番外編 雷電様の結界
雷電の番外編です お楽しみ
辺境での暮らしにも、すっかり慣れた頃。
玲と雷電、そしてアビーは、今日もいつものように散歩をしていた。
「雷電、また?」
玲が呆れた声を出す。
道端の木の根元で、雷電が匂い付けをしている。
「ワン!」
雷電は何事もなかったように玲のところへ戻ってきた。
「さっきもしたでしょ?」
「ワンッ」
「……アビー、何て?」
玲が聞くと、アビーは雷電の顔を見た。
「『ちゃんと確認してるんだって』」
「確認?」
「『ここは俺たちの場所だから』って」
「……まあ、雷電らしいけど」
玲は苦笑した。
雷電は、日本にいた頃からこうだった。
子犬の頃に玲に保護されて以来、ずっと玲と暮らしてきた。
そしてアビーとも、日本にいた頃から一緒だった。
三人一緒に異世界へ召喚されてからも、それは変わらない。
ただ――。
この辺境に来てから、雷電のいつもの習慣が、思わぬことを引き起こしていた。
***
「最近、この辺りは魔物が少ないな」
街の冒険者たちが、そんな話をするようになった。
「そういえば、街の近くまで来ることが減った」
「特にこの辺りだ」
冒険者が指差したのは、雷電がよく散歩する道だった。
「雷電が歩いてる場所じゃないか?」
「……まさか」
最初は誰も気にしなかった。
だが、何度も同じことが続く。
雷電が歩いた場所。
雷電が匂い付けをした場所。
その周辺には、魔物が近づかない。
「これ……」
「結界じゃないか?」
誰かが冗談半分に言った。
ところが、その噂はあっという間に広がっていった。
――雷電様が辺境を守っている。
――雷電様が歩いた場所には魔物が近づかない。
――雷電様の匂いが、魔物を寄せ付けないらしい。
そして、いつの間にか。
「雷電様の結界」
そんな名前までついてしまった。
***
「……雷電様の結界?」
玲は、街の人から聞いた話に目を丸くした。
「はい!」
住民は嬉しそうに頷く。
「雷電様が毎日街の周りを歩いてくださるでしょう? そのおかげで、魔物が近づかないんです!」
「いや……」
玲は隣にいる雷電を見る。
雷電は何事もない顔で座っている。
「雷電はただ……」
玲が言いかける。
「ワン!」
雷電が鳴いた。
アビーが雷電を見る。
「『何か問題でも?』って」
「いや、問題はないけど……」
玲は雷電を見つめた。
「結界って言われてるよ?」
「ワン」
「『別にいいんじゃない?』だって」
「……いいんだ」
雷電は堂々としている。
玲は思わず笑った。
「まあ、雷電がそれでいいならいいか」
すると、近くにいた子どもたちが駆け寄ってきた。
「雷電様!」
「今日も結界をお願いします!」
「雷電様がいるから安心だね!」
雷電は子どもたちをじっと見つめる。
「ワン!」
「『任せろ』だって」
アビーが通訳する。
「雷電、分かってるのかな?」
玲が笑う。
雷電は胸を張った。
そして――。
堂々と歩き出す。
「ワン!」
「『行くぞ』だって」
「はいはい」
玲とアビーも後を追う。
しばらく歩いたところで。
雷電が立ち止まった。
玲は嫌な予感がした。
「……雷電?」
雷電は、いつものように匂い付けをする。
「…………」
玲は無言になった。
アビーが雷電を見る。
「『ここも大事な場所だから』って」
「やっぱりただの匂い付けじゃん!」
玲が笑う。
雷電は振り返り、少し不満そうに鼻を鳴らした。
「ワン……」
「『ただのじゃない』って」
「はいはい。雷電様の大事なお仕事ね」
玲が頭を撫でると、雷電は満足そうに尻尾を振った。
***
それからも、雷電の散歩は続いた。
歩いて。
匂いを付けて。
また歩いて。
そのたびに、辺境の人々は安心したように笑う。
「今日も雷電様が来てくださった」
「これで大丈夫だ」
そんな声を聞きながら、玲は思う。
「……雷電、すごい人気者になったね」
「ワン!」
アビーが笑った。
「『当然だ』って」
「何でアビーまで雷電の気持ちが分かるのよ」
「ずっと一緒だからだよ」
「そっか」
玲も笑った。
日本にいた頃からずっと一緒だった二匹。
異世界に来ても、結局こうして玲のそばにいる。
それだけで、玲には十分幸せだった。
そして今日も。
雷電は辺境を歩く。
本人はただ、いつもの習慣を続けているだけ。
けれど街の人々にとって――。
それは、辺境を守る頼もしい「雷電様の結界」だった。
「雷電、帰ろうか」
「ワン!」
「『まだもう一周する』って」
「えぇ……」
玲の声が辺境の街に響く。
今日もまた、穏やかな一日が過ぎていく。
そして雷電の結界は、今日も辺境を守っている――。
……たぶん。
―番外編 終―




