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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第7話 初めての魔物

王都へ来て、三日目。


玲は冒険者ギルドで受けられる依頼を眺めながら、腕を組んでいた。


「……薬草採取は、まだ駄目かぁ」


受付嬢からは、しばらく王都の外へ出ないようにと言われている。


理由は、ここ数日続いている魔物の異常発生。


間王都の外れでも、普段なら見かけない魔物が確認されているらしい。


「困ったなぁ……」


お金は必要だ。


宿代も食事代も、いつまでも持っているお金だけでどうにかなるわけではない。


「何か、街の中でできる依頼は……」


玲が掲示板を眺めていると、雷電が足元で鼻を鳴らした。


「ワン」


「雷電、どうした?」


雷電はギルドの外を見ている。


アビーも玲の腕の中で、同じ方向を見た。


『玲』


「ん?」


『外から、変な気配がするわ』


「変な気配?」


『ええ。魔物……かもしれない』


玲は眉を寄せた。


「でも、ここ王都だよ?」


『だからおかしいのよ』


アビーの声が低くなる。


玲は少し考えた。


「……ちょっとだけ見てくる?」


『駄目』


即答だった。


「ですよね」


『昨日、あれだけ言われたでしょう』


「……レオンハルトさんに?」


『そう。危険な場所へ行くなって』


「分かってます」


玲は渋々、掲示板へ視線を戻した。


ところが。


「……?」


雷電が突然、ギルドの出口へ向かって歩き出した。


「雷電?」


雷電は止まらない。


「ちょっと、待って!」


玲が慌てて追いかける。


外へ出た瞬間――


遠くから、何かが聞こえた。


「……悲鳴?」


玲の表情が変わった。


「今の、悲鳴だよね?」


『ええ』


「行ってみよう」


『玲!』


「分かってる。危ないって言いたいんでしょ」


玲は足を止めた。


「でも、人がいるなら放っておけないよ」


アビーは黙った。


雷電が玲の隣に並ぶ。


「……行こう」


玲たちは声のした方向へ走った。


王都の外れ。


街道から少し外れた場所。


そこに――


数人の騎士がいた。


「ぐっ……!」


一人の騎士が地面に膝をつく。


その前には、巨大な魔物。


狼に似ている。


けれど、明らかに普通の狼ではない。


身体は二回り以上大きく、黒い毛並みの隙間から赤黒い光が漏れている。


「何、あれ……」


玲が立ち止まる。


『魔物よ』


アビーが答えた。


『しかも……普通じゃない』


魔物が唸る。


騎士たちは剣を構えているが、何人も傷を負っていた。


「隊長!」


「構うな! 下がれ!」


「しかし!」


「早くしろ!」


魔物が再び飛びかかる。


「危ない!」


玲は思わず叫んだ。


その瞬間――


雷電が走った。


「雷電!」


雷電は騎士と魔物の間へ飛び込む。


「ワンッ!!」


「なっ……!」


魔物が雷電へ向きを変える。


「雷電、避けて!」


魔物の爪が振り下ろされた。


しかし――


雷電は横へ飛び退いた。


爪が地面をえぐる。


「雷電!」


玲の心臓が跳ねる。


「……よかった」


雷電は何事もなかったように振り返った。


「ワン」


「……もう! 心臓止まるかと思った!」


その隙に騎士たちが魔物へ攻撃を仕掛ける。


一撃。


二撃。


そして――


魔物が大きくよろめいた。


「今だ!」


騎士の剣が魔物を捉える。


魔物が唸り声を上げ、その巨体が崩れ落ちた。


「……倒した?」


玲は恐る恐る近づいた。


「全員、大丈夫ですか?」


騎士たちは玲を見る。


「……誰だ?」


「私は――」


玲は冒険者証を見せた。


「冒険者です。Fランクですけど」


「Fランク……?」


騎士が目を丸くする。


「何故こんなところに?」


「悲鳴が聞こえたので……」


「馬鹿!」


突然、別の騎士が怒鳴った。


「ここは危険だ! すぐに離れろ!」


「でも、怪我してますよね?」


「それは我々の問題だ!」


「そうですか」


玲は騎士たちを見る。


鎧には血がついている。


腕を押さえている者。


足を引きずっている者。


肩から血を流している者。


「……いや、無理でしょ」


「何?」


「そんな状態で『自分たちの問題』って言われても」


玲はしゃがみ込んだ。


「ちょっと見せてください」


「おい!」


「大丈夫ですから」


「何をするつもりだ!」


「手当てです」


「治癒魔法が使えるのか?」


「……治癒魔法?」


玲は首を傾げた。


「知りません」


「は?」


「でも、傷は放っておいたら駄目でしょう?」


「とりあえず、止血しないと…」


玲はハンカチを持って騎士の腕に手を伸ばした。


そして――


触れた。


その瞬間。


淡い光が、玲の手のひらから溢れた。


「…………え?」


玲自身が、一番驚いていた。


光は騎士の腕を包み込む。


血が止まる。


裂けていた傷が、ゆっくりと塞がっていく。


「……な」


騎士が言葉を失う。


玲も動けない。


「…………」


「…………」


雷電まで固まっている。


「ワン……?」


「……私?」


玲は自分の手を見る。


「今、私がやったの?」


『玲』


アビーの声が、いつになく低かった。


「アビー……」


『手を離さないで』


「え?」


『そのまま』


玲は言われた通り、騎士の腕に手を当てた。


やがて。


傷は完全に消えた。


「…………」


騎士が自分の腕を見る。


「傷が……」


「嘘……」


玲は目を見開いた。


「治ってる……」


「お前……」


騎士が玲を見る。


「今のは、治癒魔法なのか?」


「分かりません!」


