く者が既にこの基地で散見されているのである。
英司とて、そして他の兵士とて、それこそ少佐とて理解している。連邦兵と幾ら高尚に、声高に叫んだとて国家に仇なす国賊であると、テロリストでしかない、と。
本当は、物資を1つとて渡したくないのだ。
この世のありとあらゆる罵倒と共に、生きていることを、産まれたことを後悔させる程の恐怖を叩き付けて殺してやりたいのだ。
新ソ連も、連邦も、日本を揺るがした全てに、報復をしてやりたいのだ。
死ななくてもいい人間が大勢死んでいる。
この戦争が無ければ死ななかった人間が大勢いる。
──全てに、報いを。
皇国軍では、特に現場兵士の間ではいつしかこの一言を掲げるようになっていった。
「……いつまで経っても暗中模索、か」
英司は味も食感も良いとは言えない代用肉──大豆を用いた代用肉が配給されてはいるが戦時下故粗悪なものが多い──の最後の人切れを齧るとそう呟いた。
この戦いの終わりは一体どこなのだろうか。
勝利を求め続けているが、次第にその目的は霧の中へと隠れぼやけてしまっているようにも見える。
連邦兵を全滅させれば勝利なのだろうか。
新ソ連を撤収させれば勝利なのだろうか。
既に遅滞し、停滞したこの戦争を終わらせる方法は何なのだろうか。
見えないのだ、勝利の条件が──悪化し続ける戦況で疲弊する、兵士達には。
噂でしかないが、大本営や上官の間では妥協をすることも視野に入れていると英司は聞いたことがある。そう、一部の国土を諦める、ということだ。
業腹である。
何の為にここまで戦ったのか。
何の為に犠牲を払ったのか。
妥協による停戦は、散っていった戦友達への侮辱に他ならない。彼らへ顔向け出来ないのだ。
英司は重苦しく溜息を吐く。
「全員揃っているかね」
その声に、英司は慌てて居住まいを正す。反射的に背筋が伸び、頬を冷や汗が伝う。
「ふむ、結構」
その者──少佐は口髭を弄りながら、食堂にいる兵士達全員から見える位置に立つ。
何か、書類のようなものを携えているのが妙に英司は気になった。
「先程、大本営からの通達が届いた。今後の戦争遂行に関わる重大な発表だ。諸君も耳に入れたまえ──業腹だがな」
よく見ると、わなわなとその手が震えているのが見て取れる。
先に少佐は目を通したらしい。恐らくだが、何か良くないことが書かれているのだろう──英司は目深に被った軍帽から少佐の表しようのない怒りを感じ取った。
少佐は書類を読み上げる。
「大本営より通達。
我々は、此度の戦況悪化に伴い一つの決定をしたことをここに記す。
我々は太平洋連合経済圏、並びにコモンウェルス経済圏からの支援軍の派兵に合意した。
一月後には予定されている支援軍の殆どが到着する。
引き続き、皇国の勝利の為に戦争遂行に励むように」
沈黙。
「以上だ。何か質問のある者は」
少佐がそう問い掛けるも、誰も手を挙げることは無かった。
否、挙げられる訳が無かった。
──今更なのか?
そして。
──どうして今なんだ?
この2つが兵士達の中で渦巻いていた。
遅い。遅過ぎるのだ。
同じ経済圏であったとしても、本当に必要とするものを渋るようなやり方へ兼ねてより不信感を募らせる兵士にとって、この仕打ちはあんまりである。
何故もっと早く支援軍を寄越さなかった?
そして、コモンウェルスだ。近年影響力を強めつつあるが、このタイミングでの支援軍の派兵は漁夫の利を狙っているとしか思えないのだ。
そしてそれは少佐も理解していた。
だが、兵士がそれを問いただせば──それは国家への不信、不服従と判断される。故にこそ誰も手を挙げられず、また少佐も手を挙げる者を撃たなければならない。
(……本当に、俺達は何の為に……?)
疑念は渦巻き、不信は募り続ける。
憎悪は燃え、憤怒が膨らむ。
「諸君らの気持ちもわからんでもない。だが、耐えろ。あと少しの辛抱だ」
──全てに、報いを。
誰も、その言葉に頷かざるをえなかった。
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