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小癪な公爵令嬢は、ポケットの中に小さくて大きな秘密を隠している  作者: 有理守
第一章 横暴王子と生意気令嬢と小っちゃな隠し球
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その八 寝物語に

「あ~あ、さっぱりしたわ! 『三色カビの灰色チーズ』の臭いも、きつい香水の香りも、すっかり落ちました! 入浴って、やっぱりいいものですね。次は、ライナルト様の番ですよ!」


 部屋着に着替えて浴室から出たわたしは、チェルシーが用意してくれた薬草茶をカップに注ぎ、ライナルト王子のために薬湯入りの湯船を用意した。

 湯加減を確かめ、勇んで服を脱ぎ始めたライナルト王子をわたしは止めた。


「お待ちください、ライナルト様! あの、一応、わたしもレディですので、衝立ついたてを置かせていただきます」

「衝立? 必要か? 上からのぞけば、丸見えであろう?」

「覗きませんてば!!」


 寝室の小さな本棚から、表紙がしっかりした画集を一冊取り出した。

 ポットや別の本などで支えながら、画集を開いてテーブルの上に立てた。

 わたしは、拭き布として使う新しい手巾や古い着せ替え人形の夜着(女の子用)なども、画集の陰に押し込んだ。「ありがとう」と小さな声が聞こえた。


 ライナルト王子は、今の暮らしが長く続くことを覚悟して、僅かに残された魔力を使い、特殊な魔法で体の浄化をすることにしたようだ。

 つまり――、日に何度も「薔薇の花を摘みに行く」必要はないってこと――。

 でも、入浴には、体を綺麗にすることとは別の楽しみがあるから、してみたいのだと言っていた――。


「そなたが申すとおり、入浴というのは心地良いものだな。手足を伸ばすには狭い湯船だったが、薬草の香りで寛ぐことができた。感謝するぞ、ジェルヴェーズ」


 夜着姿で衝立の陰から現われたライナルト王子は、濡れて少し暗みを帯びた金髪とうっすら上気した顔が、どきっとするほど美しかった。

 レースをあしらった人形用の白い夜着が、不思議なくらい似合っていた。

 わたしは、あわてて王子から目を逸らし、画集やティーセットを片付けた。


 紙箱の中に手巾を重ねた、ライナルト王子の仮住まいをテーブルへ運ぶと、王子は、先ほど使ったミニチュア食器を、手巾の端で拭いていた。

 「へっ?」と声を上げてしまったわたしに、王子は苦笑いを浮かべながら言った。


「湯船につかる前に、洗っておいたのだ。残り湯で洗ったわけではないぞ!」

「いえ、そういうことじゃなくて……」


 王子なのですよ! 王子様なの、小っちゃいけど!

 お皿やフォークを、自分で洗って拭いたりする? 

 本当に王子様ですよね? ライナルト・マヌエル・ビンツス様なのですよね?


「これで良い! また、明日もそなたの食事を、この皿に取り分けてくれ。ここの屋敷の食事は、何もかも美味だ。食材も料理人も超一流ということなのだろうな? さすがは、ダンドロ公爵家だ!」


 ライナルト王子は、丁寧に拭いた食器類を一まとめにして、わたしの目の前に運んできた。どれもこれもぴかぴかだわ……。


「あの……、ライナルト様、あ、ありがとうございます、きれいにしてくださって――。それと、我が家の料理人をお褒めいただき、たいへん嬉しく思います。

ですが、ライナルト様は、立太子の儀もすまされた、エーベル王国の後継者なのですよね? ちんまりした島国でも、王太子は王太子! そんな方が、食器を洗ったり拭いたりなさるものなのですか?」

「汚した物は、普通洗うであろう? 洗ったら拭くよな?」

「それはそうですけどね……」

「この先のことを考えれば、自分ができることは、じぶんでしたほうが良い。魔力の無駄遣いもできないし、このような体では、そなたのような奇特な人物の情けに縋らねば、生きてはいけないであろう? 余計な世話をかけたくはないのだ」

「ライナルト様……」


 ライナルト王子は、呪いをかけられているのだ。

 呪いが解けなければ、ずっと、この小さな体のままでいなければならない。

 もちろん、わたしは、王子の呪いが解けるまで、王子をかくまい手助けするつもりでいるけれど――。それは、いったいいつのことになるのだろう……。


 エーベル王国では、王子がいなくなったことに気づいた人はいないのだろうか?

 王子が呪いで小さくされてしまったことや、わたしのポケットに飛ばされてきたことを、知っている人はいるのだろうか?

 そもそも、誰が、何のために、ライナルト王子にこんな呪いをかけたのだろう?


 このままじっとしていてはだめだ! 何か良くないことが起こりそうな気がする!

 王子の呪いのことをきちんと知って、できるだけ早く呪いを解くことを考えなくては!

 そのためには――。

 

「ライナルト様、今日はお力を貸してくださり、ありがとうございました。ウォルト様は、これからも、しつこくわたしに婚約を迫ってくると思いますが、断固として阻んでやりますわ! そして、我が公爵家とわたしに身命を賭して尽くしてくださる、立派な殿方を婿にとり、歴史に名を残す大女公爵になってみせます!」

「わ、わかった……、その志、見上げたものだ! そなたの元気の良い侍女も、その言葉を聞けば安心することだろう。わ、わたしにできることは、何でも手伝おう……。この体でできることならば……だが」

「その言葉、信じていいですね?」


 紙箱の中に入り、たたんだ手巾に腰を下ろしたライナルト王子は、わたしを見上げながら、うんうんとうなずいた。

 わたしは、にっこり笑って紙箱を持ち上げ、慎重に枕元へ運んだ。


「お、おい! ジェルヴェーズ! わたしを寝台へ運んで、何をするつもりなのだ?」

「何って? 決まっているじゃありませんか。王子からお話を聞かせていただくのです」

「わたしの話?」

「はい。今日の御礼と言っては何ですが、わたしに『呪い』のことを、詳しく教えていただけませんか? わたしを信じて打ち明けていただけるのなら、わたしは持てる力を全てつかい、必ず呪いを解いてライナルト様がお国へ帰れるようにいたしますわ!」


 寝台に腰掛け、紙箱をのぞき込むわたしを、ライナルト王子は、青い瞳をきらりと輝かせて見返してきた。


「そうだな……。わたしが頼れるのは、そなただけだ。そして、おそらくそなたであれば、心強い味方となってくれるだろう。

なにしろ、将来は、大王国王妃か希代の大女公爵になるのだかならな、フフフ……。

わかった……。わたしを襲った悲劇について、包み隠さずそなたに話そう。ビンツス王家の秘密に関わることではあるが、そなたなら、それを悪用することもあるまい。

長い話になると思う。寝台に横になり、楽な格好で聞いてくれ――」


 わたしは、ライナルト王子に言われるままに、寝台に腹ばいになり、王子が語る不思議な魔法と呪いの話に耳を傾けることになった――。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

第一章は、これにて完結です。来週からは、第二章をスタートします。

ライナルトが、ジェルヴェーズのポケットへ飛ばされるまでのお話です。

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