第77話 完成したトリートメント
翌朝。
玲は、いつもより早く研究室に入っていた。
机の上には、昨日まで使っていた試作品が並んでいる。
その中で、ひねれれら
とつだけ。
玲が何度も手に取っている容器があった。
「……これ」
昨日、最後に作った試作品。
手触り。
伸び。
髪へのなじみ。
仕上がり。
何度確認しても、今までのものとは違っていた。
けれど――。
「もう一回だけ」
玲は慎重に試作品を手に取った。
自分の髪に少量をなじませる。
そして、しばらく待つ。
洗い流した後、タオルで水分を取る。
鏡の前で髪を梳いてみた。
「……」
指が、するりと髪の間を通る。
毛先まで引っかからない。
重たくない。
それなのに、しっとりとまとまっている。
玲は何度も髪を触った。
「……うん」
自然と笑みがこぼれる。
「これだ」
***
玲はすぐに研究室へ戻った。
「アビー」
『なに?』
「ちょっと見てて」
玲は最後の確認を始めた。
配合表を確認する。
材料の量。
混ぜる順番。
温度。
香り。
すべてを書き留めていく。
「……よし」
玲はペンを置いた。
「これなら、同じものを作れる」
今までの試作品は、良くても再現性に不安があった。
けれど、今回の配合なら安定して作れる。
つまり――。
「完成」
玲が呟いた。
その瞬間。
『完成したの?』
アビーが顔を上げた。
「うん」
玲は嬉しそうに笑った。
「トリートメント、完成!」
『やった!』
アビーが尻尾を振る。
その声に雷電も反応した。
「ワン!」
『雷電も喜んでる』
「ありがとう、雷電」
玲は二匹の頭を撫でた。
「二人にも完成を報告しないとね」
***
その日の午後。
研究室には、エミリア、セドリック、マリアが集まっていた。
「これが……」
エミリアが目の前の容器を見る。
「はい」
玲は頷いた。
「トリートメント」
三人は顔を見合わせた。
「完成したんですか?」
マリアが驚いたように尋ねる。
「うん。ようやくね」
玲は試作品を三人に見せた。
「シャンプーで髪を洗った後に使うの」
「では、実際に試してみても?」
エミリアが尋ねる。
「もちろん」
エミリアが少量を手に取る。
「……わぁ」
指先で伸ばす。
「すごく滑らかですね」
「髪になじませてみて」
「はい」
エミリアは実際に髪へなじませる。
しばらくして洗い流す。
そして、髪を乾かす。
「……すごい」
エミリアが髪を触った。
「いつもより、指がすっと通ります」
「本当?」
玲の顔が輝く。
「はい!」
エミリアは何度も髪を触る。
「しかも、重たくないです」
「それを目指したの」
玲は嬉しそうに頷いた。
「シャンプーで洗って、トリートメントで整える」
「これがセットになったら……」
セドリックが呟いた。
「かなり売れそうですね」
「セドリック、もう売上のこと考えてるの?」
「帳簿担当ですから」
セドリックは真面目な顔で答えた。
その言葉に、玲たちは笑った。
「マリアはどう?」
「私は……」
マリアは容器を見つめる。
「材料の確保が大変そうだなと思っています」
「やっぱり?」
「はい」
マリアは苦笑した。
「シャンプーだけでも在庫管理が大変なのに、こちらまで増えたら……」
「ごめんね」
「いいえ」
マリアは笑った。
「売れる商品なら、頑張ります」
「ありがとう」
玲は三人を見渡した。
この人たちがいるから、商品を作って終わりではない。
作ったものを届けることができる。
それが、玲には嬉しかった。
***
「それで……」
エミリアが容器を見つめる。
「商品名は、もう決めているんですか?」
「あ」
玲が固まる。
「……まだ」
「玲様らしいです」
セドリックが苦笑した。
「商品を完成させることばかり考えていましたね」
「だって、商品名なんて最後でいいと思ってたんだもん」
玲は腕を組んで考え込む。
「シャンプーと一緒に使うものだから……」
「何か、パール化粧品らしい名前がいいですね」
エミリアが言う。
「そうだね」
玲は少し考えてから、笑った。
「じゃあ……『パールトリートメント』はどうかな?」
「分かりやすいですね」
セドリックが頷く。
「お客様にも覚えていただきやすいと思います」
「私もいいと思います」
マリアも頷いた。
「じゃあ決まり!」
玲が笑う。
「新商品――パールトリートメント」
その名前が決まった瞬間。
玲の中に、これまでのことが一気に蘇った。
召喚されたこと。
王城で過ごした日々。
命を狙われたこと。
雷電とアビーと一緒に逃げたこと。
辺境へ来たこと。
レオンと出会ったこと。
そして、ここでパール化粧品を始めたこと。
「……ここまで来たんだなぁ」
玲は小さく呟いた。
「玲様?」
「ううん」
玲は笑った。
「なんでもない」
***
その日の夕方。
研究室の机には、新しく作られた商品見本が並んでいた。
パール化粧品。
シャンプー。
そして――。
パールトリートメント。
「これで、販売準備を始められるね」
「はい!」
エミリアが元気よく答える。
「お客様に早く紹介したいです」
「私は生産数を考えます」
マリアが言う。
「セドリックは?」
「もちろん、売上予測を立てます」
「もう売る気満々じゃん」
玲が笑う。
「売れるといいですね」
セドリックが微笑んだ。
「きっと売れますよ」
三人がそれぞれの仕事へ戻っていく。
研究室に残った玲は、完成したトリートメントを見つめた。
「……よかった」
足元では雷電が伏せている。
アビーも玲を見上げた。
『玲、嬉しそう』
「うん」
玲は笑った。
「だって、やっと完成したんだもん」
そして玲は、完成した商品をそっと手に取った。
「明日から、みんなに届けよう」
辺境で生まれた、新しい商品。
パールトリートメント。
それが、また新しい風を辺境へ運んでいくことになる。
――そして翌日。
パール化粧品には、発売を待ちわびた人々が訪れることになるのだった。
―第77話 終―




