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灰燼のイニティウム ──壊れかけの世界で、明日へ藻掻く機械仕掛けの記憶──  作者: 白カラス
第一章「戦火の予兆」ユーラシア社会主義経済圏編
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灰色の空 Ⅲ

 視界を染めた極光、そして着弾による衝撃波と蒸気が晴れていく。


「……ちょっとズレたかぁ? ま、いっか」


 反抗勢力の機体は既に跡形もなく蒸発していた。若干、着弾点が陽電子ビーム照射時の反動でズレたが、誤算の範囲内である。倒せたのならいいか、とばかりにフェリクスはギャハハ、と笑う。

 冷却機構が作動し、ユニット各所がスライド展開。冷却装置やヒートシンクが露出し、赤熱化したユニットを外部の冷気に晒すことで温度を下げつつ、更に両肩部に充填された冷媒を吹き付ける。

 パシュウウ……という音と共に機体各所から蒸気が上がる。


「な……んだ……」


「……っ」


 新兵達は目の前の光景に、ただ立ち尽くしていた。

 死にたくなければ今すぐそこを離れろ──そう命令されて離脱したかと思えば、次の瞬間には遠方からの長距離砲撃が、それも噂程度でしか聞かない、第5世代機の最新兵器の威力を目の当たりにしたから──ではない。

 目の前で、人間が断末魔を上げる暇も無く死んだことに、蒸発(消滅)させられたことに畏怖し、立ち竦んでいたのだ。

 目の前で、人がまるで最初からいなかったかのように消えたのだ。


「ううっ……」


 嘔吐する新兵もいる。


「へ、あ……は……?」


 目の前の光景を受け入れられず、ただ当惑する者もいる。


「こ、こんなこと……こんなもの……」


 辛うじて理性を保ち、祖国が作り出した破壊に対し恐怖する者もいる。


「んじゃ、諸君。帰ろっか」


 それすらも意に介さず、こんなことは日常茶飯事だとでも言うように、いつもの調子でフェリクスは帰還を促した……が、当然新兵達は一瞬その言動に呆けてしまう。

 人を人として扱わず、まるでゴミのように扱っているフェリクスのその態度に次第にふつふつとした怒りすら湧き始める。場慣れしていない新兵らしいと言えば新兵らしいか。

 しかし、それは命取りだ。


「……大佐。お言葉ですが、貴方のその態度、死者への敬意に欠けていると思われますが」


「何言ってんの君ら」


 新兵の中でも比較的理性を保つことの出来た者が、意を決して抗議するもフェリクスは一蹴。


「これから腐る程見るんだよ? 慣れなきゃ」


 そもそも、と続ける。


「祖国に盾突く()()()()()にそんな感傷は祖国への背任を疑われても文句の言えない言動さね。俺が君らの隊長であり教育係でもなければ今頃再教育施設送り、最悪銃殺刑だ。他の隊だったらとっくにそうなってるよ」


 俺は寛大な方だからね、とフェリクスはうんざりしたように吐き捨てる。

 ぐうの音の出ない正論に抗議した新兵は押し黙る。確かに今の言動は己を危険に晒すものだ。上層に知られればただでは済まない。それに自分だけでない、家族にも危害が及ぶ可能性すらある。

 新ソビエト連邦とはそういう国だ。

 そして、ユーラシア社会主義経済圏とは、そういう場所だ。

 社会主義を謳っているが、その実共産主義の暴走から来る全体主義。他経済圏の軍拡をファシズムだ、と批判する癖して自らの侵略戦争や同化政策に関しては棚に上げる(だんまりを決め込む)


「……申し訳ありません」


「いいよいいよ。別に考えることは罪じゃないからサ」


「……はい」


 ゲラゲラと笑うフェリクス。

 そう、別に内心でどう考えようが自由なのだ。エスパーではないのだから、国家であっても人の心の中まで覗き込むことは出来ない。そもそも多少の脳波による機体コントロール技術が実験段階にあるとは言えど、あくまでもそれは一方的な通信であり双方向的な通信までは出来ない。それに、交わされるのは電気信号であるから、これがどういう意味を持つのかまでは到底特定することは出来ないだろう。

 科学がどれだけ進歩していたとしても、内心の独立性までは侵害できないとフェリクスは考えているのだ。

 だからこそ、自身の主観では()()()()()()()()()()。言葉こそ悪いものの、頭ごなしに否定することはしない。

 考えることは自由だ。だが、死にたくないのなら、言葉には気を付けるべきだ。

 この国で生まれ、生き残るには賢くならなければならない。

 それは学力ではなく、世渡りというものだ。


「正直や素直はもう美点とは言えねぇさ。小狡く、賢しく生きなきゃ」


 人はそれを卑怯な生き方というのだろう。だが、命あっての物種である。

 新兵達はまだ納得の行かない表情を浮かべてはいるものの、先のリスクもあって押し黙っていた。


「……自分は国家に、家族に誇れる軍人でありたいんです」


 搾りだした言葉は震えていた。しかし、譲ることの出来ない芯を感じさせるものであった。

 フェリクスは笑うでもなければ嘲るのでもなく、静かに聞いていた。


「……なら、忘れないことだ」


 ならばせめて、その志が現実に打ち砕かれないように。フェリクスは言質は取ったぞ、とばかりに言い残した。







「……若いっていいねぇ」


 自室にて、フェリクスはホットコーヒーをすすりながらそう呟いた。

 食糧難から純粋なコーヒー豆がほとんど流通せず、高級品とまで扱われる中、フェリクスが淹れたコーヒーはまさにその純粋品──大佐であるが故の給金で購入できる嗜好品であった。


「俺にもそんな時期があったっけ」


 何も知らなかった頃、自身もまた、国家の為、家族の為に、名誉ある官職として軍人を目指した。だが、多くの汚職や粛正、談合を目の当たりにする中で次第にその志がゆっくりと、しかし確実に潰えていくのを実感してしまった。

 現実は時として人を精神的に殺す毒となる。

 それは即効性の時もあるし、遅効性の時もある。


「……せめて潰されんでくれよ。おっさんに、少しの間で良いから夢を見させておくれ」


 ハハ、とどこか諦めたような笑みを浮かべる。

 かつて捨てた夢を今を生きる若者が夢見ている。彼自身にそれを止める権利も、否定する権利もない。なにより、今を生きる若者の人生を邪魔してはならない。……だが、生き残る為のお節介くらいは許されてもいいはずだ。

 あとどれだけ生きられるのか。

 あとどれだけ彼らを見守れるのか。



 答えの出ない、されど微かな希望が胸に宿っていた。


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