その一 灰色の王子
閲覧ありがとうございます!
今日から「第二章」をスタートします!
舞台はエーベル王国。ライナルトと魔法に関するお話です。
わたしの話は、今から十五年以上も前のあの日から始まる。
まだ四歳になって間もない頃だったし、記憶はおぼろげなところも多い。
適当に作って話している部分もあるが、おおむね真実だと思って聞いて欲しい。
◇ ◇ ◇
わたしは、穏やかな春の日差しを浴びながら、庭園の青々とした芝草の上に寝転がっていた。
王宮内を自由に闊歩する、クリスタと呼ばれる銀白色の猫とじゃれながら――。
「ライナルト様、陛下がお呼びでございます」
音もなく現われた侍従長が、わたしの顔を見下ろしながら言った。
クリスタは、侍従長が嫌いなのか、わたしの腕から抜け出し花壇の奥へと消えた。
わたしは、何かお叱りを受けるような悪戯をしてしまったかなと、少しびくびくしながら起き上がり、侍従長と一緒に父上の居間を訪ねた。
そして、そこで、思ってもいなかった言葉を父上から聞くことになった。
「ライナルト、新しいお母様になる方だよ。あいさつをしなさい」
わたしを産んだ母は、わたしが一歳の誕生日を迎える前に亡くなっていた。
出産後、どういうわけか、すっかり魔力が弱まってしまった母は、体力までも失い、流行病をこじらせたのち短い生涯を終えたそうだ。
母と過ごした時間は極めて短かったし、あまりにも幼かったので、わたしには産みの母の記憶はほとんどなかった。
目の前に立つ女性が、わたしにとって「初めての母上」と言ってもよかった。
「母上」は、侍女や女官たちとは、明らかに異なる女性だった。
光の具合によって、黒色にも緑色にも見える、不思議な色味の髪の毛。
にっこりと微笑んではいるが、奥底に暗い淀みを感じさせる紫色の瞳。
(この人も……、「遣い手」だ……)
自分が「遣い手」であったわたしには、はっきりとわかった。
新たに母上となる女性は、魔法の「遣い手」だったのだ。
それは、魔法王国とも呼ばれるエーベル王国の王家では、よくあることだ。
アンジェラ様のように、「遣い手」ではない女性が、外国から王家に嫁いでくることの方が珍しいくらいだ。
ビンツス家は、次々と強力な魔力をもつ者を輩出することで、エーベル王国の統治者という立場を確固たるものとし、数百年にわたり王国に君臨してきたのだ。
王家は、強い魔力を有する女性――「遣い手」を、身分にかかわらず王妃として迎え、魔力に恵まれた後継者を得る必要があった。
わたしを産んだ母も、「遣い手」だった。
母は、王国の気候を魔法で整え、王国の産業の安定に寄与したそうだ。
母が亡くなっても、その魔法の影響は国土に残っていて、エーベル王国を干魃や水害から守っていると言われていた。
酪農や漁業、そして、船をつかった運輸業などが主産業の小さな島国が、他国の支配も受けずに独立を維持してこられたのは、魔法によるところが大きい。
エーベル王国には、王家直属の魔法省という組織もあり、魔力や魔法の管理運用と研究に日々努めている。
わたしが口を開く前に、新しい母上のほうから挨拶をしてきた。
「よろしくお願いします、ライナルト様」
「よろしく、お願いします……、お母様……」
「まあ、もう、わたくしを『お母様』と呼んでくださいますの? 嬉しいこと!」
「よい子だな、ライナルト! わたしも嬉しいぞ!」
父上と新しい母上が、顔を見合わせ微笑むのを見て、わたしも嬉しかった。
それから半月ほどのち、王家に相応しい規模で婚礼の儀式が執り行われ、エドラ王妃が王宮に迎え入れられた。
エドラ王妃が、侍従長の娘であったことをわたしが知るのは、しばらく後のことだ。
* * *
「ライナルト様! 王子様がお生まれになりましたよ! 弟君ですよ!」
五歳になったわたしに、弟の誕生を知らせに来たのは、近侍のヴェンデルだった。
ヴェンデルは、わたしが五歳になったときに、生まれてからずっと、わたしについていた侍女に代わり、わたしの世話係を命じられた気のいい近侍だった。
その頃には、わたしを産んだ母のことを知る者は、いつの間にか、一人残らずわたしのそばから消えていた。
その日もわたしは、庭の芝草の上でクリスタと遊んでいた。
クリスタは、ヴェンデルに「ミャーオ!」と挨拶すると、二度ばかり振り向きながら、植え込みの奥へ入っていった。
どうやら、ヴェンデルのことは、侍従長のようには嫌っていないようだった。
ヴェンデルと一緒に母上の居室を訪ね、わたしは生まれたばかりの弟と対面した。
真っ赤でしわくちゃな、その小さな生き物は、父やわたしによく似た髪の色をしていた。
可愛いとか愛おしいとかは思えなかったが、不思議な温かい感情が、わたしの胸に湧き上がってきた。
そして、またしても、はっきりとわかってしまったのだ。
(弟も……遣い手だ……。それも、とても強い……)
もう少し弟をよく見ようと、母上と弟――エグモントと名付けられていた――が横たわる寝台に、わたしが近づいたときだった。
「近づいてはいけません、ライナルト!! エグモントから離れるのです!!」
母上が、必死で体を起こし、わたしを追い払うような仕草をしながら叫んだ。
そして、その場で固まったようになったわたしに、さらに厳しい言葉を浴びせてきた。
「この子は、白い魔法の遣い手です! 灰色のそなたが、近づいてはなりません!
灰色は、白をたやすく灰色に変えてしまう……。そんなことはさせません! 白い魔法こそ王者の魔法なのです! わたくしは、エーベル王国の未来のために、エグモントの白い魔法を守らなければなりません!」
灰色の魔法?
わたしが、灰色の魔法の遣い手であると、母上は言った……。
誰からも、そんなことを言われたことはなかった……。
そのときのわたしは、まだ知らなかったが、エーベル王国では魔法をこう括る。
白色は、優しき魔法。国を富ませ、平和を築き、人々を明るい未来へ導く。
黒色は、厳しき魔法。国を苦難から救い、敵を退け、人々に勇気を与える
そして、灰色は、妖しき魔法――。
白を飲み込み、黒を蹴散らし、人々の胸に不安や驚愕をもたらす――。
王位を継ぐはずのわたしは灰色で、弟のエグモントこそ、王に相応しい白い魔法の遣い手だと母上は言い放ったのだ……。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
第二章は、少しシリアスな展開です。よろしくお願いいたします。
(たま~に、ジェルヴェーズも登場する予定です)




