第70話 辿り着いた名前
翌日。
国王は、前日に命じた調査の報告を待っていた。
玲の食事を運んだ使用人。
そして、その使用人が王城を辞めた理由。
「陛下、調査結果が出ました」
侍従が一礼する。
「聞こう」
「玲様の食事を運んだ使用人は、王城を辞めた後、王都の外れで暮らしていることが分かりました」
「会えるか?」
「すでに話を聞いております」
国王は顔を上げた。
「何と言っていた?」
侍従は手にしていた書類を確認する。
「当時、玲様の食事を運ぶよう命じられたのは、本人の希望ではなかったそうです」
「どういうことだ?」
「本来の担当者が別にいたそうですが、突然変更されたと」
国王は眉を寄せる。
「その使用人を、なぜ宰相が選んだか分かるか?」
「分からないそうです。ただ、『宰相閣下からの命令なら従うしかない』と」
「他には?」
「食事を運んだ後、すぐに部屋へ戻るよう命じられたそうです」
国王は黙り込んだ。
それだけなら、まだ偶然という可能性もある。
だが――。
食事の担当者が変更されていた。
その変更を指示したのがグスタフ。
そして、その食事には毒が入っていた。
「……グスタフ」
国王は小さく名前を呟いた。
だが、まだ決めつけるわけにはいかない。
「当時の指示書は?」
「こちらです」
侍従が一枚の書類を差し出した。
国王は目を通す。
そこには確かに、配膳担当者の変更について記されていた。
そして最後には――。
グスタフ・ローゼンベルク
宰相の署名。
「……間違いないな」
「はい」
国王は書類を机の上に置いた。
「他に、何か不審な点はなかったか?」
「一つございます」
「何だ?」
「玲様の食事に関する記録を調べている際、当時の厨房の記録と、別の帳簿にいくつか不自然な点が見つかりました」
「別の帳簿?」
「税の徴収に関するものです」
国王は顔を上げた。
「税だと?」
「はい」
侍従は別の書類を差し出した。
「数年前から、徴収された税額と、国庫へ納められた金額に、ごく小さな差がございます」
国王は数字を追った。
確かに差がある。
だが、一年だけ見れば気づかない程度のものだった。
「……小さいな」
「はい」
「これだけなら、単なる記載ミスとも考えられる」
「ですが――」
侍従が続ける。
「同じような差が、何年も続いております」
国王の目が細くなる。
一度。
二度。
三度。
それなら偶然とは言い切れない。
「この帳簿を管理していたのは?」
「財務担当の者です」
「その者に確認を」
「すでに確認しております」
「何と言っていた?」
「上からの指示で処理していた、と」
「上?」
「はい」
侍従が一瞬言葉を濁した。
「誰の指示かと尋ねたところ……」
国王は黙って続きを待つ。
「宰相閣下からだと」
室内が静まり返る。
国王は二つの書類を見比べた。
一つは、玲の食事。
もう一つは、税の帳簿。
どちらにも――。
同じ男の名前がある。
グスタフ・ローゼンベルク。
「……偶然にしては、出来すぎているな」
国王は低く呟いた。
まだ、玲の毒と横領が繋がったわけではない。
だが、グスタフの周辺には不自然なことが多すぎる。
「グスタフは……何を隠している?」
国王は椅子から立ち上がった。
「この件は、私とお前だけで調べる」
「承知しました」
「グスタフには、まだ何も知らせるな」
「はい」
国王は窓の外を見る。
王都の街並みが広がっている。
そのどこかで、今もグスタフは何食わぬ顔で宰相として仕事をしているのだろう。
だが――。
少しずつ。
確実に。
その足元は崩れ始めていた。
--第70話 終--




