渦流
第二章「暗流呑渦」が始まりました。
どうか最後までお付き合い下さいませ。
──西暦2197年6月
「ちぃぃ……!! わかっていたけどこれ程とは!!」
アリア・オルセンは自機《CARCHARIAS》のコックピットの中、舌打ちしながら回避機動をとる。
敵地ど真ん中にて当初の想定を大幅に超える規模の戦力に伏撃を受け、孤立。
状況は最悪。
休む暇すらない、縦横無尽に砲火が飛び、複合可変翼を用いて空を舞うも、防ぎきれなかった砲弾が装甲を掠めていく。
「皇国の政治家連中め……!!」
救援を要請しておきながら、あわよくばこちらの戦力を、そして影響力を削ごうという魂胆が透けて見える。
今頃本体は悠々自適に作戦目標を達成すべく進軍していることだろう──こちらの混沌等意に介すことすら無い、嘲笑う様がありありと脳裏に浮かび、アリアは盛大に舌打ちをする。
これは極東、日本皇国における東西統一戦争の記録である。
さて、時を2か月前に戻そう。
──西暦2197年4月
「まったく……いつになったら終わるんだか」
皇都・東京を歩く亜麻色の蓬髪の男性は独り呟く。
──皇国軍快進撃!! 破竹の勢いで国賊を駆逐!!
──世界最強の皇国EFW部隊、またも大勝利!!
──錦之御旗の元に集え!!
(どこもかしこも都合のいいプロパガンダばかりだ)
街灯に吊るされたポスター、そして掲示板に張り出された新聞の大見出し。そのどれもが日本皇国の勝利を声高らかに報じ、国威掲揚を煽る内容ばかりだ。
そのどれもが、嘘っぱちである。
戦線は既に膠着化。皇国軍の侵攻は緩慢なものとなり、一部では停滞。こんな都合のいい勝利など、一昔前の出来事であり、今や泥沼化の一途を辿っているに過ぎないのだ。
その男──桐生英司は忌々し気に眉間に皺を寄せる。
二年程前だ。当時の日本は内政干渉、特に左派政治家への新ソビエト連邦──西暦2197年時点で中華人民共和国は大戦期に大きくその影響力を落とし新ソ連へと併合された状況が続いている──による影響力の強まりにより、政治だけでなく民衆にも分断が生まれていた状況が第一次機動大戦の終戦直前から続いていた。日本には黒燼結晶の大規模産出地が存在しており、新ソ連の南下政策において喉から手が出る程に欲していたことが一因とされている。
本来であれば、送り込んだ工作員によって民衆の意識誘導を行い効率的に日本をアメリカ合衆国及び太平洋連合経済圏の庇護下から離反させるつもりだった。しかし、ここで1つの誤算が生まれる。
その1つの誤算が状況を最悪とも言える状況へ運ぶ火種となってしまった。
第一次機動大戦期、日本もアメリカへの支援として当時の国防軍──国際法上重要な瑕疵があったとして自衛隊は国防軍へと変更されている──の派兵を行っていた。奮戦の後、帰還兵への扱いは──決していいものではなかった。
──人殺し
──憲法違反
──憲法改悪してまで派兵する必要性が無かった
あまりにも、身勝手。
自国が戦火に殆ど晒されなった──新ソ連側の主な戦地としてアラスカやシベリア、フィンランド始めとした新ソ連と国境線を隣接する国家群といった大きく長い戦線を維持することとなっており日本へ侵攻する程の余力は持ちえなかった──為に地獄の様相を知らず、リベラル的批判は多くの帰還兵の反感を買った。
深刻化した政治的分断はやがて、新ソ連の目論見通り政治左派による新ソ連共産党への合流を招き、暴力革命へと舵を切ることとなる。
一時は民衆を扇動したクーデターが成功するかと思われたが、ここで誤算が生まれる。
右派、特に極右政治家による非常事態宣言の発令により、国会機能を一時停止。蜂起を試みた左派を非合法武装勢力と認定。そして帰還兵への厚遇を訴え、支持を集めつつ天皇大権を発令。日本皇国へと国号変更を行い、左派非合法武装勢力へ国家反逆罪の適応と国賊として認定する。
東西統一戦争──西暦2195年2月に勃発した、現時点で最大規模の内戦である。
東京における最初の軍事衝突で左派は敗走。西方に逃れ以降新ソ連の支援を受け日本連邦を称するようになる。
そこから約2年。
日本皇国が悲願とした統一の為に不法に占拠されたとされる土地の奪還を進めたものの、半年程前からは前線への物資不足に悩まされ、侵攻は遅滞。新ソ連による武力支援により戦闘は激化し、以降の目ぼしい奪還地は存在しないのが現状である。
前線も、後方も、双方共に疲弊している。
ただでさえ物資が足りていないというのに、戦時下増税が追い打ちをする。
毎朝、遺体の無い棺桶が戦地から皇都へと還る。
皇国軍人も、皇国臣民も、全員が我慢をし続けている。
「……休暇も明日には終わる。そうすれば、再び最前線か」
はは、と乾いた笑みを英司は浮かべる。
第一次機動大戦を生き抜き、齢40を越えた中、今度は皇国軍人として戦地を這いずり回る──そんな日々が日常となって久しい。
否──日常とは何か?
当の昔に忘れて久しい疑問である。
皇国だけではない。この世界が、日常を忘れて久しい。
人間という生き物が、大きな濁流に呑まれて久しいのだ。
誰もが心の内で理解していながら、抗う術を持たない。
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