第3話 三十年分のカルテ
第3話 三十年分のカルテ
土曜日の朝、秀夫は押し入れの奥から三つの段ボール箱を取り出した。麗子は友人と箱根へ一泊旅行に出かけており、台所には食べかけのヨーグルトと、萎びた菜の花のおひたしが残されていた。秀夫はインスタントの味噌汁へ冷や飯を入れて食べ、麦茶で胃薬を飲んでから、箱の中身をもう一度確かめた。
一つ目の箱には、三十年分の日記と録音データの一覧が入っている。二つ目には通帳、給与明細、住宅ローンと学費の支払記録を収め、三つ目には胃潰瘍や不眠で通院した診療記録と、麗子の匿名投稿を印刷した紙を入れた。どの書類にも付箋が貼られ、年月日と内容が秀夫の小さな字で書かれていた。
結婚十年目の日記には、結衣が幼稚園で作った押し花が挟まっていた。色の抜けたパンジーの花びらが、麗子から「その程度の給料で疲れた顔をするな」と言われた日の記録に重なっている。秀夫は花びらを落とさないよう日記を閉じ、箱の蓋を布製の粘着テープで留めた。
「三十年もためると、引っ越しより重いな」誰もいない居間で口にすると、冷蔵庫の製氷機が音を立てた。秀夫は箱を一つずつ玄関へ運び、腰を伸ばしながら壁の家族写真を見上げた。そこには七五三の着物を着た結衣と、前歯の抜けた翔太が並び、二人の後ろで麗子だけが秀夫の腕から離れて立っていた。
相沢法律事務所は、駅前の古い雑居ビルの六階にあった。道沿いの花壇には黄色い水仙が咲き、風が吹くたび、花の頭が同じ方向へ揺れた。秀夫は台車を借りて箱を運び、受付の前で紺色のジャケットについた段ボールの粉を払った。
「大城様、お待ちしておりました。相沢から、ずいぶん重い物をお持ちになるとうかがっています」受付の女性は台車を押すのを手伝い、会議室へ案内した。机には温かい緑茶が二つ用意され、白い小皿には桜の形をした砂糖菓子が載っていた。
「これ、全部か?」灰色のスーツを着た相沢は、三つの箱を見比べて眼鏡を押し上げた。学生時代より額は広くなっていたが、考え込むと左の眉だけを上げる癖は変わっていなかった。
「家には、まだ原本がある。こっちは複製だ」秀夫が言うと、相沢は箱へ伸ばしていた手を止めた。秀夫は念のため、自宅外の貸金庫にも重要な記録を保管していると説明した。
「昔から用心深い男だったが、ここまでとはな。大学の旅行でも、お前だけ替えの靴下を三足持ってきていた」相沢は一冊目の日記を開き、挟まっていた付箋の日付を確認した。秀夫は緑茶を一口飲んだが、舌へ触れた湯が思ったより熱く、すぐに湯飲みを置いた。
「お前は財布を海へ落としただろう。帰りの電車代を貸したのは俺だ」秀夫が答えると、相沢は眼鏡の奥で目を細めた。二人は一度だけ声を立てて笑ったが、机に積まれた日記へ視線が戻ると、会議室から笑い声は消えた。
相沢は資料を種類別に分け始めた。秀夫の日記、録音の反訳、医療機関の診療記録、麗子から届いたメッセージ、家計に関する資料を、机の上へ順番に並べる。紙をめくる乾いた音に混じり、壁掛け時計の秒針が規則正しく動いていた。
「平成十九年九月十二日。『安月給のくせに熱を出すな。会社へ行け』。この日は三十八度九分あったのか」相沢は日記と診療明細を見比べた。秀夫がうなずくと、相沢は録音一覧から同じ日付を探したが、その頃はまだ録音を始めていなかった。
「結衣が肺炎で入院した直後だった。麗子も疲れていたんだ。俺が仕事を休めば、家のことまで増えると思ったのかもしれない」秀夫は言いながら、日記の端についた茶色い染みを親指でなぞった。その染みは、病院の待合室で飲んだ缶コーヒーをこぼした跡だった。
「秀夫、相手に事情があったことと、お前が傷つかなかったことは別だ」相沢は日記へ透明の付箋を貼った。秀夫は反論せず、桜の砂糖菓子を一つ口へ入れたが、甘さが強すぎて奥歯に残った。
次に相沢は録音を確認した。小型のスピーカーから、麗子の声が流れる。秀夫の母親の葬儀から帰宅した夜に録音されたものだった。
『貧乏人の葬式なんかに十万円も包む必要があった? 死んだ人間には分からないでしょう』
『俺の母親だ。これまで世話になった分もある』
『あなたの家族は、死んでまでうちの金を持っていくのね。あなたも同じ葬儀場で安く焼いてもらえば?』
録音が止まっても、秀夫はスピーカーを見たまま動かなかった。当時の居間に置かれていた石油ストーブの臭いと、葬儀場でもらった百合の花粉が黒い礼服についたことまで思い出した。相沢は何も言わず、録音の日時と保存形式を用紙へ書き込んだ。
「これは前後も残っているか」相沢が尋ねると、秀夫は最初から最後まで編集せず保存してあると答えた。相沢は音声の原本を保持し、複製を使って反訳書を作ること、録音日時や機器も記録しておくことを説明した。
