幕間 〜エレーナのパイロットスーツ〜
※百合成分多めです。
「……あの、別に私は今のままでいいです」
任務が終了して暫くの後、エレーナは女子更衣室の壁際に追い詰められながらそう声を絞り出した。
「そうもいかないかな。隊員の安全性を鑑みると君にもパイロットスーツは着てもらわないと」
目の前には逃がさないようににじり寄るヘリオスの姿が。
「そうだよ~。エレーナちゃん特に小柄なんだから、身体痛めちゃうでしょ」
「うんうん。見てて危なっかしいから……ね?」
その周囲を固めるアルテミス隊女性隊員達の姿。
(……どうしてこうなった)
正直に言うと今着ている野戦服の方がエレーナは慣れていた。確かに安全性には問題があるものの、徴兵されて以降ずっとこれらを着用していた為である。妙な圧迫感が無いことや、蒸れないこともエレーナ的には評価が高かった。……まあ、倉庫で埃を被っていた使い古しの、それも男性用の為明らかにサイズが合っていないのだが。
「その為の採寸を……」
パイロットスーツは着用者の、それこそ身長やスリーサイズといったものに合わせて作られる所謂オーダーメイド品だ。値は多少は張るものの、そこは大量生産品としてある程度の規格化をしている為に現在ではEFW黎明期と比べて安価に生産が出来るようになっている。
ヘリオスはメジャーを持って近寄るが……
「……っ!!」
「あ」
「逃げた」
「また鬼ごっこか……いいよ」
先も述べたように野戦服の方が落ち着くエレーナは隊員の一人が欠伸をした隙を突いて身を屈め、足元を潜り抜けることで一気に駆け出すことで更衣室から逃走する。
「どこまで追ってくる気だ……」
採寸と言うことは要するに自分の身体を触られるということである。これまでの部隊では敵性外国人である彼女は嫌悪の対象で触れることすら憚られており、日常的な殴る・蹴るといったことは当たり前であり、嫌がらせも受けていた。しかし、この部隊はそれらが無いどころか、隊員達の距離感がおかしい。
エレーナにとっては新手の恐怖体験のようなものであり、堪らず逃げ出したというわけだ。
別に隊長であるヘリオスや隊員達の事が嫌いというわけではない。ただ慣れていないが故に、本能的に逃走を選んだというだけである。……照れ隠し? それはそう。
「見ーつけた」
「……っ!?」
回り込まれていた!?、とばかりにぎょっとするエレーナ。
「観念してもらおうかな。この基地のルートは全部把握してるし、逃げ場はないよ」
「……むう……」
全ての逃走経路を把握していると言ったヘリオスに不機嫌そうに頬を膨らませるエレーナ。すると、更に後ろからも包囲するように女性隊員の姿が。
「……わかりました」
「うん。じゃあ、一緒に来てもらおうかな」
観念したように両手を挙げるエレーナ。ヘリオスは近寄り、更衣室へと連れていく。
「それじゃ、採寸するから皆は持ち場に戻っておいてね」
「えー……また逃げません?」
「大丈夫、大丈夫」
「エレーナちゃんにご執心ですねぇ。もしかしてホの字ですか?」
揶揄う隊員をやんわりといなしながらヘリオスはこう述べた。
「興味以上の存在だよ」
無表情だけど笑うと可愛いと思うんだ、とも述べる。
「それをホの字と言うんでしょうに……まあいいや」
「ん??」
「なんでもないでーす」
「逃げろ~」
「訓練、倍に増やすよ??」
「それだけはご勘弁!!」
ぴゅー、と蜘蛛の子を散らすように逃げていく隊員達。全く、とヘリオスは溜息を吐きつつ肩を竦める。
「……脱がないの?」
「いや……その」
エレーナは自身の声が震えているのを何となく感じた。
怖いのである。自分に真正面から向き合われることが。自分の過去の傷に触れられることが。
「……わかった。なら、私も脱ごう」
「……は?」
突拍子もない発言に鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとした表情で呆けるエレーナを尻目にいそいそとヘリオスは自身の軍服を脱ぎ捨て始める。
「え、あの、何やって」
「一人だけ脱ぐのは恥ずかしかったよね。だから、私も脱ぐ」
「すみません、意味が分かりません」
何を言っているんだこの人は──とでも言いたげな表情で睥睨するエレーナ。
シャツをも脱ぎ捨て、ヘリオスの白磁のような肌が晒される。くびれのある細身でありながら、しっかりと筋肉が引き締まった肉体美に無意識に生唾を呑むエレーナ。
上官にここまでさせている以上、流石に申し訳無さが勝った──というよりこのままだと無意味に上官を脱がせた悪い意味での大型新人として望まぬ悪評が立ってしまうことを恐れたエレーナは意を決して野戦服を脱ぎ捨てる。