玲は即答した。


「私、こんなの使ったことないです!」


『玲』


「分かってる!」


『まだ何も言ってないわ』


「……あ」


玲は口を閉じた。


アビーが呆れたように玲を見る。


『まだ、あなた自身が何者なのか分かっていないでしょう』


「……うん」


玲は自分の手を見る。


「私……何なの?」


その時だった。


「――その答えを、俺も知りたいところだな」


低い声が響いた。


玲の身体が固まる。


「…………」


聞き覚えがある。


この声。


ゆっくり振り返る。


そこに立っていたのは――


「レオンハルトさん……」


辺境騎士団長、レオンハルト。


数人の騎士を引き連れ、こちらへ歩いてくるところだった。


「何でここに……?」


「こちらが聞きたい」


レオンハルトは玲を見る。


そして――


玲の手。


その手に触れられていた騎士。


そして、完全に消えた傷。


すべてを静かに確認していく。


「今のは、お前が?」


「……たぶん」


「たぶん?」


「私も初めてだったんです!」


玲は慌てて説明した。


「この人が怪我してたから、治さなきゃって思ったら……」


「光が出た?」


「はい」


「それで傷が治った?」


「……はい」


レオンハルトが黙る。


玲は居心地が悪くなってきた。


「……何ですか?」


「いや」


レオンハルトの目が細くなる。


「昨日会った時とは、随分違う顔をしていると思ってな」


「昨日?」


「魔物の話をしただろう」


「ああ……」


玲は思い出した。


この人。


昨日もそうだった。


鋭い目。


落ち着いた声。


そして――


(……やっぱり、誰かに似てる)


玲はまた思った。


こんな状況なのに。


目の前に魔物がいたことより。


自分が人の傷を治したことより。


そっちが気になってしまう。


「……何だ?」


「え?」


「また俺を見ている」


「見てません!」


「見ているだろう」


「……」


「何か言いたそうな顔をしている」


「いや……」


玲は困った。


「……どこかで会ったことないですか?」


レオンハルトの眉が僅かに動く。


「昨日会ったばかりだ」


「そうじゃなくて!」


玲は必死に首を振る。


「前の世界で……なんか……」


「前の世界?」


「あ」


玲は口を閉じた。


レオンハルトの目が鋭くなる。


「……お前」


「何でもないです!」


玲は慌てて誤魔化した。


その時。


アビーが玲の肩で小さく息を吐いた。


『玲……余計なことを言わない方がいいわ』


「分かってる」


『ならいいけど』


「……」


レオンハルトの視線がアビーへ向く。


「そのチワワ……」


『何よ』


「……喋ったか?」


「…………」


玲とアビーが同時に固まった。


「……気のせいだ」


レオンハルトはそれ以上追及しなかった。


ただ。


その目は明らかに、玲たちを警戒している。


そして。


レオンハルトは倒れている魔物へ近づいた。


「……やはりか」


「何か分かるんですか?」


玲が尋ねる。


レオンハルトは魔物の死骸を見つめたまま答えた。


「この辺りにいるはずのない魔物だ」


「昨日言ってたやつ?」


「ああ」


「どうして王都の近くに?」


「それが分からない」


レオンハルトは立ち上がる。


「だが、これで確信した」


「何を?」


レオンハルトは玲を見る。


「辺境だけの問題ではない」


玲の表情が曇った。


「……王都まで?」


「ああ」


その時。


遠くから別の騎士が走ってきた。


「団長!」


「どうした?」


「別隊から報告です!」


騎士が息を切らしながら叫ぶ。


「さらに魔物が出ました!」


レオンハルトの顔が険しくなる。


「場所は?」


「王都の東側です!」


「……」


レオンハルトは一瞬、目を閉じた。


そして――


「全員、王都へ戻る」


「はい!」


騎士たちが動き始める。


玲も立ち上がった。


「私たちも戻った方がいいよね」


『ええ』


雷電が玲の足元に戻る。


「ワン」


玲が歩き出そうとした、その時。


「玲」


レオンハルトに呼び止められた。


「はい?」


「お前は――」


レオンハルトが玲を見る。


「一体、何者だ?」


「…………」


玲は答えられなかった。


自分だって知りたい。


どうして自分がここにいるのか。


なぜ召喚されたのか。


そして――


どうして、傷を治すことができたのか。


玲は自分の手を見る。


「……私にも、分かりません」


それだけ答えた。


レオンハルトはしばらく玲を見つめていた。


やがて。


「そうか」


短く答える。


「なら、今はそれでいい」


「え?」


「だが――」


レオンハルトは玲へ一歩近づいた。


「その力を、誰にでも見せるな」


玲の表情が変わる。


「……どうして?」


「お前自身が、その力の意味を知らないからだ」


「……」


「知らないものを利用しようとする人間は、どこにでもいる」


玲は息を呑んだ。


その言葉が。


なぜか、胸に刺さった。


王城で感じた恐怖が、一瞬だけ蘇る。


「……分かりました」


玲は小さく頷いた。


レオンハルトはそれ以上何も言わなかった。


ただ、玲と雷電、そしてアビーを見つめる。


その目には――


昨日までにはなかった、明らかな警戒と興味が宿っていた。


そして玲はまだ知らない。


今、目の前にいる男が。


自分の人生を大きく変える存在になることを。


そして――


王城が探している「名前しか分からない女」と。


目の前のFランク冒険者・玲が。


同一人物だということを、レオンハルトが知る日が来ることを。

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