第47話 辺境での婚約披露宴
レオンハルトとの婚約が決まってから、一週間。
「……本当に、今日なんですね」
玲は鏡の前で、少し落ち着かない様子で呟いた。
「ええ。婚約披露宴ですもの」
隣では、エレノアが楽しそうに微笑んでいる。
「でも、準備期間が一週間しかないのに……」
「大丈夫ですわ」
エレノアがそう言うと、侍女たちが一着のドレスを運んできた。
「え……?」
玲は目を丸くする。
淡い色合いの生地に、繊細な刺繍が施されたドレス。
華やかではあるけれど、派手すぎない。
「綺麗……」
「実は以前から用意していたのです」
「え?」
「玲さんに、いつか夜会に出ていただくことがあれば着てほしいと思って」
エレノアが優しく笑った。
「まさか、こんなに早く出番が来るとは思いませんでしたけれど」
「エレノア様……」
玲はドレスを見つめる。
「ありがとうございます。すごく嬉しいです」
「ふふ。さあ、着てみましょう」
◇◇◇
「玲様、こちらを少し締めますね」
「はい」
侍女たちに手伝ってもらいながら、玲はドレスに着替えていく。
腰回りを整えていた侍女が、ふと手を止めた。
「……まあ」
「どうしました?」
「玲様、本当に腰がお細いですわ」
「え?」
「これならコルセットは必要ありませんね」
「そうなんですか?」
「ええ。むしろ、そのままの方がドレスの形が綺麗に出ます」
「……なんか、恥ずかしいです」
玲が照れていると、今度は化粧を担当していた侍女が声を上げた。
「まあ……玲様、お肌がとてもお綺麗ですわ」
「そうですか?」
「ええ。とても滑らかで……」
「本当ですわ!」
別の侍女まで覗き込む。
「これはメイクのしがいがありますわね」
「そんなに見ないでください……」
玲は苦笑した。
(毎日ちゃんとお手入れしてて良かった……)
玲が愛用しているのは、もちろんパール化粧品。
石鹸で肌を整え、化粧水や乳液で丁寧に手入れしている。
けれど――。
玲自身がパール化粧品の開発に関わっていることは、まだ秘密だ。
「玲様、完成です」
「……わぁ」
鏡に映った自分を見て、玲は思わず声を漏らした。
普段とは違う。
ドレスも、髪も、化粧も。
「これ……私?」
「とてもお綺麗ですわ」
「ありがとうございます」
玲は照れくさそうに笑った。
◇◇◇
その頃。
「団長、そろそろ時間ですよ」
「ああ」
グレンの声に、レオンハルトが立ち上がる。
金色の髪を整え、正装に身を包んだ姿は、普段の騎士服姿とはまた違っていた。
「今日は随分と雰囲気が違いますね」
「そうか?」
「ええ」
グレンが笑う。
「玲様が見たら、きっと喜ばれますよ」
「……そうか」
レオンハルトの口元が、ほんの少し緩んだ。
「グレン、レオンハルト様のお顔が緩んでいますわよ」
グレイスが楽しそうに言う。
「グレイス」
「ふふ。婚約披露宴ですもの。少しくらい浮かれてもよろしいのでは?」
「……浮かれてはいない」
「そういうことにしておきましょうか」
「グレイス……」
レオンハルトが苦笑する。
グレンも肩を揺らした。
「では、そろそろ参りましょう」
「ああ」
◇◇◇
そして――。
披露宴会場。
玲が姿を現した瞬間。
「……」
レオンハルトが固まった。
「レオンハルト?」
「ああ……」
「どうしました?」
レオンハルトは玲を見つめたまま、しばらく言葉を探す。
「……綺麗だ」
「……!」
玲の頬が一気に赤くなる。
「もう……急に言わないでください」
「思ったことを言っただけだ」
「それが恥ずかしいんです!」
玲は慌てて視線を逸らした。
けれど――。
今度は玲がレオンハルトを見る。
金色の髪。
整った顔立ち。
普段とは違う正装姿。
「……レオンハルトも、かっこいいです」
「そうか」
レオンハルトが微笑む。
玲はその顔を見て、胸が小さく跳ねるのを感じた。
(……やっぱり、かっこいい)
初めて会った時から、ずっと思っていた。
どこか誰かに似ているような気がする。
その雰囲気が、玲の好みだった。
「玲?」
「えっ?」
「どうした?」
「な、何でもないです!」
玲は慌てて前を向いた。
その足元から――。
「ワン!」
「雷電?」
雷電が大きく尻尾を振っている。
その隣には、可愛らしく飾りつけてもらったアビー。
『玲、顔赤いよ』
「アビー!」
『レオンハルトのこと、好きなんでしょ?』
「ちょっと!」
玲が真っ赤になる。
「ワン!」
「雷電まで!」
雷電が、まるで同意するようにもう一度大きく吠えた。
レオンハルトは二匹と玲を見て、楽しそうに笑っている。
「……何なんですか、もう!」
◇◇◇
「玲さん、とてもお似合いですわ」
エレノアが玲のもとへやって来る。
「ありがとうございます、エレノア様。ドレスも本当にありがとうございました」
「喜んでいただけて良かったですわ」
そこへアルベルトもやって来た。
「玲、よく似合っているぞ」
