第68話 王の調査
ヴァレンシュタイン侯爵家を後にした国王は、王城へ戻る馬車の中で、ずっと同じことを考えていた。
――玲に、毒が盛られていた。
自分が知らない間に。
しかも、玲自身は誰がやったのか知らない。
「……一体、何が起きていたんだ」
国王は窓の外を見つめた。
王城へ戻ると、すぐに執務室へ向かった。
「陛下、お疲れでは?」
侍従が声をかける。
「いや。少し調べたいことがある」
「何をお調べに?」
国王は一瞬、言葉を止めた。
「……召喚された聖女たちのことだ」
「愛莉様と玲様ですか?」
「ああ」
国王は頷いた。
「玲が王城からいなくなった日の記録を持ってきてくれ」
「かしこまりました」
ほどなくして、当時の記録が運ばれてきた。
召喚された日。
玲と愛莉がそれぞれ別の部屋へ案内されたこと。
その後の簡単な報告。
国王は一枚ずつ確認していく。
「……ここだな」
玲が王城からいなくなった日の記録。
だが――。
肝心な部分が、あまりにも簡単だった。
『一ノ瀬玲、所在不明』
たった、それだけ。
「……所在不明?」
国王は眉を寄せた。
誰が確認したのか。
いつ確認したのか。
なぜ騒ぎにならなかったのか。
疑問が次々と浮かぶ。
「この日の記録を作成した者は?」
「確認してまいります」
侍従が部屋を出ていく。
しばらくして、当時の担当者の名前が伝えられた。
国王はその名を記録する。
「それから……」
ふと、ハンクの言葉を思い出した。
玲は、食事に入っていた毒に気づいた。
ならば、その食事を誰が用意したのか。
「玲に出された食事の記録はあるか?」
侍従が少し戸惑った。
「食事、ですか?」
「ああ。玲の部屋へ運ばれた食事だ」
「確認いたします」
しばらくして、厨房の記録が届けられた。
国王は目を通す。
食材。
調理担当。
配膳担当。
一つずつ確認していく。
「……この者は?」
ある名前のところで、国王の指が止まった。
「当時、玲の食事を運んだ者です」
「今も王城にいるのか?」
「いえ」
「どこへ?」
「すでに辞めております」
国王は顔を上げた。
「なぜ辞めた?」
「そこまでは……」
「調べろ」
「はっ」
侍従が急いで部屋を出ていく。
国王は再び記録に目を落とした。
すると、一つ気になることがあった。
その使用人は、玲の食事を運ぶ担当として名前が記録されている。
だが――。
その日の配膳担当は、本来なら別の者だった。
「……担当が変更されている?」
国王は眉を寄せる。
変更の理由を確認する。
そこには短く、
『指示による変更』
とだけ書かれていた。
「誰の指示だ?」
国王が尋ねると、侍従は再び記録を調べた。
そして――。
「……陛下」
「何だ?」
侍従が少し顔を強張らせる。
「この変更を指示した者として記録されているのは……」
言葉を濁す。
「誰だ」
「宰相閣下です」
国王の手が止まった。
「……グスタフ?」
「はい。グスタフ・ローゼンベルク宰相です」
室内に沈黙が落ちる。
国王は、しばらくその記録を見つめていた。
グスタフが玲の食事に関わっていた。
ただの偶然かもしれない。
本当に何か理由があったのかもしれない。
まだ何も分からない。
だが――。
一つだけ、確かなことがある。
玲の食事を運ぶ人間が、グスタフの指示で変更されていた。
「……偶然にしては、妙だな」
国王は静かに呟いた。
そして、侍従に顔を上げる。
「この使用人について、もう少し詳しく調べろ」
「はい」
「それから――」
国王は一度言葉を切った。
「グスタフには、この件をまだ知らせるな」
「……かしこまりました」
侍従が頭を下げる。
扉が閉まる。
一人になった国王は、深く息を吐いた。
「……何をしたんだ、グスタフ」
まだ確信はない。
けれど。
玲の毒殺未遂事件は、少しずつ一人の男へと繋がり始めていた。
--68話 終--




