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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第61話 花嫁の朝

 ――結婚式当日。


 辺境の朝は、いつもより少しだけ静かだった。


 玲はまだ薄暗い部屋の中で、ゆっくりと目を覚ました。


「……今日なんだ」


 天井を見つめながら、小さく呟く。


 今日は――レオンハルトとの結婚式。


 そう思った途端、胸がどくんと大きく鳴った。


「……緊張してきた」


 ベッドから起き上がる。


 窓の外を見ると、朝の光が辺境の街を優しく照らしていた。


 八ヶ月ほど前。


 自分は、この世界で生きていけるのかすら分からなかった。


 王都から逃げて、必死に走った。


 追われている恐怖。


 誰を信じればいいのか分からない不安。


 そんな中で出会ったのが――。


「レオンハルト…」


 名前を口にすると、自然と頬が緩んだ。


 今では、自分の隣にいてくれる大切な人。


 そして今日、その人の妻になる。


「……なんだか不思議」


 玲が小さく笑った。


 その時。


『玲、起きた?』


「アビー?」


 足元から声がする。


 見ると、アビーがベッドの横で玲を見上げていた。


「おはよう、アビー」


『おはよう!』


 アビーは嬉しそうに尻尾を振る。


『今日、結婚式だよ!』


「うん」


『玲、花嫁さんになるんだよ!』


「そうだね」


『楽しみだね!』


「……うん」


 玲はアビーを抱き上げた。


「でも、ちょっと緊張する」


『大丈夫だよ』


 アビーが玲の頬をペロッと舐める。


「ふふっ。ありがとう」


『今日は私も大事なお仕事があるんだから!』


「そうだったね」


『任せて!』


 アビーは胸を張った。


 その時――。


「ワン!」


 今度は部屋の外から大きな声が響いた。


「雷電?」


 玲が扉を開ける。


 そこには雷電が堂々と座っていた。


「おはよう、雷電」


「ワン!」


『雷電もおはようって』


「うん。ありがとう」


 玲が雷電の頭を撫でる。


「今日もよろしくね」


「ワン!」


 雷電は胸を張った。


     ◇◇◇


「玲さん! 起きてる?」


 廊下からエレノアの声が聞こえてきた。


「はい!」


「入るわよ!」


 扉が開く。


 エレノアの後ろには、マリアとエミリアもいた。


「今日は私たちに任せてください!」


 エミリアが張り切っている。


「玲様を最高の花嫁に仕上げます」


 マリアも微笑む。


「お願いします」


 玲は少し緊張した笑顔を浮かべた。


「まあ!」


 エレノアが嬉しそうに玲の手を取る。


「いよいよね!」


「はい……」


「緊張してる?」


「少し」


「大丈夫よ」


 エレノアが優しく笑う。


「今日は玲さんが一番幸せになる日なんだから」


「……はい」


 その言葉に、玲の胸が温かくなった。


     ◇◇◇


 それから玲の花嫁支度が始まった。


 髪を整え、化粧を施していく。


 鏡の中の自分が、少しずつ変わっていく。


「……なんか、自分じゃないみたい」


「何を言ってるの」


 エレノアが笑う。


「とても綺麗よ」


「ありがとうございます」


 マリアも頷く。


「ドレスを着たら、さらに素敵になります」


「……ドレス」


 玲は少し緊張した。


 今日着るドレスは、エレノアが中心になって選んでくれたもの。


 何度も相談して決めた、大切な一着だ。


 ドレスを身につける。


 純白の生地が、朝の光を受けて柔らかく輝いた。


「……」


 玲は鏡の前で言葉を失った。


「どう?」


 エレノアが尋ねる。


「……綺麗」


 玲が小さく呟いた。


「本当に……私?」


「ええ」


 エレノアが嬉しそうに笑う。


「今日の玲さんは、世界で一番綺麗な花嫁よ」


「エレノアさん……」


 玲の目が少し潤んだ。


「ありがとうございます」


