50話 後編 アルベルト邸の図書室
翌朝。
「アルベルト様のところへ行ってきますね」
朝食を終えた玲は、レオンハルトにそう告げた。
「図書室へ行くのか?」
「はい。昨日話していたシャンプーの材料を探してみようと思って」
「そうか。俺も行こう」
「え?」
玲は少し驚いた。
「今日はお仕事、お休みなんですか?」
「ああ。久しぶりに休みを取った」
「そうだったんですね」
玲はちらりと雷電を見る。
その隣には、もちろんアビーもいる。
『みんなでお出かけだね!』
「……アビー、図書室だからね?」
『分かってるよ。静かにする!』
「本当かなぁ……」
『するってば!』
玲が苦笑すると、レオンハルトも小さく笑った。
◇◇◇
アルベルト邸に到着すると、アルベルトとエレノアが出迎えてくれた。
「玲、いらっしゃい」
「アルベルト様、エレノア様。突然すみません」
「気にするな。図書室を使いたいのだろう?」
「はい。薬草や植物について調べたいんです」
「好きなだけ使うといい」
「ありがとうございます!」
玲の顔がぱっと明るくなる。
エレノアがそんな玲を見て、微笑んだ。
「玲ちゃんがそんなに楽しそうにしていると、こちらまで嬉しくなるわ」
「だって、異世界の植物って気になるじゃないですか」
「ふふ。確かにそうね」
その足元では、雷電が尻尾を振っている。
「ワン」
『雷電も楽しみだって』
「まあ、雷電も?」
「ワン!」
そしてアビーが胸を張る。
『私も!』
「アビーは……」
玲が何か言う前に、エレノアが笑った。
「アビーも楽しそうね」
『うん! 図鑑って面白そう!』
「……本当に分かってるのかな」
『分かってるよ!』
レオンハルトが呆れたようにアビーを見る。
「図書室では静かにな」
『分かってるってば!』
「……」
玲は思わず笑った。
◇◇◇
図書室。
そこには、壁一面に本が並んでいた。
「……すごい」
玲は目を輝かせる。
薬草。
植物。
香草。
染料。
毒草。
薬師が使う植物について書かれた本まである。
「これなら何か見つかりそう!」
玲はさっそく本を取り出した。
レオンハルトは少し離れた場所で、そんな玲を見守っている。
雷電は玲の足元。
そしてアビーは――。
『玲、これ何?』
「植物図鑑」
『それは分かるよ』
「じゃあ聞かないでよ」
『だっていっぱいあるんだもん』
「はいはい」
玲はページをめくる。
「これは……薬草」
別のページ。
「これは食用……」
さらにページをめくる。
「こっちは染料に使うのか」
知れば知るほど面白い。
現代には存在しない植物。
見たことのない花。
知らない性質。
玲の研究者魂が刺激されていく。
「……あ」
玲の手が止まった。
「これ……」
そこに描かれていたのは、白い小さな花だった。
花びらの先に、細かな水滴のようなものが描かれている。
「月雫草……」
説明を読む。
――花と葉を煮出したものは、昔から髪の手入れに使われている。
「……髪の手入れ?」
玲の目が輝いた。
『シャンプー?』
「そう!」
玲はさらに読み進める。
月雫草は香りも穏やかで、乾燥させたものを薬湯などに利用することもあるらしい。
「でも、これだけじゃ洗浄力が足りないよね……」
玲は呟きながらページをめくる。
すると――。
「……あった」
今度は、黄色い花の絵。
「泡花……?」
花ではなく、葉と茎を煮出した液に泡が立つらしい。
「サポニンみたいな成分があるのかな?」
玲の目が完全に研究者の目になる。
「泡が立つなら、洗浄成分として使えるかもしれない」
『それってシャンプーにできる?』
「まだ分からない」
玲は首を傾げる。
「でも、可能性はある」
さらにページをめくる。
そこには、薄紫色の花が描かれていた。
「白露花……」
香りが良く、頭皮を健やかに保つ性質がある。
「これも……」
玲は三つの植物を見比べた。
泡花。
月雫草。
白露花。
「……これ、組み合わせたら……」
玲の頭の中で、配合が組み上がっていく。
泡立ち。
髪の手入れ。
香り。
そして頭皮への優しさ。
「できるかもしれない」
「何が?」
いつの間にか近くに来ていたレオンハルトが尋ねる。
「シャンプーです!」
玲は本を指差した。
「この三つの植物を使えば、聖心力なしでも作れるかもしれません」
「そんなに簡単にいくものなのか?」
「もちろん、簡単じゃないですよ」
玲は笑った。
「植物の成分を調べて、どのくらい使うのがいいか試して……たぶん、何回も失敗します」
「それでも?」
「それでもです」
玲は楽しそうだった。
「だって、こういうのを考えるのが仕事でしたから」
レオンハルトは玲の顔を見つめる。
普段の玲とは少し違う。
目を輝かせ、頭の中で次々と可能性を組み立てている。
「……楽しそうだな」
「はい!」
玲は即答した。
「すごく楽しいです」
その言葉に、レオンハルトの口元がわずかに緩んだ。
◇◇◇
「じゃあ、採取できる場所を調べないと」
玲は別の本を開いた。
「泡花は湿地帯……月雫草は森の木陰……白露花は……」
ページをめくる。
「辺境の近くにもある!」
「本当か?」
「はい!」
玲は嬉しそうに本を閉じた。
「採りに行けるかもしれません」
「次の休みにでも行ってみるか?」
レオンハルトが言った。
「いいんですか?」
「ああ。俺も一緒に行こう」
「ありがとうございます!」
玲の顔がぱっと明るくなる。
『私も行く!』
アビーが元気よく手を上げる。
「もちろんアビーも一緒ね」
『やった!』
「ワン!」
雷電も尻尾を振る。
「雷電も行きたいって」
「……二匹とも、採取の邪魔をするなよ」
『しないよ!』
「ワン!」
「本当かなぁ……」
玲が笑う。
「じゃあ、次のお休みに採取に行きましょう」
『楽しみ!』
「ワン!」
二匹も嬉しそうだ。
玲はもう一度、植物図鑑に描かれた三種類の植物を見つめた。
泡花。
月雫草。
白露花。
この世界にある植物と、自分が持つ知識。
聖心力に頼らず、それだけでシャンプーを作る。
まだ本当にできるかは分からない。
それでも――。
「……楽しみだな」
玲は小さく呟いた。
こうして次の休みに、三種類の植物を探しに行くことが決まった。
新しいシャンプー作りへの第一歩は、もう始まっている。
玲は植物図鑑を大切に閉じ、レオンハルトたちとともにアルベルト邸を後にした。
――第50話 後編・終――




