波瀾 Ⅱ
日常は難しいですなぁ……
「……まあ、こんなもんでしょ」
新たな拠点へと移ったアリアは執務室にてデスクトップパソコンのエンターキーを叩く。
画面には──
──Independent EFW Battalion "Dáinsleif"
「……独立EFW大隊”ダインスレイブ”。通称、”ダインスレイブ隊”」
由来は北欧の伝承に登場する魔剣の銘だ。曰く、一度鞘から抜き放つと生き血を吸い尽くすまで鞘に納めることが出来ない、という呪われた剣だそうだ。
祖国防衛の為に、どこまでも敵を追い掛け撃滅する──部隊の本懐とはいえ我ながら悪趣味なネーミングセンスだ、とアリアは肩を竦める。
元よりネーミングセンス等壊滅的である。だから嫌だったのだ。
「……片付けなきゃいけないのが多いなぁ」
現場指揮官──とはいっても中隊長でしかないが──とは訳が違う業務量に頭を抱えつつ、納品書や備品確認書といった書類に目を通していく。基地周辺のインフラ状況や地形図、黒燼粉塵汚染濃度を示したマップの確認もしなければならない。
こんこん、と扉をノックする音が響き、どうぞ、と返答してアリアは入室を促す。
「隊長。格納庫の見回りには行かないので?」
「……忘れてた」
すっかり頭から抜け落ちていた。
アリアはPCの画面を暗転させ、回転椅子から立ち上がる。書類仕事のキリもいいし、気分転換にはなるのかもしれない。
「すぐ行くよ」
背もたれにかけていた軍服を羽織り、格納庫へと向かった。
「……なにこれ」
格納庫で見たアリアは目の前の光景にぽかん、と呆けた表情を浮かべる。
「他に強い奴はいないの!? 全然足りないんだけど!!」
「なんなんだこいつ……!」
「新兵の癖に……!!」
なんだこれ。
格納庫でコックピットから身を乗り出して騒ぐ士官に、悔し気に、そして忌々し気にそれを睨む士官達。見たところ、大方機体の機能として組み込まれているシミュレーターでもやっていたのだろう。
結果は聞くまでもないようだ。
クローディア・ワイズマンの全勝らしい。
「えぇ……」
とはいえ配属初日で不和が起きるのはいかんだろう、とアリアはげんなりとしながら溜息を吐く。
「隊長ぉ……」
何故ここであたしを見る──そう思ったが、確かにそうせざるを得ないのだろう。生意気な新入りをどうにかしてほしい、ということなのだ。
「へぇ、”黒夜叉”サマもアタシとやる?」
挑発するようににやり、笑うクローディア。
「しょうがないなぁ……」
仕事があるから1戦だけね、と述べるとクローディアはアリアが挑発に乗らず面倒臭そうな声音で応えたことに不機嫌になったのか、ふん、と拗ねながらコックピットハッチを閉じた。
「隊長……お時間が……」
「あー……いいのいいの」
如何せん教育は必要でしょ、と副官に言うアリア。あの性格だ、たらい回しにされたのも納得が行く。
他の隊員が見守る中、アリアは自身の機体の元へと歩みを進める。
「軍服は……ダッシュボードにしまっとくか」
シートに座り、ダッシュボードを開けて邪魔になるであろう軍服を脱ぎ、畳んで収納する。ワイシャツのネクタイも外しておき、ボタンも外して襟元を緩めておく。
「システムチェック完了……シミュレーションモード起動っと」
ぽちぽちとコンソールを弄っていく。
「まだ? こっちは待ってるんですけど」
通信を繋いできたと思えばこれか──気の早いことで、とアリアは呟きながら口を開く。
「はいはい、今終えますよーっと……ステージは雪原でいいよね」
「なんで雪原……って騙されないわよ!? そうやって有利な地形に……!!」
おや、とアリアは続ける。
「……"エース"サマはご不満らしい……自信はおありでしょう?」
「ぐっ……やってやるわよ! 吠え面かかせてあげるんだから!!」
