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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第73話 聖女に頼らない未来と、新たな研究

王城。


国王の執務室には、ヴァレンシュタイン侯爵家当主ハンクが呼ばれていた。


グスタフの一件が終わり、王都にもようやく静けさが戻り始めている。


国王はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「ハンク」


「はい」


「私は……一ノ瀬玲を、聖女だと思っている」


ハンクは表情を変えなかった。


「そうですか」


「驚かないのか?」


「玲が本物の聖女である可能性については、私も考えています」


国王が続けようとした言葉を、ハンクが遮った。


「ですが、玲を王城へ戻すつもりはありません」


「…………」


国王が黙る。


「きっぱり言うな」


「申し訳ありません。しかし、これだけは譲れません」


ハンクは真っ直ぐ国王を見る。


「玲は一度、王城で命を狙われています」


「……」


「ようやく辺境で安心して暮らせる場所を見つけたのです」


「……そうだな」


「たとえ玲が本物の聖女だったとしても、あの子を王城へ戻す理由にはなりません」


国王は椅子に深く腰を下ろした。


「……そうか」


どこか寂しそうな声だった。


「やはり、戻す気はないのだな」


「ありません」


即答だった。


国王はしばらく窓の外を眺めていた。


そして――。


「ならば、聖女に頼らなくても国を豊かにすればいい」


ハンクが顔を上げる。


「陛下?」


「玲が聖女であろうとなかろうと関係ない」


国王は静かに続けた。


「この国に暮らす者たちが、より豊かに、より安心して暮らせるようにすればいい」


そして、ハンクを見る。


「ヴァレンシュタイン侯爵家にも、協力してもらいたい」


「もちろんです」


ハンクは迷わず答えた。


「玲を王城へ戻さない代わりに、玲が辺境で生み出すものを守り、広げることならできます」


「……そうだな」


国王は小さく笑った。


「聖女一人に国の未来を背負わせる必要などない」


その言葉に、ハンクも頷いた。


王城での話は、そこで一区切りついた。


***


その頃――。


辺境では、パール化粧品の店がいつも以上に賑わっていた。


「こちらが新商品のシャンプーです」


エミリアが笑顔で説明する。


「髪を洗うためのもの?」


「はい。髪や頭皮をすっきり洗い上げるための商品です」


女性客は興味津々で瓶を眺めている。


「石鹸で洗うのとは違うの?」


「はい。こちらは髪を洗うことを考えて作られています」


エミリアが丁寧に使い方を説明すると、女性客はシャンプーを手に取った。


「じゃあ、試してみようかしら」


発売されたばかりの新商品。


玲が何度も試作を重ね、ようやく完成させたシャンプーだ。


そして――。


数日後。


「玲様!」


店に戻ってきたエミリアが、嬉しそうに声を上げた。


「どうしたの?」


「シャンプーが大変なことになっています!」


玲が目を瞬く。


「大変?」


「ものすごく売れています!」


そこへセドリックも帳簿を抱えてやって来た。


「玲様、こちらをご覧ください」


「売上?」


「はい」


セドリックが帳簿を開く。


「発売してからの売上が、予想を大きく上回っています」


「そんなに?」


「はい。リピーターもすでに出ています」


玲は帳簿を覗き込む。


数字を確認していると、今度はマリアが駆け込んできた。


「玲様!」


「マリアまで?」


「シャンプーの在庫が、このままだと足りなくなります!」


「え?」


「次の納品まで、少し急いだ方がいいと思います」


玲は三人を順番に見た。


セドリックは売上。


エミリアは販売。


マリアは在庫。


それぞれの報告から、本当に大きな反響が起きていることが分かる。


「……すごい」


玲は思わず笑った。


「シャンプー、そんなに気に入ってもらえたんだ」


「はい!」


エミリアが頷く。


「お客様からも、たくさん感想をいただいています」


「どんな?」


「髪が洗いやすい、香りがいい、髪が絡みにくくなった……それから」


エミリアが少し考える。


「シャンプーを使った後、髪がもっと滑らかになるものはないのか、と聞かれる方も増えています」


「……!」


玲の目が輝いた。


「それだ」


「え?」


エミリアが首を傾げる。


玲は立ち上がった。


「トリートメント」


「……?」


エミリアたち三人が顔を見合わせる。


「トリートメント……ですか?」


「うん」


「それは……何でしょう?」


「シャンプーの後に使うもの」


玲が説明する。


「髪を滑らかにしたり、手触りを良くしたり、まとまりやすくしたりするの」


三人とも首を傾げた。


「香油とは違うんですか?」


「うん。香油とは違うよ」


玲は少し考えながら説明する。


「今は石鹸で髪を洗って、その後に香油をつけることが多いでしょ?」


「はい」


「トリートメントは、油で覆うだけじゃなくて、髪そのものを整えるためのものなの」


「……なるほど」


エミリアが頷く。


「それなら、お客様が欲しがるのも分かります」


「でしょう?」


玲の顔が、完全に研究者のものになっていた。


「シャンプーだけでも喜んでもらえてるなら、もっと良い組み合わせにできる」


セドリックが苦笑する。


「玲様、また研究が始まりますね」


「うん!」


即答だった。


「まだ完成してないけど、もっと良くできると思う」


マリアが尋ねる。


「いつ頃、販売できそうですか?」


「それはまだ分からないかな」


玲は笑った。


「研究してみないとね」


その時だった。


「玲さん!」


聞き慣れた声が響く。


振り返ると、グレイスが店に入ってきた。


「シャンプー、本当にすごいわ!」


「グレイスさんも使った?」


「もちろん!」


グレイスは自分の髪に触れながら笑う。


「髪が全然違うの。これなら、もっと広めたくなるわね」


「ありがとう」


「でも……」


グレイスが玲を見る。


「トリートメントっていうのは、今度の商品?」


「うん。今、開発してるところ」


「まあ!」


グレイスの目が輝く。


「それも絶対欲しいわ」


「まだ完成してないよ?」


「待つわ」


即答だった。


その言葉に、玲は思わず笑った。


「じゃあ、頑張らないとね」


「ええ!」


グレイスたちが帰った後。


玲はすぐに研究室へ向かった。


「さて……」


机の上に試作品を並べる。


「シャンプーとの相性を考えるなら……」


保湿。


指通り。


まとまり。


香り。


玲の頭の中に、次々とアイデアが浮かんでいく。


「この世界の植物なら、これが使えるかも」


紙に配合を書き込む。


一つ。


二つ。


三つ。


「……よし」


玲は新しい配合を書いた。


「これで試してみよう!」


王都で一つの事件が終わり、国の未来も少しずつ動き始めている。


けれど玲は、そんなことを知らない。


今の玲が考えているのは――。


もっと髪を綺麗にできるものを作ること。


それだけだった。


辺境の研究室から、新しい商品が生まれようとしていた。


―第73話 終―

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