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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第60話 侯爵家と辺境の街

ヴァレンシュタイン侯爵家が辺境へ到着してから、二日目。


 朝食を終えた玲たちは、屋敷の広間に集まっていた。


「今日はどうしましょうか?」


 玲が皆を見回す。


 ハンク侯爵は少し考えるように顎に手を当てた。


「せっかく辺境まで来たのだ。街を見てみたいな」


「私も賛成!」


 マシュー――家族からはマットと呼ばれている彼が、すぐに声を上げる。


「辺境の街は初めてだからな。どんなところなのか興味がある」


「それなら、私が案内します」


 玲が笑った。


「パール化粧品の新しいお店にも寄っていただけますし」


「まあ、それは楽しみね」


 ケイトが嬉しそうに微笑む。


「玲さんのお店、見てみたかったの」


「はい。ぜひ見てください」


『私も案内する!』


 玲の足元から、アビーが元気よく声を上げた。


「アビーも?」


『うん! 私、この街詳しいよ!』


「……本当に?」


『もちろん!』


 アビーが胸を張る。


「じゃあ、頼りにしてるね」


『任せて!』


「ワン!」


 すると雷電も大きな声で鳴いた。


 玲が振り返る。


「雷電も行く?」


「ワン!」


「もちろん一緒に行こうね」


「ワン!」


 雷電は満足そうに尻尾を振った。


 そんな二匹を見て、エレナが笑う。


「ふふっ。二人ともお出かけが楽しみなのね」


『二人じゃないよ』


 アビーがすぐに訂正する。


『玲もレオンも一緒だから、四人だよ』


「あら、ごめんなさい」


 エレナが笑う。


『ううん!』


 アビーは嬉しそうに尻尾を振った。


     ◇◇◇


 やがて一行は、馬車に乗って辺境の街へ向かった。


 窓の外には、見慣れてきた街並みが広がっている。


 玲がこの街へ来たばかりの頃とは、少しずつ景色も変わっていた。


「活気がありますね」


 ケイトが窓の外を見ながら言う。


「はい」


 玲が頷く。


「最初に来た頃より、ずっと賑やかになりました」


「玲が来てからか?」


 マットが尋ねる。


「私だけの力じゃありませんよ」


 玲は首を横に振った。


「辺境伯様や騎士団の皆さん、それに街の人たちが頑張ってくれたからです」


「そうだな」


 レオンハルトも頷く。


「玲が来たことで変わった部分はある。だが、街を作っているのは住民たちだ」


「レオンハルトさん……」


 玲が少し照れたように笑う。


「そういうところ、レオンは昔から変わらないな」


 マットが突然言った。


「兄上?」


「真面目で、妙に責任感が強い」


「……余計なことを言わなくていい」


「ははは」


『レオンって昔からそんな感じなんだ』


 アビーが興味津々に尋ねる。


「ああ」


 マットが笑う。


「昔からだよ」


『へぇ~』


 アビーがレオンハルトを見上げる。


『じゃあ、今度もっと昔の話聞かせて!』


「アビーまで……」


 レオンハルトが苦笑する。


 玲はそんな二人を見ながら、自然と笑みを浮かべていた。


 家族に「レオン」と呼ばれているレオンハルト。


 そして、いつの間にかその呼び方を覚えたアビー。


 少しずつ、二人の距離も近くなっているように感じる。


     ◇◇◇


 やがて馬車は、パール化粧品の新店舗へ到着した。


「ここが……」


 ケイトが店を見上げる。


「パール化粧品のお店です」


 玲が笑顔で扉を開けた。


「いらっしゃいませ!」


 エミリアが明るい声で迎える。


 しかし、その直後。


「……!」


 エミリアが固まった。


 マリアも目を見開く。


「玲様……?」


「私の婚約者のご家族です」


「!」


 セドリックまで背筋を伸ばした。


「ヴァレンシュタイン侯爵家の皆様でいらっしゃいますか」


「そんなに緊張しなくていい」


 ハンクが穏やかに笑う。


「今日は客として来ただけだ」


「は、はい!」


 エミリアが慌てて頭を下げる。


『ここが玲のお店だよ!』


 アビーが嬉しそうに店内を歩き始める。


『石鹸はこっち! 化粧水はこっち!』


「アビー、張り切りすぎ」


『だって玲のお店だもん!』


 ケイトが楽しそうに笑う。


「本当にお店が好きなのね」


『うん!』


 アビーは嬉しそうに尻尾を振った。


 雷電は玲の足元で大人しく店内を見回している。


「雷電、今日は大人しいね」


「ワン」


「……その顔、何か企んでない?」