単純──プライドの高さを逆手にとった挑発だ。乗ってくると思ったのである。
さてやろうか、とばかりにアリアは自身の手指を解しながら首の骨をゴキゴキと鳴らす。その後滑り止め用のフィンガーレスグローブを填め、操縦桿を軽く握り、ペダルに足を置いた。
──ACTIVATED SIMULATOR MODE
ステージは20km四方の雪原地帯。針葉樹林や湿地帯等も点在しており、遮蔽や待ち伏せ等も考慮された仮想空間だ。
「んじゃ、やろうかね」
シミュレーターという兼ね合いからこれ以降の互いの通信は接触回線を除いて封鎖される。
仮想空間の中で降りしきる雪の中、カルカリアスはそのモノアイを青白く、怪しく輝かせながらスラスターを噴かし、移動を始めた。
一方、クローディアはというと。
「ムカつく……ムカつく……ムカつく……!」
あの澄まし顔に一泡吹かせないと気が済まない、とばかりにコックピット内で呪詛を吐いていた。
いつだって上手くやれてきたのだ。黒夜叉がなんだというのだ。所詮は誇張された"一個人"に過ぎない。
ギリギリと歯を食い縛りながら、腕だけは確か、として受領した第5世代量産試作機《Maelstrom》先行配備型の機体を雪原の中、滑走させる。
「どこだ……どこにいる……!」
レーダーやモニターを凝視しながらアリアの乗機を探し続ける。機体全体で空力を得る特殊構造からなる爆発的な速度はソニックブームを巻き起こし、周囲の雪を巻き上げながら仮想空間内の雪原を捜索する。
(……ダメだなぁ、こんな環境で雪を巻き上げたら)
アリアはメイルストロームを遮蔽物越しに確認していた。モノアイの倍率は最大にまで引き上げており、遠くで雪を巻き上げながら移動しているのがよくわかる。これでは敵に居場所を教えているようなものだ。
「……仕掛けようかな」
アリアはコンソールを操作しながら操縦桿を微調整し、カルカリアスの姿勢制御を行う。
「この辺、かな?」
メイルストロームの通過予測位置をマッピングしていき、発射角度の調整をしていく。無誘導状態による放物線を描く軌道だ。ロックオンアラートは鳴らない──熱源探知には無論引っかかる──為、初動を遅らせることが出来るという算段である。
機体の角度を調整し終えたことを確認すると、アリアはゆっくりと操縦桿のトリガーを落とす。
──バシュン!!
合計4発の全領域対応を時間差で発射。一度上空に上がった後、落下を始める。
「熱源反応……? 上から……っ!?」
メイルストロームのレーダーが捉えた情報で上方からの攻撃を察知するクローディア。正面方向にスラスターを噴かし機体に急制動をかけつつ、手前に落ちるミサイルを寸でのところで直撃を回避する。
しかし、放たれたミサイルは4発だ。
時間差で迫るミサイルを急制動によって肉体にかかる強烈なGに涙目になりながら歯噛みして堪え、操縦桿を倒すことで2発目、3発目を回避。
だが──
「がァッ……!? クソッ……!!」
3発目の爆発の余波がメイルストロームを襲い、体勢を崩してしまう。
そしてすぐに襲い来る4発目。
「こなくそ……!!」
メイルストロームの胴体両側に格納された12.7mm CIWSを展開。弾幕を張ることで抵抗する。
ミサイルの爆煙と共に眼前で明滅する光。
安心したその時。
──ブゥン……
黒煙の中、怪しく輝くモノアイ。
次の瞬間──
──ガガガガガガッッ!!!!
光弾。
視界を覆い尽くす程の光弾の嵐がメイルストロームを襲う。
「ちょっ……!?」
カルカリアスの両肩に搭載された合計4門のビームベビーマシンガンの一斉射撃である。大口径のそれらは大抵のEFWの装甲をズタズタにし破壊せしめる程の大火力を誇る。
──ドカァァン!!
