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残る二つのカップの内の一つに、ユリシーズに捧げたい剣を入れる。剣がカップに収まる。カップを覗くと、そこに剣は変わらず元のままの姿である。まずは剣が失われなかったことにフーゴはほっと息を吐く。
もう一本増えた剣の正体はわからない。が、フーゴはその剣を追加で入れた。
その剣が呪われていた場合、呪いが追加されそうではある。フーゴは一度それを確かめるためにその剣を素振りした。手から離すことはできたので、一応呪われていないはずだと考える。
その上で剣を入れた。カップの中を覗いて確認する。
「お!」
カップの中には一つの剣。無事に合成されたのだ。
「これが! 合成のカップ!」
フーゴはちょっと嬉しくなってしまって、カップを掲げた。それを突っ込む人もいないので、一人寂しくそっと腕を下げる。
実はフーゴは合成のカップをこのダンジョン内で一度すでに見ているはずなのだが、彼はそれを思い出せていなかった。そのため、初見の反応をしてしまっている。
変化のカップから剣を取り出したい。だが、中から取り出せないので、カップを割る必要がある。フーゴは豪快に床に叩きつけた。
小さなカップの大きさを超える質量の剣が飛び出してくる。
出てきた剣を合成のカップに次々と入れていく。三本目を入れようとしたところで、剣が中に入らなくなった。
「上限があるのか……4本しか入らなかった……」
がっかりしつつ、諦める。
「……」
残るもう一つのカップ。これは変化のカップとも、合成のカップともデザインが違った。あの風が吹いたカップとも違っている。
手を突っ込むことはできるので、挑発や水流のカップとも違う。
「入れるか」
フーゴは変化のカップから出てきた矢をそのカップに入れてみた。
「お。入れられる」
中を覗くとそのままの姿で矢はそこにあった。余った剣を追加で入れると、それもそのまま中に収まっていた。
「収納のカップだ! やった!」
念願の収納のカップがようやく手に入った。
荷物の整理が済んで、フーゴは改めて周囲を見回す。
「壁画を見る余裕もなかったなー」
なんとなく、視界には入っていたが、それを意識することはできなかった。ここに来てようやくその壁画を眺めることができる。
壁画に描かれているのは、天に召されたらしい王が車輪のついた輿に乗って宙を進んでいっている姿だ。王の周囲には、羽の生えた獅子や羽の生えた蛇などが同じように空を飛んで進んでいる。
「……こういうの出てきたら嫌だな」
フーゴは今後出てくる敵にこの姿の獣が出てくるのではと予想した。
今まで、どうしてこんなに獣が出てくるのだろうと思っていたが、もしかして王と一緒に葬られた獣達ではないかとフーゴは考えたのだった。
神の使いと似た姿の獣達。それらが王と一緒に埋葬された。そして、その獣たちが、このダンジョンの魔物として出てきていたのではないか。
そう思わせるのは、壁画に出てくる動物と今まで出てきた魔物達の姿が似通っていたからだった。
フーゴは壁画を見ていて、違和感を持っていた。その答えがなんとなく分かった気がする。
この壁画が描かれた時代と現代とでは宗教観が違っているのだ。
現代ならば、教会が主導して弔いをする。その教会の存在が壁画には感じられない。ここは教会が存在していない時代の墓なのだ。
信仰しているのは、恐らく太陽神。その証拠にどの壁画にも太陽が描かれていて、王に向かって光が差している。
教会が語るような天使の姿はなく、代わりに羽の生えた獣たちが神の使いをしている。
「……そう言えば、メディナには教会がなかったな」
フーゴは彼の地を思い出していた。正確に言えば教会の跡地はあった。だが、人々がそれを利用している様子はなかった。
疑問に思って村の人々に尋ねると、かつて教会にいた聖職者が悪人で彼を領主が成敗した後、教会は廃れたのだという。
荷物整理の時間で大分体は休まった。再びフーゴは前に進んでいく。そう言えば、とフーゴは思いついた。このダンジョンはあの小さな階段が出てこない。ひたすら長い回廊を下に下にと進まされている。
そういうダンジョンもあるのか……とフーゴは思った。
「やっと終わったー……」
フーゴはため息交じりに声を発した。飛び飛びの床板を進まされる区間がようやく終わった。
安心して前に進められるしっかりした床板にフーゴは喜びを感じる。
ふと、フーゴは上を向いた。
「え?」
頭上に斜め上に伸びる通路のようなものを見つけた。
「上に進むのか? なんで?」
目の前には緩やかな下り坂の通路がある。だが、頭上には斜め上にと別の方向に進められそうな道がある。
フーゴは一度立ち止まり、そこに進められるのか、進んだところでどこに行けるのかと考えた。正解は下方向だと思えるのだが、上に進むと近道になるのか……
そもそも、進むのも難しそうである。この通路に移るには飛び上がって通路のへりに掴まって、腕の力だけで体を持ち上げなければならない。そして、通路から滑り落ちないように両腕で体を支えながら這うように前に進まないといけない……
などと予測を立てていると、ゴトン、と重そうなものが落ちてくる音が上から聞こえた。
フーゴがその音を確かめようと顔を上げると、通路を覆うほどの大きな丸石が転がってきているのが見えた。
「おあああああ!」
言葉にならない叫びを上げ、フーゴは猛然と走りだした。
上にあった通路は石を転がして落とすためのものだったのだ。
フーゴが猛然と走るその後ろ、上の通路から彼が駆け抜ける通路に巨大な丸石がドンッと落ちてきた。その重量感のある音の大きさで、振り返らずとも危機が迫っていることが知れる。フーゴの耳に届く石の転がる音がどんどんと大きくなってくる。
フーゴは必死で足を動かした。
「ん?」
カシアが異変を感じて振り返る。そこには、鬼気迫る表情のフーゴが走ってきていた。そして、その背後には通路いっぱいぎりぎりの大きさの巨大な石が転がっている。
「うおおおおお!」
カシアは慌てて走った。




