第67話 王とハンク
王都から少し離れた場所にある、ヴァレンシュタイン侯爵領。
その日、侯爵邸の門前に王家の紋章を掲げた馬車が止まった。
「国王陛下がお越しです!」
知らせを受けたハンクは、思わず眉を寄せた。
王家から書簡が届いたばかりだ。
それなのに、今度は国王自らがやって来た。
「……何の用だ?」
突然の訪問に疑問を抱きながらも、ハンクは国王を応接室へ案内した。
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応接室。
国王とハンクは向かい合って座っていた。
護衛や侍従たちは部屋の外。
二人きりになると、先ほどまでの緊張が少しだけ和らぐ。
「久しぶりだな、ハンク」
「そうだな」
ハンクは淡々と答えた。
「王になってから、ここへ来ることもなくなったな」
「王だからな。簡単には動けない」
「分かっている」
短い沈黙。
先に口を開いたのは国王だった。
「……玲のことだ」
ハンクの表情が変わる。
「やはり、その話か」
「ああ」
国王は少し迷うように言葉を続けた。
「玲は……今、辺境にいるのだな?」
「そうだ」
「いつ、王城を出た?」
ハンクは眉を寄せた。
「……知らないのか?」
「何をだ?」
「玲が王城を出た経緯だ」
国王は首を横に振った。
「私が知っているのは、いつの間にか玲が王城からいなくなっていたということだけだ」
ハンクはしばらく国王を見つめた。
本当に知らないらしい。
「玲は、自分から王城を出たわけじゃない」
「では?」
「出された食事に毒が入っていた」
国王の顔が強張る。
「……毒?」
「ああ」
ハンクは頷いた。
「玲は食事を口にする前だった」
「どうして毒に気づいた?」
「玲の愛犬たちだ」
「犬?」
「ああ。雷電とアビーが異変に気づいた」
ハンクは少しだけ口元を緩めた。
「雷電が食事をこぼして、アビーが玲に毒だと伝えたそうだ」
国王は言葉を失った。
「……そんなことが」
「そこで初めて、玲は自分が命を狙われていると気づいた」
「誰がやった?」
「分からない」
ハンクは静かに答えた。
「玲自身も知らない。俺たちも知らない」
国王は俯いた。
「私は……何も知らなかった」
「そうだろうな」
ハンクは責めるような声ではなく、淡々と答えた。
「だからこそ、玲は王城を出た」
「逃げたのだな」
「ああ」
しばらく沈黙が続いた。
やがて国王が顔を上げる。
「私は、玲を連れ戻したいわけではない」
「では、何故ここへ来た?」
「知りたいんだ」
国王の声は、王としてではなく、一人の人間としてのものだった。
「玲が王城で何をされたのか」
ハンクは国王を見つめた。
「なら、調べればいい」
「ああ」
「ただし――」
ハンクの声が低くなる。
「玲を巻き込むな」
「分かっている」
「玲は、やっと幸せになったんだ」
国王は静かに頷いた。
「……そうなのだな」
「そうだ」
ハンクは迷いなく答えた。
「玲は、私たちの娘になったんだ」
国王の目がわずかに揺れた。
「娘……か」
その言葉を噛みしめるように呟く。
しばらくして、国王は小さく笑った。
「昔から、お前とは兄弟のように育ったな」
「そうだったな」
「まさか、お前がこんなに頑固な父親になるとは思わなかった」
「玲のことなら、いくらでも頑固になる」
ハンクは即答した。
国王は苦笑する。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「玲のことは、私自身でも調べる」
「そうしてくれ」
「何か分かったら、侯爵家にも知らせよう」
「ああ」
国王は扉へ向かった。
その背中を見送りながら、ハンクは静かに呟いた。
「……玲に、二度と王城でのような思いはさせない」
国王は振り返らなかった。
ただ、一度だけ頷いた。
こうして国王は、ヴァレンシュタイン侯爵家を後にした。
自分の知らないところで起きていた出来事。
そして、王城からいつの間にか姿を消した玲が、今は辺境で幸せに暮らしていること。
国王は初めて、その理由を知ろうと動き始めた。
その頃――。
王都の別の場所では。
この動きをまだ知らない男がいた。
宰相だった。




