灰色の空 I
「おーい、新兵共ー。残骸回収手伝えー」
冬空の下、比較的黒燼粉塵汚染が低い雪原に存在する基地内にて、部下と思しき軍人達に呼び掛ける男が一人。茶色の長い髪を後ろで括った、左目に眼帯を付けた赤目の中性的な軍人だ。しかし、それは見た目だけの話であって、年齢は実に40を超えており、声も低くどこか渋みもある。
彼の名はフェリクス・セルゲーエフ。ユーラシア社会主義経済圏における新ソビエト連邦軍大佐だ。
「了解しました」
「今参ります」
数人の、今年着任した新兵達はそう返答しユーラシア社会主義経済圏製の第4世代量産機медведьに乗り込む。
フェリクスによって回収地点がマップに記され、彼の機体の後に続いて新兵達が追従し、回収車と共に雪原を進む。
広がる残骸。数時間前に撃墜した反政府勢力で運用されている機体であった。
「ものの見事に第3世代ばかりだねぇ」
モニター越しにフェリクスは辺りを見回しながらそう呟く。軍用払い下げであったり擱座機が民間へ流出したりと様々なルートが考えられるが、まあそれはいい。
コックピットは既に貫通して死亡しているか、投降あるいは捕縛され虜囚の身として取り調べという名の拷問を受けていることだろう。
「ああ、君らにとってはほとんど見たこともないっけ。そりゃ、もう骨董品だもんねコレ」
少しでも機体の頭数を増やす為に未だに運用されている例はたまに見る程度であり、鈍足固定砲台とも揶揄されるこの機体を使う理由はそれ以外にない。
「そう、ですね」
「自分も見るのは初めてです」
「だろうねぇ。今じゃ士官学校でも訓練用として使われているのなんてド田舎くらいのものだし」
知らないのも無理ないね、とフェリクスはマニピュレーターで残骸を掴み、回収用の作業車に積載していく。他の面々もフェリクスに倣ってマニピュレーターで残骸を掴むが──
──グシャ
「あっ」
「難しいだろ?」
EFWを作業用に使うにもある程度の技術が必要になる。物によっては武器を掴む要領で握ると簡単に壊れてしまうのである。
「今の士官学校はこういうのはやってないみたいだねぇ……ま、役に立つから覚えて帰りな」
了解です、と新兵達はフェリクスに返答し、四苦八苦しながらマニピュレーターを慎重に操作し残骸を拾い上げ回収していく。
2時間程度の作業を終え、残骸を満載した作業車を野盗──近年急速に増えている軍事・民間問わず襲撃を行い略奪行為をする集団──から護衛しつつ基地へと帰還していく。
クレーンを使って床に降ろされていく残骸にふと目を留めた新兵の1人が疑問を呈する。
「……ところで、モニターらしきものが見当たりませんが」
「ああ、そういえばそっか。君ら、網膜投影式に触れたことないっけ」
「……ないですね」
そりゃそうだよね、とフェリクスは肩を竦める。
「廃れちまった技術だからねぇ」
「と、言いますと……?」
「現場からの大不評。あと、これ」
とんとん、と自身の右眼に付けた眼帯をつつくフェリクス。新兵達はまだ理解出来ていないのか、キョトンとしている。
こういうところだよな、とフェリクスは内心で毒吐く。軍は都合の悪いことはどうにも隠したがるらしい。
「事故だよ。網膜投影装置が目を焼いちまうんだ」
「……っ!?」
「それって……」
「俺も右眼を焼いた。どうにも強い衝撃が加わると網膜投影装置がイカれちまうらしくてねぇ。内部回路がショートすると瞬間的に網膜に直接フラッシュが炊かれたみたいになっちまうんだなこれが」
そしてそれはユーラシア社会主義経済圏だけの話ではない、とフェリクスは続ける。
「大戦期を知る最後の歳が23、くらいだったか。そこからもっと前、25、6くらいの歳の奴なら知ってる。この頃、一時的に戦闘が少なかった時期があってな」
