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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第50話 前編 レオンハルト邸での新生活

レオンハルト邸で暮らし始めて、数日。


 玲は少しずつ、新しい生活に慣れ始めていた。


 朝は今までと変わらない。


 早起きをして、雷電とアビーと過ごす。


 ただ、以前と違うのは――。


「おはようございます、玲様」


「おはようございます」


 部屋を出れば、使用人たちが笑顔で挨拶をしてくれること。


 そして。


「玲、おはよう」


「……おはようございます」


 朝食の席には、レオンハルトがいる。


(……まだ慣れない)


 婚約者なのだから、一緒に食事をするのは当然なのだろう。


 頭では分かっている。


 でも、今まで一人と二匹で気楽に暮らしていた玲にとっては、何とも落ち着かない。


「よく眠れたか?」


「はい。ぐっすりです」


「それならよかった」


 レオンハルトはそれだけ言うと、いつも通り食事を始める。


(……普通だ)


 玲だけが妙に意識しているようで、なんだか悔しい。


 そんな玲の足元では――。


「ワン」


 雷電が静かに鳴いた。


「雷電、どうしたの?」


「ワン」


「……朝ごはん?」


「ワン!」


「ふふ。ちゃんと用意してもらってるよ」


 玲が笑う。


 すると、向かいに座るレオンハルトも小さく笑った。


「雷電は相変わらずだな」


「そうなんですよ」


 そんな何気ない会話にも、玲は少しずつ慣れてきていた。


     ◇◇◇


「玲様、本日はどちらへ?」


 朝食を終え、玲が外へ出ようとすると、侍女が声をかけてきた。


「離れです。パール化粧品の作業をしようと思って」


「承知いたしました」


「今日は石鹸の改良をする予定なんです」


「まあ。新しい商品でしょうか?」


「まだ試作段階ですけどね」


 玲が笑う。


 以前まで暮らしていた離れは、今ではすっかり作業場になっている。


 生活に必要なものは本宅へ移したけれど、研究道具や材料はそのまま残してある。


 玲にとっては、今までと変わらず落ち着いて作業できる場所だった。


「じゃあ、行ってきます」


「お気をつけて」


 玲が歩き出す。


 その後ろを雷電がついていく。


 そして――。


『玲、待って』


「ん?」


 アビーの声。


 振り返ると、アビーが玲を見上げている。


『私も行く』


「アビーも?」


『もちろん』


「じゃあ、一緒に行こうか」


『うん!』


 アビーが嬉しそうに尻尾を振った。


 その様子を見ていた使用人が、微笑ましそうに笑う。


「アビーもすっかり屋敷に慣れましたね」


『そうなの! この屋敷、探検するところがいっぱいあるんだよ』


「……アビー?」


 玲が振り返る。


 アビーは使用人に向かって、堂々と答えていた。


「玲様、アビーが『この屋敷は探検するところがいっぱいある』と申しております」


「いや、聞こえてますよね?」


「はい」


『だって普通に聞こえるもんね』


「……そうだった」


 玲は苦笑した。


 辺境に来てからというもの、アビーの声は玲だけでなく、周囲の人間にも普通に聞こえる。


 最初の頃は大騒ぎになった。


 今では――。


「アビー、今日は離れへ行くんですよ」


『分かってるよ』


「でしたら、こちらへ」


『はーい』


 使用人と普通に会話している。


(慣れるの早いなぁ……)


 玲は感心するやら、呆れるやら。


 そんな時だった。


「玲様!」


 別の使用人が慌てた様子で走ってきた。


「どうしました?」


「アビーが……!」


「アビー?」


 玲が辺りを見回す。


 いない。


「さっきまでここにいたんですけど……」


『ここだよー!』


「え?」


 声のする方を見る。


 廊下の先。


 そこには――。


 開け放たれた扉。


 そして、その向こうからアビーがひょこっと顔を出した。


「アビー!」


『ここ、何のお部屋?』


「勝手に入っちゃダメでしょ!」


『だって気になったんだもん』


「……」


 玲が部屋の中を見る。


 どうやら使用人が備品を整理している部屋らしい。


「アビー、戻っておいで」


『はーい』


 とことこと戻ってくるアビー。


 使用人がほっと息を吐く。


「申し訳ありません、玲様。私が目を離したばかりに……」


「いえいえ。アビーが勝手に入っただけなので」


『だって、あの箱の中身が気になったんだもん』


「アビー!」


『なに?』


「余計なこと言わないの!」


 玲が抱き上げる。


 するとアビーが不満そうに、


『だって気になるじゃん』


「もう……」


 その様子を見ていた使用人たちが、くすくすと笑った。


「アビーは本当に好奇心旺盛ですね」


「そうなんです……」


『褒められた!』


「褒めてないよ」


『えー』


 玲はため息をつく。


 その横では雷電が、


「ワン」


 と一声。


「雷電まで……」


『雷電が「アビーはいつもそうだ」って』


「雷電、余計なこと言わなくていいから」


「ワン」


 今度は使用人たちが笑い出した。


「賑やかになりましたね」


「……本当に」


 玲もつられて笑ってしまう。


 いつの間にか。


 この屋敷で、雷電とアビーの存在が当たり前になっている。


 それが、なんだか嬉しかった。


     ◇◇◇


 離れに到着すると、玲は作業台へ向かった。


「さて……今日も頑張りますか」


 石鹸の試作品を並べる。


 その横では、雷電がいつもの場所に丸くなった。


 アビーは――。


『玲、これ何?』


「それは石鹸を作る材料」


『こっちは?』


「それはまだ触っちゃダメ」


『なんで?』


「危ないから」


『じゃあ、これは?』


「アビー……」


『はい』


「質問は一個ずつね」


『はーい』


 玲は思わず笑った。


 以前の離れとは違う。


 ここはもう、玲が暮らす場所ではない。


 けれど――。


 研究者として過ごすには、今まで以上に居心地がいい。


 生活は本宅。


 仕事は離れ。


 そして、そこにはいつも雷電とアビーがいる。


「……これも悪くないかも」


 玲が小さく呟く。


 その時、ふと頭に浮かんだ。


 石鹸。


 化粧水。


 そして――。


「……シャンプー」


『シャンプー?』


「うん」


 玲は作業台に置かれた石鹸を見つめる。


「聖心力を使ったシャンプーは作れる。でも……」


 玲は少し考える。


「普通の材料だけで作れるシャンプーも、作ってみたい」


『また新しいの作るの?』


「そう」


 玲の目が、研究者のそれに変わっていく。


「この世界に、髪に使える植物や薬草があるかもしれない」


『じゃあ、探せばいいじゃん』


「……そうだね」


 玲は顔を上げた。


「そういえば……」


 玲の頭に、ある場所が浮かんだ。


「アルベルト様の屋敷の図書室」


 あそこなら、薬草や植物について書かれた本があるかもしれない。


「よし」


 玲は立ち上がった。


「明日は図書室を借りて、調べてみよう」


『新しい植物探すの?』


「うん。シャンプーに使えるものがないか探してみる」


『楽しそう!』


「雷電も行く?」


「ワン!」


 雷電が顔を上げた。


「ふふ。じゃあ、明日はみんなでアルベルト様のところへ行こうか」


 玲は笑った。


 まだ知らない。


 この世界には、玲がこれまで見たこともない植物が存在することを。


 そして――。


 その中に、シャンプー作りの可能性を秘めた植物があることを。


 新しい発見への一歩が、今、始まろうとしていた。


――第50話・前編 終――

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