第55話 パール化粧品、新たな一歩
翌朝。
玲は朝食を終えると、作業部屋へ向かった。
昨日から始めたシャンプーの開発。
今日こそ、納得できるものに近づけたい。
「昨日の配合を少し変えて……」
玲が作業台に向かっていると、扉がノックされた。
「玲様、お客様がお見えです」
使用人の声がする。
「お客様?」
玲は首を傾げた。
「はい。セドリック様とマリア様、それから商業ギルドの方とご一緒です」
「あ、そういうことね」
玲は手を止めた。
昨日、パール化粧品の新店舗について話が進んでいると聞いていた。
「分かりました。すぐ行きます」
◇◇◇
応接室へ向かうと、セドリックとマリアが待っていた。
「玲様、お時間をいただきありがとうございます」
「ううん。どうしたの?」
「実は、昨日お話しした店舗の件で……」
セドリックの隣には、見慣れない女性が座っていた。
年齢は二十代半ばくらいだろうか。
落ち着いた栗色の髪をきちんとまとめ、清潔感のある服装をしている。
玲が視線を向けると、女性は立ち上がった。
「初めまして。エミリアと申します」
「初めまして。玲です」
玲が笑顔で挨拶する。
すると、エミリアが少し緊張したように頭を下げた。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。座ってください」
「はい」
全員が席に着く。
「エミリアさんは、商業ギルドから紹介していただいた方です」
セドリックが説明する。
「以前、王都の商店で接客をしていた経験があります。商品の説明や接客にも慣れているそうです」
「そうなんですね」
玲は感心した。
「化粧品にも興味があると伺っています」
「はい」
エミリアが少し身を乗り出した。
「実は、パール化粧品の商品を以前から使わせていただいております」
「え?」
「最初は知人から石鹸を分けてもらったのがきっかけでした」
エミリアが嬉しそうに笑う。
「使ってみて、とても気に入りました。香りも優しくて、洗った後の肌が今まで使っていたものと全然違って……」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
玲も自然と笑顔になる。
「その後、少しずつ商品を試していって……今ではすっかり愛用しています」
「ありがとうございます」
玲は頭を下げた。
自分が作ったものを、誰かが気に入って使ってくれている。
それは研究開発をしていた頃から、玲が一番嬉しいと思える瞬間だった。
「それで、もしよろしければ……」
エミリアが玲を見る。
「新しい店舗で働かせていただけないでしょうか?」
「もちろんです」
玲は即答した。
「え?」
エミリアが目を丸くする。
「だって、商品を実際に使ってくれている人なら、お客様にも商品の良さを伝えやすいと思います」
「ありがとうございます!」
エミリアが嬉しそうに頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「はい!」
こうして、パール化粧品に新しい仲間が加わった。
◇◇◇
「ところで、店舗の方はどうなってるんですか?」
玲が尋ねる。
「商業ギルドからいくつか候補を紹介していただきました」
セドリックが書類を広げる。
「この中から選ぶ予定です」
「見てみたい!」
玲が身を乗り出す。
「玲様は開発でお忙しいのでは?」
「でも、お店は私たちの商品を売る場所ですよ?」
玲が笑う。
「ちゃんと見ておきたいです」
その時――
「なら、今日見に行けばいい」
背後から声がした。
「レオンハルト?」
振り返ると、レオンハルトが立っている。
「俺も同行する」
「いいんですか?」
「ああ」
「では、私も行くわ」
グレイスが続く。
「女性客が多い店になるんだから、私も見ておきたいもの」
「俺も行くぞ」
グレンも手を挙げる。
「警備のことも確認しておきたい」
「ありがとうございます」
セドリックが頭を下げる。
「では、皆さんで見に行きましょう」
『私も行く!』
足元からアビーの声。
「もちろん雷電もね」
「ワン!」
こうして、一行は新店舗の候補地を見に行くことになった。
◇◇◇
街を歩きながら、玲は周囲を見回す。
「ここなら人通りも多いですね」
「そうだな」
レオンハルトが頷く。
「ただ、少し大通りに近すぎるかもしれない」
グレンが周辺を確認する。
「警備を考えるなら、こちらの通りの方がいい」
「こっちは?」
グレイスが別の建物を指差す。
「店内が明るいし、女性も入りやすそう」
セドリックが書類と照らし合わせる。
「こちらも候補に入っています」
玲は建物を見上げた。
大きすぎない。
でも、商品を並べるには十分な広さがある。
「……ここ、いいかも」
「玲もそう思うか?」
「はい」
レオンハルトが玲を見る。
「なら、ここを詳しく見てみよう」
「はい!」
玲が笑う。
その隣でアビーが尻尾を振る。
『新しいお店、楽しみだね!』
「そうだね」
「ワン!」
『雷電も楽しみだって!』
「まだ何も決まってないよ」
『でも玲、嬉しそう』
「……」
玲は自分の顔に手を当てた。
「そんなに?」
『うん!』
「……そうかな」
レオンハルトが隣で小さく笑う。
「確かに嬉しそうだな」
「レオンハルトまで……」
玲が少し頬を膨らませる。
「だって、自分が作ったものを売る店なんですよ?」
「ああ」
レオンハルトが優しく頷く。
「楽しみだな」
「……はい」
玲はもう一度、建物を見上げた。
まだ何もない。
商品も並んでいない。
看板もない。
けれど――
ここから、新しい何かが始まる。
そんな予感がした。
◇◇◇
その日の夕方。
玲は作業部屋に戻ると、再びシャンプーの試作に取りかかった。
「お店のことは、みんなに任せるって決めたんだから」
玲は小さく笑う。
「私は私の仕事を頑張らないとね」
月雫草。
泡花。
白露花。
今日も三種類の植物を前に、配合を調整していく。
「今度は……これでどうかな?」
泡立ちを確認する。
昨日よりもきめ細かい。
「……いいかも」
玲の目が輝く。
「もう一度、洗い上がりを確認してみよう」
新しい商品が生まれるまで、あと少し。
そして――
辺境の街では、パール化粧品の新しい店が、少しずつ形になろうとしていた。
――第55話 終――