「ありがとうございます、アルベルト様」
「レオンハルトも、今日は随分と立派ではないか」
「ありがとうございます、アルベルト様」
「ふふ」
エレノアが二人を見比べる。
「本当にお似合いですわね」
「……ありがとうございます」
玲は照れながら頭を下げた。
その少し離れたところでは、グレンとグレイスが二人を見ていた。
「団長も、こうして見ると随分と嬉しそうですね」
グレンが呟く。
「ええ。玲さんが隣にいると、表情が柔らかくなりますもの」
グレイスも微笑む。
「普段からあれくらい柔らかければいいんですが」
「グレン」
「はい?」
「聞こえているぞ」
「……失礼しました」
グレンが苦笑する。
その横でグレイスが小さく笑った。
◇◇◇
「玲様!」
「あ、セドリックさん、マリアさん!」
パール化粧品店を任せている二人も、今日は正装して参加していた。
「ご婚約、本当におめでとうございます」
「ありがとうございます」
玲が嬉しそうに笑う。
「玲様、今日はいつも以上にお綺麗です」
「本当ですよ」
マリアに続いてセドリックも頷く。
「ありがとうございます。でも、なんだか今日はずっと見られている気がします……」
「それは仕方ありませんよ」
セドリックが笑う。
「今日は玲様が主役ですから」
「……そうでした」
玲は苦笑した。
セドリックとマリアは、玲がパール化粧品の開発者であることを知っている。
けれど、二人ともその秘密を口にすることはない。
今日もただ、玲の婚約者としての晴れ姿を祝うためにここにいる。
◇◇◇
披露宴が進むにつれ、玲の周りには少しずつ人が集まってきた。
「玲様、お肌がとてもお綺麗ですわね」
「ありがとうございます」
「何か特別なお手入れをされているのですか?」
玲は少し考えてから答えた。
「パール化粧品を使っているんです」
「まあ!」
「やはり、そうなのですね!」
「私も最近使い始めましたの」
「私もですわ」
令嬢たちは楽しそうに話している。
「どの商品がおすすめですの?」
「えっと……」
玲は少し困ったように笑った。
「私は化粧水を使っていますけど……肌質によって合うものも違うと思うので、セドリックさんかマリアさんに相談してみてください」
「まあ、それなら後でお店にも伺ってみますわ!」
「ぜひ!」
玲は笑顔で答えた。
自分が作っていることは、まだ言わない。
今はただ、一人の愛用者として振る舞う。
セドリックとマリアも、何も言わずに微笑んでいた。
◇◇◇
やがて、婚約披露宴も終盤に差しかかった。
玲はレオンハルトの隣で、会場を見渡す。
たくさんの人が、自分たちの婚約を祝ってくれている。
少し前まで、こんな未来が来るなんて思っていなかった。
王城で毒を盛られ、命からがら逃げ出した。
それから辺境へ来て。
雷電とアビーと暮らして。
たくさんの人に出会って。
今では――。
「玲」
「はい?」
「疲れていないか?」
レオンハルトが心配そうに尋ねる。
「大丈夫です」
玲は笑った。
「それに……嬉しいです」
「そうか」
「はい」
玲はレオンハルトを見上げる。
「婚約して良かったなって、今思ってます」
レオンハルトの目が少しだけ細められる。
「ああ。俺もだ」
玲は照れながら笑った。
◇◇◇
華やかな婚約披露宴は、無事に終わった。
「……終わったぁ」
玲が小さく息を吐く。
『お疲れ様』
「アビーも疲れた?」
『ちょっとね』
「ワン」
「雷電もお疲れ様」
玲が二匹を撫でる。
少し離れたところでは、アルベルトとエレノア、グレンとグレイス、セドリックとマリアが談笑している。
玲はその光景を見て、自然と笑顔になった。
こんなふうに自分の婚約を喜んでくれる人がいる。
それが、とても嬉しかった。
「玲」
レオンハルトが声をかける。
「はい?」
「三ヶ月後だな」
「……結婚式」
「ああ」
「結婚式は、今日みたいに大勢の人を呼ばないんですよね?」
「そのつもりだ」
レオンハルトが頷く。
「教会で、近しい者だけを呼ぶ」
「……うん」
玲も頷いた。
「その方がいいです」
今日のような華やかな婚約披露宴も素敵だった。
でも――。
三ヶ月後は、大切な人たちだけに囲まれて静かに結婚したい。
玲は、そう思った。
その時の玲はまだ知らない。
パール化粧品の評判が、少しずつ辺境の外へ広がっていることも。
自分がその化粧品を作っていることを、いずれ誰かが知ることになることも。
そして、その噂がいつか王都へ届く可能性があることも。
けれど――。
その時には、もう遅い。
三ヶ月後。
玲はレオンハルトと夫婦になる。
その日までに、二人の距離はさらに縮まっていくことになる。
「帰ろう、玲」
「はい!」
玲はレオンハルトの隣に並んだ。
雷電とアビーも二人の後をついていく。
こうして、二人の婚約披露宴は幕を閉じた。
#__i_bcf359f7__#
――第47話 終――