「泣いちゃ駄目よ!」


「分かってます!」


 二人で笑った。


 その時――。


『玲!』


 アビーが部屋へ入ってきた。


「アビー?」


『わあ……!』


 アビーが目を輝かせる。


『玲、すっごく綺麗!』


「ありがとう」


『お姫様みたい!』


「ふふっ」


 玲がしゃがもうとすると――。


「玲様、ドレスが!」


「あっ」


 慌てて立ち止まる。


『今日は抱っこ禁止だね』


「そうだね」


『じゃあ、私が玲のところまで行く!』


 アビーがちょこちょこと歩いてくる。


 玲はその場でアビーの頭を撫でた。


「ありがとう」


『うん!』


     ◇◇◇


 その頃。


 別室では、レオンハルトも準備を終えていた。


 黒を基調とした正装。


 普段の騎士服とは違う姿に、グレンが目を細める。


「団長……」


「何だ?」


「……本当に結婚するんですね」


「その言い方は何だ」


「いや、なんというか……」


 グレンが笑う。


「団長が結婚するとは思っていなかったので」


「俺もだ」


「え?」


 レオンハルトは少しだけ笑った。


「こんな日が来るとは思っていなかった」


 そして静かに扉の向こうを見る。


 その先に玲がいる。


 今日から――。


 自分の妻になる女性。


「団長」


 グレンが声をかける。


「おめでとうございます」


「ああ。ありがとう」


 レオンハルトは短く答えた。


 けれど、その表情はいつもより柔らかかった。


     ◇◇◇


 やがて――。


 結婚式の時間が近づいてきた。


 会場に集まったのは、二人にとって本当に大切な人たちだけ。


 ハンク侯爵。


 ケイト侯爵夫人。


 マットとエレナ。


 辺境伯夫妻。


 グレン。


 セドリック、マリア、エミリア、エレノア。


 そして――。


 アビーと雷電。


 少人数だからこそ、会場には穏やかな空気が流れていた。


 大勢の貴族がいるわけではない。


 豪華な社交の場でもない。


 ただ、大切な人たちが二人の門出を祝うために集まっている。


     ◇◇◇


 そして、控え室。


 玲は大きく息を吐いた。


「……緊張する」


『大丈夫だよ』


 アビーが言う。


『私がいるから!』


「うん」


 アビーの背中には、小さな白いリングピローが固定されている。


 二つの指輪が、きちんと収まっていた。


「重くない?」


『全然!』


「本当に?」


『今日は私の大事なお仕事だもん!』


「ふふっ」


 玲が笑う。


「じゃあ、お願いね」


『任せて!』


 アビーは胸を張った。


 その時。


「ワン!」


 雷電が大きな声で鳴いた。


 玲が振り返る。


「雷電?」


 雷電は玲を見た。


 そして――。


 レオンハルトがいる方向を見る。


 もう一度、玲を見る。


「ワン!」


『……』


 アビーが雷電を見る。


「どうしたの?」


『雷電がね』


 アビーが玲を見る。


『レオンに、玲を頼んだぞって言ってる』


「……雷電」


 玲の胸が熱くなった。


「ありがとう」


 雷電は堂々と胸を張った。


「ワン!」


『すごいドヤ顔』


「アビー!」


『だって本当にドヤ顔なんだもん』


 玲は笑いながら雷電の頭を撫でた。


「今日もよろしくね」


「ワン!」


     ◇◇◇


 やがて、扉の向こうから声がした。


「玲さん。時間です」


「……はい」


 玲は一度、深呼吸する。


 アビーが玲の隣へ。


 雷電も玲の反対側へ。


 そして――。


 扉が開く。


 その先には、結婚式の会場。


 そして、待っているレオンハルト。


 玲は一歩を踏み出した。


 雷電も、その隣を歩き始める。


 花嫁と、その愛犬。


 ゆっくりと、二人のもとへ続く道を歩いていく。


 今日――。


 玲は、レオンハルトの妻になる。


――第61話 終――

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