ヘリオスが目の当たりにしたのは──何かを押し当てられたかのような火傷の跡や切傷、刺傷の跡であった。
「……見せたくなかったんです。無用な心労をかけたくなかったから」
ここにいる人達は、エレーナからすれば皆《善人》だ。それも、今後の人生において二度と出会うことが出来ないのではないか、と思う程の。
自身の出自を知っても尚、歓迎会では自分を受け入れてくれたこと。使い捨てのはずの自身の安全を考えてくれること。暖かいご飯に、柔らかな寝床。
初めて、部品でしかないはずの自分が《人間》として生きられた気がした。──だから、これ以上自分の過去で迷惑はかけられない。
「エレーナ。君は一つ勘違いしてる」
「は……?」
ヘリオスはエレーナを抱き寄せながら、言い聞かせるように口を開く。
「私達は……アルテミス隊は、家族のようなものだ。隠される方が、私は悲しい。それに、言ったよね? 君の居場所はここだって」
「……」
「迷惑だなんて思ってない。現に迷惑だなんて思っていたら、こうして抱き締めてなんかない」
他の皆も同じだよ、とヘリオスは優しくエレーナの頭を撫でる。
身長さ故に、胸元に顔を埋めることになったエレーナは若干の息苦しさを感じながらも、触れ合う素肌を通して伝わるヘリオスの熱にどこか安心感を覚えていた。
「……責任を取ろうとしてるのはわかりました」
「……うん」
「……歩み寄れるよう、善処は、します。……あの、もういいですか。流石に恥ずかしいです」
「んー……私はもう少しこうしていたいかな」
「……破廉恥」
「それに今から採寸するんだから……ね? 今以上に恥ずかしいと思うよ」
「……」
「頬を膨らませても可愛いだけだよ」
「……スケコマシ」
それは心外だなぁ、とヘリオスは肩を竦める。
「さて……それじゃ、失礼して」
傍に置いていたメジャーを取り出してエレーナの胸元、胸囲に当たる部分に巻き付けていく。
「……ちょっ……」
メジャーがどことは言わないが、スポーツタイプのエレーナの下着の先端へと擦れ、思わずぴく、と震える。
「ほんとは全部脱いで貰おうと思ったんだけど……」
「へ?」
「だってこんな反応されたら、ね。君は自分を卑下してるみたいだけど、私が知る限りで君はとても可愛い……ちょっとゾクゾクしてる」
「……そっち側でしたか」
密着した状態でヘリオスにそう囁かれるエレーナは顔を赤らめながら抗議するように睨む。
「……自分でも驚いてるよ。こんなに誰かに熱を上げることなんて無かったし」
興味以上の存在、とは言ったもののその感情はほぼ好意にも等しいものであった。
一目惚れ、というものだろうか。
「……というかそれを本人に言うんですか」
「まあ、今受け入れて貰えるとは思ってないからね。……けど、君の心を奪う為に、これから好きになって貰えるようにするつもり」
「……なんかキモいです」
「……しょぼん」
「……すみません。人を好きになるとかよくわからないです」
「……そうだよね。ごめん」
それはそうと、採寸は続けられていく。
「……ちゃんと食べてる? これは下手したら平均行かないかも……」
「……まあ、必要な分は」
「……補給用で出された分、の間違いでしょ。ダメだよちゃんと食べないと」
「……すみません」
「謝られてもなぁ……こういう時はわかりました、か今度奢って下さい、って言うんだよ」
「……善処します」
「そこはやります、って言って欲しいなぁ」
苦笑しながらメジャーでスリーサイズを測っていくヘリオス。メジャーが布の上から、そして素肌を擦れる際のくすぐったさに反応するエレーナを微笑ましく眺めながらもその手は止めない。
「今度、下着も可愛いの買いに行こう」
「いや別に……」
「自分を卑下しない。……私は可愛い下着を着たエレーナが見たいなぁ」
女子は下着パーティをすることもあるんだよ、とヘリオスは言った。そんなものあるのかよ、とばかりにエレーナはぎょっとした目で見ている。
「……善処します」
「じゃあ、今週末行こうね」
「……まあ、いいですけど」
数日後──もかからず、翌日にはエレーナ用のパイロットスーツが届けられていた。あまりにも速い完成であることから、隊長がもしや圧力を? と思わずエレーナは邪推してしまうのであった。
「エレーナにはこれがいいかな……いや、これも捨て難い」
一方のヘリオスはスマートフォンでエレーナに着せる下着を眺めていたのだとか。
よろしければブックマーク登録の程よろしくお願いします。
応援の感想やレビューを頂ければ励みになります。