「ワン!」


 玲は少し不安になった。


     ◇◇◇


「まあ……」


 ケイトが商品棚を見ながら感嘆の声を漏らす。


「どれも綺麗ね」


「ありがとうございます」


「以前いただいた石鹸も、とても良かったわ」


「気に入っていただけましたか?」


「ええ」


 ケイトが微笑む。


「王都にいる友人たちにも教えてあげたいくらい」


「王都……」


 その言葉を聞いた瞬間。


 玲の手が、ほんの少し止まった。


「玲?」


 レオンハルトがすぐに気づく。


「……少し、王都にいた時のことを思い出しただけです」


 玲はそう言って微笑んだ。


 召喚されてから、まだ八ヶ月ほど。


 王都を離れて、それほど長い時間が経ったわけではない。


 忘れられるほど遠い出来事ではなかった。


 王城から逃げたこと。


 食堂の女将に助けてもらったこと。


 冒険者ギルドで身分証を作ったこと。


 そして――。


 レオンハルトと出会ったこと。


 王都は、玲にとって怖い場所だった。


 けれど同時に、レオンハルトと出会った場所でもある。


「無理に思い出す必要はない」


 レオンハルトが静かに言った。


「はい」


 玲は小さく頷いた。


 すると――。


『玲』


 アビーが玲の足元から声をかけた。


『大丈夫だよ』


「……うん」


 玲はアビーの頭を優しく撫でる。


「ありがとう」


『えへへ』


 アビーが嬉しそうに尻尾を振った。


 ケイトは何も聞かず、優しく微笑んだ。


「王都の話は、また今度にしましょう」


「……ありがとうございます」


 玲も微笑み返した。


     ◇◇◇


 その後、ケイトとエレナは気になる商品をいくつか購入した。


 マットも店内を興味深そうに眺めている。


「本当に玲が全部作っているんだな」


「開発は私が担当しています」


「すごいな」


 マットが素直に感心する。


「これだけ評判になっているなら、王都でも――」


「兄上」


 レオンハルトが遮った。


「玲は今、王都で商売をするつもりはない」


「分かってる」


 マットは苦笑する。


「可能性の話だ」


 玲は二人の会話を聞きながら、商品棚を見た。


「……いつか」


「?」


 レオンハルトが玲を見る。


「いつか、王都でもパール化粧品を販売できたらいいなとは思います」


 玲は少し考えてから続ける。


「でも、今はこの辺境で、もっとたくさんの商品を作りたいです」


「そうか」


 レオンハルトは穏やかに頷いた。


「それでいい」


     ◇◇◇


 屋敷へ戻ると、エレノアが玲を待ち構えていた。


「玲さん!」


「はい?」


「明日、ドレスの最終確認をしましょう!」


「……明日ですか?」


「ええ!」


 エレノアは嬉しそうだ。


「結婚式まで、もうあまり時間がないんですもの!」


「……結婚式」


 玲は小さく呟いた。


 言葉にすると、胸が少しだけ高鳴る。


 召喚されてから、まだ八ヶ月ほど。


 その間に、あまりにもたくさんのことがあった。


 王都で命を狙われたこと。


 逃げる途中で出会った人たち。


 辺境へ来たこと。


 パール化粧品を始めたこと。


 アビーと雷電との暮らし。


 そして――。


 レオンハルトとの出会い。


 玲は隣に立つレオンハルトを見る。


 彼は穏やかな表情で玲を見つめていた。


「緊張しているか?」


「少しだけ」


「俺もだ」


「レオンハルトさんも?」


「ああ」


 玲は思わず笑った。


「意外です」


「俺だって緊張くらいする」


「ふふっ」


『玲、嬉しい?』


 アビーが尋ねる。


「うん」


『結婚式、楽しみ?』


「うん。楽しみ」


 玲がアビーを抱き上げる。


「アビーも一緒だからね」


『もちろん!』


「ワン!」


 雷電も大きな声で鳴いた。


「雷電もね」


「ワン!」


 玲は二匹を見て笑った。


 そして、ふとカレンダーへ目を向ける。


 結婚式の日まで――。


「……あと少し」


 玲は小さく呟いた。


 王都から逃げたあの日。


 自分がこの世界で、こんな未来を迎えるなんて想像もしていなかった。


 けれど今は――。


 大切な人たちに囲まれている。


 そしてもうすぐ、大切な人の妻になる。


「……幸せだな」


 玲が微笑む。


 レオンハルトは、そんな玲を静かに見つめた。


 穏やかな時間が流れていく。


 結婚式の日は、もうすぐそこまで来ていた。


――第60話 終――

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