その時期にこの手の事故が各国で多発していたことをフェリクスは述べる。
元より、EFWが戦場を支配し始めて暫くしてからは様々な戦術が試みられてから現場の兵士からは網膜投影式への苦情が相次いでいたのだ。特に嫌がられたのはフラッシュバンのような強烈な閃光を放つ装備である。網膜投影式故に、眩い光で目を潰され一時的に前後不覚になるどころか失明する等の被害が報告されていた。
網膜投影式は現在の主流であるモニター式と比べて精密部品が多く、衝撃にも弱いという欠点を持っていた。直接網膜に投影する、という都合上故障すれば最悪網膜へも甚大なダメージを与えることは想像に難くない。
起こるべくして起こった事故なのだ。
各国は撃墜王を失うという痛手を負い、兵士達やその家族は安全性を求めるデモ活動を起こした。最早戦争どころではない時期があったのである。
「今じゃ対策が組まれたお陰で失明する、なんて事故は聞かなくなったねぇ」
そもそも網膜投影式は問題が多過ぎた。
人間の視覚で物を見る、ということは人間と同様に死角が必然的に生まれるということである。
もう少し分かりやすく説明すると、パイロットの頭もしくは目線の動きに合わせて投影される視界も変遷していく。つまり、どうしても視界の外側からの攻撃に弱くなってしまう。
現行の全天周囲モニターであれば一望出来る上に、パイロットの視点移動は最小限で済む。これにより、死角になりがちな側面や後方からのアラートを、網膜投影式では視界を合わせる為に頭ごと向ける必要があったが全天周囲モニター式では視線移動のみで済み、咄嗟の反応もしやすいことが現場兵士の証言があった他、生存率も若干だが向上しているデータが出ている。
「講義はここまで。ほら、仕事に戻るぞ」
「了解しました」
ここから先の解析は専任の部隊が行う。
我々は通常課業に戻るのみである。
「……ふん」
遠ざかる新兵達の背中を見遣り、フェリクスは未だ大気中に漂う粉塵で灰色に染まった空を見上げる。
「……"雪狼"の野郎が死んだか」
死を悼む、というわけでもなく、その表情は獰猛な笑みを浮かべていた。
「……愉しみだァ」
いつだって、戦場は彼を悦に駆り立てる。
キャラクター紹介
フェリクス・セルゲーエフ
階級は大佐。年齢は46歳で、身長は176cm。誕生日は12月20日。
茶色の長髪を括り、赤い瞳に右眼に眼帯を付けたユーラシア社会主義経済圏新ソビエト連邦出身の男性EFWパイロット。
第一次機動大戦中期において、第三世代量産機に搭乗中、戦闘時の衝撃による網膜投影装置の故障により右目を失明。暫くの療養の後に当時最新鋭の義眼移植手術を受け、視力を回復。戦線復帰を果たす。
戦場に心を奪われたと言ってもいい程の生粋の戦闘狂であり、指揮官としても優秀。その腕を振るい、対アメリカ、対ヨーロッパにおいて猛威を振るった。戦闘スタイルとしては重装甲高出力機体による突撃の他、遠方からの砲狙撃も得意とする。
現在は大佐として旅団を率いつつ、新兵の教育にも力を入れている。
中性的な見た目。離婚歴があり、親権こそ失ったものの中学生になる娘がいる。
好きなものはボルシチ、辛い物、酒。
嫌いなものは特に無し。
戦術義眼▶︎右目に移植している義眼。当初は網膜投影装置の故障による失明を治療する為に視力の回復の機能にのみ特化していたが、後にアップデートされEFWのセンサーの簡略版を搭載し、パイロット個人の反応速度や動体視力、戦況解析能力の著しい向上を果たした。その反面、日常生活においては"情報過多"である為に眼帯──眼帯を付けるだけでなく瞼を閉じることでも可能──を介することで視界を通常に戻している。
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