第51話 休日の薬草採取
数日後。
今日は、レオンハルトの休日。
「準備はできましたか?」
玄関ホールへ向かうと、すでにレオンハルトが待っていた。
「はい。雷電もアビーも準備できてます」
「ワン!」
『準備万端!』
二匹とも、いつもより少しそわそわしている。
今日は、アルベルト邸の図書室で見つけた植物を探しに行く日だ。
「では、こちらを」
出発しようとしたところで、執事がレオンハルトへバスケットを差し出した。
「これは?」
「本日の昼食でございます。外で召し上がれるよう、軽食をご用意いたしました」
「昼食……?」
玲がバスケットを覗き込む。
「もしかして……ピクニックですか?」
「採取場所によっては、昼を過ぎる可能性もあるからな」
レオンハルトが何でもないことのように答える。
玲は少しだけ目を丸くした。
「なるほど……」
薬草採取に行く。
そのつもりだった。
まさか、ピクニックまで用意されているとは思わなかった。
「そして、こちらはお二方の分でございます」
執事がもう一つ、小さなバスケットを差し出した。
『えっ!? 私たちのもあるの!?』
アビーの目が一気に輝く。
「ワン!」
雷電も尻尾を勢いよく振った。
「雷電とアビーの分まで?」
玲が驚く。
「はい。お二方にも楽しんでいただければと思いまして」
『やったー!』
アビーが嬉しそうに飛び跳ねる。
「アビー、まだ出発してないよ」
『だってお弁当だよ!』
「分かった分かった」
玲が笑う。
雷電は小さなバスケットをじっと見つめている。
「雷電、そんなに見ても今は食べられないよ」
「ワン……」
「ほら、しょんぼりしないの」
玲が雷電の頭を撫でる。
その様子を見ていたレオンハルトが、ふっと笑った。
「ずいぶん楽しみにしているようだな」
「二匹とも食べること大好きですから」
『玲もでしょ?』
「アビー?」
『だって玲も美味しいもの食べると嬉しそうだよ』
「……」
玲が固まる。
「そうなのか?」
「違います!」
『違わないよ』
「アビー!」
玄関ホールに笑い声が広がった。
執事も口元を緩めている。
「では、お気をつけていってらっしゃいませ」
「行ってきます」
「ワン!」
『行ってきまーす!』
◇◇◇
辺境の街を抜け、少し歩く。
今日の目的地は、森の手前にある草原だった。
図鑑によれば、月雫草は森の木陰に生えている。
その先には湿地帯があり、泡花も見つかる可能性があるらしい。
「まずは月雫草ですね」
「ああ」
玲は図鑑の写しを手に、辺りを見回す。
「白い小さな花で、葉は細長くて……」
『玲!』
「どうしたの?」
『あっち!』
アビーが勢いよく走り出した。
「あ、ちょっと!」
玲も慌てて後を追う。
「アビー、待って!」
『絶対こっちだよ!』
「まだ何も確認してないでしょ!」
『だって花の匂いがするもん!』
「え?」
玲が足を止める。
確かに。
ほんのり甘いような、爽やかな香りが風に乗っている。
「……本当に?」
『ほら!』
アビーが草むらの前で立ち止まった。
玲が近づいて、しゃがみ込む。
「……あ」
白い小さな花。
細長い葉。
図鑑の絵と見比べる。
「月雫草……!」
玲の顔がぱっと明るくなった。
「間違いない!」
『やった!』
「ワン!」
雷電も嬉しそうに鳴く。
「アビー、すごい!」
『えへへ。もっと褒めて』
「はいはい。偉い偉い」
『もっと!』
「調子に乗らないの」
玲は笑いながら、月雫草をじっくり観察する。
「根っこから全部採らないようにしないと」
「どうしてだ?」
「来年もここに咲いてほしいからです」
玲は必要な分だけ、慎重に採取していく。
「こうしておけば、また増えてくれるかもしれない」
「なるほど」
レオンハルトは感心したように頷いた。
「玲らしいな」
「え?」
「いや」
レオンハルトはそれ以上何も言わない。
「……?」
玲は首を傾げた。
けれど、なぜか少しだけ胸がくすぐったい。
◇◇◇
「次は泡花ですね」
月雫草を大切に包んだ玲は、図鑑を開く。
「湿地帯だから……この先かな」
「足元には気をつけろ」
「はい」
少し進むと、地面が湿ってきた。
「ここから先は気をつけないと」
『玲、こっち!』
「アビー、先に行かないで!」
『大丈夫だよ!』
「アビー!」
次の瞬間。
『わっ!』
ズルッ。
「アビー!?」
玲が慌てて駆け寄る。
アビーは幸い転んではいなかったが、前足が泥に少し埋まっている。
『……抜けない』
「もう!」
玲がしゃがもうとした、その時。
「玲、動くな」
「え?」
レオンハルトが先にアビーを抱き上げた。
『あ、ありがとう』
「どういたしまして」
アビーを安全な場所へ降ろす。
「玲も足元には気をつけろ」
「はい……」
玲が立ち上がった瞬間、足元がぐらりとした。
「きゃっ」
身体が傾く。
「危ない!」
レオンハルトの腕が玲の腰を支えた。
「……!」
一瞬。
玲の身体が、レオンハルトの胸元に近づく。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です!」
慌てて離れる玲。
「ありがとうございます……」
「無理をするな」
「はい……」
玲の頬が少し熱い。
アビーが二人を見上げる。
『玲、顔赤いよ?』
「アビー!」
『だって――』
「何でもない!」
「……?」
レオンハルトだけが、何が何だか分からない顔をしている。
玲は誤魔化すように図鑑を開いた。
「ほ、ほら! 泡花を探しましょう!」
『はーい』
アビーは何か言いたそうだったが、玲の顔を見て黙った。
雷電はそんな二人を見ながら、
「ワン……」
と小さく鳴いた。
◇◇◇
「あった!」
しばらく探したところで、玲が声を上げた。
湿った土の近くに、黄色い小さな花が咲いている。
「これが泡花……」
玲は慎重に葉と茎を確認する。
「間違いない」
月雫草に続いて、二種類目。
「よし!」
玲は嬉しそうに採取する。
『あと一個だね!』
「そう。白露花」
「白露花はどこにある?」
「えっと……森の中でも、日当たりのいい場所に――」
『あっち!』
「また?」
『今度は絶対!』
「アビー……」
玲が苦笑する。
「今度はゆっくり案内してね」
『分かった!』
アビーが胸を張る。
雷電も、
「ワン!」
と鳴いた。
「雷電も行く気満々だね」
玲は笑った。
こうして一行は、三種類目の植物――白露花を探して、森へと足を踏み入れていった。
そして。
少し離れた場所では、執事が用意してくれた昼食のバスケットが、出番を今か今かと待っていた。
――第51話 終――




