第64話 王家からの書簡
王都からそれ程離れていない場所にある、ヴァレンシュタイン侯爵家。
その日の午後。
ハンクが執務室で書類に目を通していると、使用人が一通の封書を持って入ってきた。
「旦那様。王家からの書簡が届いております」
「……王家から? 何の用だ」
差し出された封書には、王家の紋章が刻まれている。
ハンクは眉を寄せた。
王家から侯爵家へ直接書簡が届くこと自体は、珍しいことではない。
だが――。
今、このタイミングで何の用なのか。
ハンクは封蝋を切り、書簡を開いた。
数行目を追ったところで、その目が止まる。
「……」
「どうしたの?」
向かいにいたケイトが尋ねる。
ハンクは黙ったまま書簡を読み終えると、それをケイトへ渡した。
ケイトも静かに目を通す。
そこに記されていたのは、
レオンハルト・ヴァレンシュタインの妻について、確認したいことがある。
ただ、それだけだった。
詳しい理由までは書かれていない。
ケイトは小さく息を吐いた。
「……玲ちゃんのことね」
「そうだろうな」
ハンクの声が低くなる。
「今さら何の用だ」
ケイトは書簡を見つめた。
「王家は、玲ちゃんが王城を出た理由を知らないのかしら」
「……分からん」
ハンクは椅子に深く腰を下ろした。
玲は王城から逃げてきた。
命を狙われたからだ。
その事実を、ハンクもケイトも知っている。
だが、王家がそれを知っている様子はない。
「もし王が、玲ちゃんがなぜ王城を出たのか知っていたら……こんな書簡は寄越さないでしょうね」
「そうだな」
ハンクは短く答えた。
そして、書簡に押された王家の紋章を見る。
現国王は、ハンクにとって従兄弟だ。
ハンクの母は先代王女。
つまり、王家とヴァレンシュタイン侯爵家は、今も血で繋がっている。
だからこそ、ハンクは王家の意図を慎重に考えていた。
「……王が何を考えているのか、分からんな」
「ええ」
ケイトも頷く。
「でも、一つだけ確かなことがあるわ」
ケイトは静かに言った。
「玲ちゃんは、私たちの娘になったんですもの」
ハンクは妻を見る。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……そうだな」
玲はもう、ヴァレンシュタイン侯爵家にとって他人ではない。
大切な家族だ。
理由も分からないまま、王家の求めに応じるつもりはなかった。
「まずはレオンハルトに知らせる」
ハンクが立ち上がる。
「王家が何を求めているのか、それを知るのが先だ」
「そうね」
ケイトも頷いた。
「玲ちゃんとレオンハルトが、どうするか決めればいいわ」
「ああ」
ハンクは机へ戻り、便箋を取り出した。
ペンを手に取る。
そして――。
息子へ向けて、王家から届いた一通の書簡について書き始めた。
王都から届いた一通の書簡。
それは、幸せに暮らす玲たちのもとへ、再び王家の影が近づき始めたことを意味していた。




