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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第75話 ここが私の居場所

ヴァレンシュタイン侯爵家。


ハンクは一通の手紙を手に、息子であるレオンハルトと向かい合っていた。


「レオン」


「はい、父上」


ハンクは机の上に手紙を置いた。


「王城から正式な知らせが届いた」


レオンハルトの表情が引き締まる。


「宰相の件ですか?」


「ああ」


ハンクは静かに頷いた。


「グスタフは、玲を毒殺しようとした罪により、正式に処刑された」


「……そうですか」


レオンハルトは短く答えた。


玲の命を奪おうとした男が、もう二度と玲の前に現れることはない。


それだけで十分だった。


「それと、もう一つある」


ハンクが続ける。


「国王陛下から、今後の王家の方針について話があった」


「今後の……?」


「ああ」


ハンクは椅子に腰を下ろした。


「陛下は、一ノ瀬玲が本物の聖女である可能性が高いと考えている」


レオンハルトの眉がわずかに動く。


「しかし、玲を王城へ戻すつもりはないそうだ」


「……」


レオンハルトの表情が少しだけ和らいだ。


「それなら、よかった」


「私もそう思う」


ハンクは頷いた。


「陛下は、聖女の力に頼らなくても国を豊かにしていくべきだと考えを改めた」


「……王家が?」


「そうだ」


ハンクは王との会話を思い出す。


「王族が政治を行い、貴族が領地を支え、騎士が民を守る。そうやって国そのものの力を強くしていく」


レオンハルトは黙って聞いていた。


「ヴァレンシュタイン侯爵家にも、そのために協力してほしいとのことだ」


「もちろんです」


レオンハルトは即答した。


「玲を王城へ戻さず、この辺境で安心して暮らせるのなら、俺たちもできることをします」


「そう言うと思っていた」


ハンクが小さく笑う。


「それから――」


「まだ何か?」


「陛下は、玲のことをかなり気にしているようだった」


「……玲を?」


「ああ。だが、もう王家が玲を縛ることはない」


ハンクは息子を見る。


「お前が守れ」


「はい」


レオンハルトは迷いなく答えた。


「必ず」


***


王都から辺境までは、決して近くない。


ハンクから報告を受けたレオンハルトが辺境へ戻るまでには、数日を要した。


その間も、辺境ではいつも通りの時間が流れていた。


玲は研究室で、トリートメントの試作を続けていた。


「うーん……」


机の上に並べられた試作品を見つめる。


「やっぱり、もう少し滑らかにしたいなぁ」


玲が考え込んでいると、足元から声がした。


『玲、また難しい顔をしてるね』


「アビー。難しい顔じゃないよ。真剣な顔」


『同じようなものじゃない?』


「……アビー」


玲が苦笑する。


その横では、雷電が静かに伏せている。


「雷電はどう思う?」


雷電は首を傾げた。


『雷電は分からないって』


アビーが通訳する。


「そっか」


玲は笑った。


「じゃあ、もう少し頑張ろうかな」


シャンプーの販売が始まってから、パール化粧品はこれまで以上に忙しくなっていた。


店ではエミリアが接客を担当し、セドリックは帳簿と売上の確認。


マリアは増え続ける注文に合わせて、在庫の管理に追われている。


「玲様、今日もシャンプーが売り切れそうです!」


「エミリア、追加分は?」


「明日には届く予定です」


「それならよかった」


「それと、お客様からまた質問がありまして」


「何?」


「シャンプーの後に使うものはないのか、と」


玲は少し考えた。


「トリートメントね」


「それです!」


エミリアが嬉しそうに頷く。


「お客様も、髪がもっと滑らかになればいいのにって」


「じゃあ、やっぱり作らないとね」


玲は試作品へ視線を戻した。


「シャンプーだけじゃなくて、その後まで綺麗にできるものを」


玲の研究は、まだ終わらない。


けれど――。


今の玲には、焦る理由などなかった。


ここには、自分を必要としてくれる人たちがいる。


一緒に暮らすレオンがいる。


そして、雷電とアビーがいる。


***


夕方。


研究を終えた玲が研究室を出ると、そこにはレオンが立っていた。


「レオン!」


玲の顔がぱっと明るくなる。


「ただいま、玲」


「お帰りなさい!」


レオンは玲の顔を見て、安心したように微笑んだ。


「数日ぶりだな」


「うん。長かった」


「父上から話は聞いた」


「侯爵様から?」


「ああ」


レオンは頷いた。


「グスタフのことも、これからの王家の方針も」


玲の表情が少しだけ曇る。


「……そっか」


「もう心配しなくていい」


レオンは優しく玲を見る。


「王家が玲を王城へ戻すことはない」


「……うん」


玲は小さく笑った。


「よかった」


その足元では雷電が尻尾を振っている。


アビーも嬉しそうに玲を見上げた。


『レオン、お帰りなさい』


「ただいま、アビー」


『待ってたよ』


「雷電も?」


雷電が一度だけ尻尾を振る。


『待ってたって』


「そうか」


レオンは笑った。


「ありがとう」


レオンは玲を見た。


「玲、今日はもう研究は終わったのか?」


「うん。ちょうど終わったところ」


「なら、少し付き合ってくれないか?」


「どこに行くの?」


「俺のお気に入りの場所があるんだ」


「お気に入り?」


「ああ」


レオンが玲に手を差し出す。


「一緒に行こう」


「うん!」


玲はその手を取った。


雷電とアビーも二人の後をついていく。


しばらく歩いた先。


レオンが案内したのは、辺境の街を一望できる高台だった。


眼下には、夕暮れに染まる街並み。


家々には明かりが灯り始め、人々が家路を急いでいる。


遠くには騎士団の建物。


そして、その先には玲が暮らす家と、パール化粧品の店も見える。


「……綺麗」


玲は思わず呟いた。


「俺は、ここが好きなんだ」


レオンが隣に立つ。


「ここから見ると、辺境全体が見えるからな」


玲は静かに街を見つめた。


思えば、最初は何も知らない世界だった。


突然召喚されて。


何が起きているのかも分からなくて。


王城では命まで狙われた。


怖くて、不安で。


それでも――。


ここまで来た。


隣には、レオンがいる。


足元には雷電。


その少し先にはアビー。


そして、この街には玲の作った商品を使ってくれる人たちがいる。


一緒に働いてくれる仲間たちがいる。


玲はゆっくり息を吸った。


そして、目の前に広がる辺境を見つめる。


「……ここが」


玲は小さく微笑んだ。


「ここが……私の居場所なんだ」


レオンは何も言わず、ただ玲の隣に立っていた。


夕暮れの辺境を、二人と二匹で静かに眺める。


玲はもう、この場所を「逃げてきた場所」とは思わなかった。


ここは――。


自分が選び、自分で築いていく場所。


玲にとっての、新しい故郷だった。


ー75話 終ー

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