「日記だけで全部が事実だと証明できるわけじゃない。匿名サイトの投稿も、それだけなら麗子さんが書いたと断定するのは難しい」相沢は、使える資料と補助的な資料を別の束へ分けた。秀夫は三十年を否定されたような気がして、膝の上で両手を強く組んだ。
「じゃあ、これは役に立たないのか」秀夫が尋ねると、相沢は首を横へ振った。否定したのではなく、証拠にはそれぞれ役割があるのだと説明した。
「日記の内容と診療記録の日付が一致している。録音には、日記と同じ言葉が残っている。匿名投稿には、夫婦しか知らない出来事や、麗子さんが普段使う言い回しがある。一つで足りなくても、複数を組み合わせれば、長く続いた行為を示す材料になる」
相沢は、麗子から秀夫へ送られたメッセージを一枚抜き出した。《早く死んで保険金だけ残して》という文章が、匿名サイトの投稿と同じ表現になっている。別の日には、《家族の役に立てないなら、せめて葬式代くらい自分で稼いで》とも書かれていた。
「これは冗談だと言われるだろうな」秀夫が言うと、相沢はペンの先で日付を示した。同じ冗談が何年も繰り返され、その結果として胃潰瘍や不眠の治療を受けていることに意味があるという。
「医者には、仕事のストレスだと言った。妻から毎晩死ねと言われるなんて、待合室で口にできなかった」秀夫はジャケットの袖口についた糸くずを摘み、何度も指先で丸めた。診察室では、妻と仲が悪いと知られることのほうが、胃の痛みより耐えにくかった。
「診療記録に家庭の事情が書かれていなくても、通院した事実は残っている。これからは医師にも正しく話せ」相沢は声を強めずに言った。秀夫は返事をする代わりに、冷めた緑茶を最後まで飲んだ。
昼を過ぎると、受付の女性が弁当を二つ運んできた。相沢の弁当は焼き鮭で、秀夫の弁当には鰆の西京焼きと、蕗の煮物が入っていた。相沢は会議室へ魚の匂いを広げながら、学生時代と違って、もう揚げ物を二つ続けて食べられないとぼやいた。
「俺は今朝、冷や飯に味噌汁をかけた」秀夫が蕗を噛むと、ほろ苦い春の味が口へ広がった。相沢は箸を止め、それは自分で選んだ朝食なのかと尋ねた。
「残り物を片づけただけだ。麗子は、俺が残り物を食べれば機嫌がいい」秀夫が答えると、相沢は焼き鮭の皮を丁寧に外した。秀夫が自分で選んでいると思っていた生活の中にも、妻を怒らせないための行動が染み込んでいるのだと指摘した。
「別居したら、朝飯くらい好きな物を食え。毎日ごちそうを食えと言っているんじゃない。納豆が嫌なら、嫌だと言っていいという話だ」相沢は鮭の皮を食べるか迷った末、結局口へ入れた。秀夫は、自分が納豆を好きなのか嫌いなのか、すぐには答えられなかった。
食後、二人は財産に関する資料を確認した。自宅マンション、預貯金、保険、住宅ローン、将来の退職金、年金分割について、一つずつ整理する。麗子が専業主婦だからといって、婚姻中に築いた財産への貢献がなくなるわけではないと、相沢は念を押した。
「勝てるか」秀夫は机の上に並ぶ三十年分の紙を見ながら尋ねた。相沢はペンを置き、残っていた弁当の梅干しを小さくかじった。
「裁判は勝ち負ちだけでは決まらない。何年かかるか、いくら残るか、その間の生活をどこまで守れるかだ。慰謝料が認められても、お前が失った三十年を金に換えて、そっくり返してくれるわけじゃない」
秀夫は自宅を売却し、財産を公平に分けたいと伝えた。麗子を無一文にしたいのではなく、自分が安心して眠れる部屋を確保したい。それでも、三十年間受けた扱いを、どこの夫婦にもある口げんかとして終わらせることだけは受け入れられなかった。
「麗子が家事や育児を担ったことまで、なかったことにはしない。翔太が喘息を起こした夜、病院へ連れていったのは麗子だ。結衣の弁当を六年間作ったのも、俺じゃない」
秀夫は一度言葉を切り、箱の一番上に置かれた紺色の日記を見た。表紙の角は擦れ、麗子に投げられた湯飲みから飛んだ茶の跡が残っていた。
「財産分与も年金分割も、法律に従う。ただ、俺への侮辱まで、家事をした代金だったとは言わせない。死ねと言われて黙ることが、夫の役目だったとも言わせたくない」
相沢はしばらく秀夫の顔を見てから、資料の束をそろえた。窓の外では春の日が傾き、水仙の黄色い花へビルの影がかかり始めている。相沢は一枚の委任契約書を秀夫の前へ置いた。
「それなら、復讐ではなく精算ができる。まずは新しい住まいと、持ち出す物の一覧を作ろう。家を出る日は、俺にも知らせろ」
「分かった。今度は一人で決めない」秀夫は相沢から借りた黒いペンを取り、契約書へ自分の名前を書いた。三十年間、暴言を記録するときだけ動かしてきた右手が、その日は初めて、自分の生活を変えるための文字を書いた。