被弾。
ミサイルの爆炎に紛れて熱源探知を誤魔化した上で接近する、というやり方により反応が遅れたのだ。
「ち、くしょぉぉぉおおお!!」
ガチャガチャと操縦桿とペダルを操作し、どうにか範囲内から抜けることに成功する。しかし、すぐに全領域対応ミサイルがメイルストロームを襲った。
損傷により姿勢制御系に異常を来たしたのか、脚部を雪原に擦りながら後退し、CIWS、腕部ビームガン、右後方に搭載された《プルヴィア ビームベビーガトリング》を斉射しながら全力で後退。
その間に《ヴァルチャー 可変速ビームライフル》を構え、爆炎の中にいるであろうカルカリアスに向けて照準。
「分厚い装甲でも、これなら……!!」
──バシュゥゥン!!
貫通力を重視した高速モードでビームを放つ。
爆炎を突っ切るように、光条が奔る。
「まあ、そうするよね」
そこにアリアはいない。
「……!?!?」
馬鹿な。機体反応はしっかりあったはず──クローディアは慌ててレーダーを見るが……そこには2つの機体反応が存在していた。
一体どういうことだ──行動しようにも、もう遅かった。
眼前から迫るCIWSと光条。
そして側面からは限界まで体勢を低めた状態から放たれる、超熱振動クローを超高速回転させたドリルクラッシャー。
「……おしまい」
──YOU LOSE
クローディアのモニターには残酷な表示が。
あの時、爆炎に紛れる形でカルカリアスは背面の《支援機動ユニット クリュサエトス》を分離、そして囮として残しつつ自身は側面に移動。先程苦渋を舐めさせられた以上は爆炎の中を警戒する──半ば賭けではあったが、アリアは賭けに勝った。
機体反応をろくに確認せずにクローディアは引き金を引き、発砲の際に遠隔操作によってクリュサエトスをバレルロールさせることで光条を回避。広い攻撃範囲を持つ低速モードで撃たなかったことはクローディアの判断ミスだ。もし、低速モードにしていたならばクリュサエトスは撃墜されていた。
後は一気に接近し、挟撃することでトドメを刺したのである。
「お疲れ様。腕は悪くないけど……経験不足だね」
コックピットハッチを開け放った尚も呆然としているクローディアに向けて、タオルとスポーツドリンクを差し入れつつ労うアリア。
クローディアにとって初めてともいえる敗北であり、悔しさの他に恐怖や焦燥、憤怒、屈辱といった様々な感情が激流の如く奔り、渦を巻いていた。それ故に、気もそぞろといった様子でそれらを受け取る。
反抗することが出来る程の余裕も消えていたのだ。
「あ、そうだ。今のシミュレーター、レポートとして提出しといてね」
「……へ?」
「当たり前でしょ。敗戦処理。マジで大事だからね?」
「は、はあ……」
本当に理解しているのか? とでも言いたげなアリアは怪訝そうに、今しがたよろよろとコックピットから這い出てきたクローディアの顔を覗き込む。
「……っ!?」
至近距離というあまりに近い距離感に驚き、我に返ったクローディアは反射的に後退りする。にたー、と笑みを浮かべクローディアを眺めるアリア。
「ま、珍しい所も見れたし……これはこれで役得かな?」
揶揄われた──その事実がクローディアの怒りに触れるには充分であった。
負けたことにより大口を叩けず、それでもワナワナと震えるクローディアが放つ言葉は──
「お、覚えてなさい!! つ、次は絶対負けないんだから!!」
あまりのテンプレなセリフにアハハ、と腹を抱えて笑うアリアに対して顔を真っ赤にして怒るクローディア。
前途多難な初日ではあったが、この部隊であればなんとか上手くやれそうだ、と安堵するのであった。
第一章「戦火の予兆」コモンウェルス経済圏編──完
──多分この頃が1番楽しかった。いつまでもこの日々が続けばいいのに。
アリア・オルセンの手記
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