第53話 新たな開発と胸の高鳴り
屋敷へ戻った玲は、採取してきた三種類の植物を作業台の上に並べていた。
月雫草。
泡花。
そして、白露花。
「こうして見ると、どれも綺麗ですね」
玲は一つずつ状態を確認していく。
異世界の植物。
当然、地球に存在する植物とは成分も性質も違う。
だからこそ、慎重に調べる必要がある。
「まずは少量から試してみよう」
玲は植物を傷つけないように処理しながら、香りや色、葉や花の状態を確認していく。
研究開発をしていた頃と同じように、一つずつ記録を取る。
「月雫草は香りが穏やかで、泡花は……」
玲の目が真剣になる。
「この成分、もしかしたら……」
いくつかの組み合わせを頭の中で考える。
薬として使える可能性。
そして――
「化粧品にも使えるかもしれない」
玲の表情がぱっと明るくなった。
化粧品の研究開発。
それは玲が日本で長年携わってきた仕事だった。
「せっかく異世界に来たんだもの。こっちの植物で、新しいものを作ってみたい」
玲は小さく笑う。
この世界で、自分にできること。
それを一つずつ見つけていく。
それが今の玲には楽しかった。
◇◇◇
「……少し休憩しようかな」
気がつけば、かなりの時間が経っていた。
玲は椅子に腰を下ろし、用意していたお茶を一口飲む。
「ふぅ……」
窓の外を見る。
青い空。
穏やかな風。
そこで、ふと昨日の森の光景が頭に浮かんだ。
「……」
足元がぐらついた瞬間。
『玲、危ない!』
レオンハルトの声。
そして――
腰に回された腕。
支えられた身体。
すぐ近くに感じた体温。
「……!」
玲は思わず頬に手を当てた。
「……近かった」
あの時は驚いて、それどころではなかった。
でも、今思い返すと――
レオンハルトの腕が腰に触れた感覚まで、妙にはっきり覚えている。
「……なんで思い出しちゃうの」
胸が、またドキドキしてきた。
「ただ助けてもらっただけなのに……」
玲はお茶を一口飲む。
けれど、顔の熱はなかなか引かなかった。
『玲』
「ひゃっ!」
突然、足元から声がして、玲は飛び上がる。
『どうしたの?』
「ア、アビー……」
『また顔赤いよ?』
「……!」
玲は慌てて顔を背ける。
「暑いだけ!」
『昨日も赤かったよ』
「……」
『レオンハルトに抱っこされたから?』
「ち、違う!」
玲の声が大きくなる。
アビーが首を傾げる。
『でも私も抱っこされたよ?』
「……え?」
『昨日、泥から助けてもらった時』
「あ……」
確かに。
レオンハルトはアビーも抱き上げていた。
『私も抱っこされたよ』
「……そうね」
『だから玲と私、おそろいだね!』
「……」
玲はしばらく黙り込んだ。
「……そういう問題じゃないの」
『え?』
「何でもない!」
玲は両手で顔を覆う。
『変なの』
アビーは不思議そうに玲を見つめる。
そこへ雷電が近づいてきた。
「ワン……」
『雷電もそう思うよね?』
「ワン」
「二人とも……!」
玲は思わず頭を抱えた。
「もう、この話は終わり!」
『はーい』
「ワン」
二匹は素直に返事をする。
けれど玲の胸の鼓動だけは、なかなか落ち着かなかった。
◇◇◇
しばらくして。
玲は再び作業台の前に戻った。
「……よし」
頬を軽く叩く。
「今は開発に集中!」
気持ちを切り替える。
月雫草。
泡花。
白露花。
三種類の植物を前に、玲は真剣な表情になった。
「まずは、それぞれの性質をきちんと確認しないと」
筆を手に取り、記録を続けていく。
研究者としての玲の顔が戻ってくる。
新しい植物。
新しい成分。
そして、この世界だからこそ作れる新しい化粧品。
「……楽しみ」
玲は小さく笑った。
けれど――
ふとした瞬間に、また昨日の腕の感触を思い出してしまう。
「……もう!」
玲は慌てて首を振った。
今は開発。
そう自分に言い聞かせながら、玲は再び研究に没頭していった。
――第53話 終――




