第45話 突然のプロポーズ…そして
その日の午後。
玲はいつものように作業部屋で、商品の試作品を確認していた。
「うーん……もう少しだけ調整した方がいいかな」
瓶を傾けながら考えていると、扉がノックされた。
「玲、少し話がある」
「レオンハルト?」
「入ってもいいか?」
「どうぞ」
扉が開き、レオンハルトが入ってくる。
玲はてっきり、商品開発について何か話があるのだと思った。
「何かありました?」
「いや……」
レオンハルトが珍しく言葉を濁した。
「?」
玲が首を傾げる。
「少し、聞いてほしい」
「はい」
レオンハルトは玲の前に立つと、真っ直ぐに玲を見つめた。
「俺と結婚してほしい」
「…………え?」
玲の思考が止まった。
「……けっこん?」
「ああ」
「私と?」
「ああ」
「レオンハルトが?」
「ああ」
「…………」
玲は完全に固まった。
しばらくして、ようやく頭が動き始める。
(……え?)
(何で?)
(何で急に結婚?)
「……あの」
「驚くのは分かっている」
「ですよね」
レオンハルトは一度息を吐いてから、静かに話し始めた。
「今日、アルベルト様たちと話をした」
「今日……?」
玲が首を傾げる。
「パール化粧品の噂が王都まで届いた」
「あ……」
最近、商業ギルドからも商品の販路について相談されることが増えている。
玲自身も、パール化粧品が辺境だけの商品ではなくなりつつあることは感じていた。
「商品が広がれば、いずれ誰が作っているのか調べる者が出てくる」
レオンハルトの表情が真剣になる。
「玲の名前を伏せていても、いつまでも隠し通せるとは限らない」
「……」
「王都に玲の存在が知られれば、王家が動く可能性がある」
「王家……」
その言葉に、玲の胸が少しだけ痛んだ。
王城。
毒を盛られた食事。
あの場所から逃げ出した日のこと。
玲は今でも、王家が自分を殺そうとしたのだと思っている。
「だから俺は、玲を守りたい」
レオンハルトが言った。
「俺の妻になれば、少なくとも簡単には玲に手を出せなくなる」
「……」
「もちろん、それだけが理由じゃない」
玲が顔を上げる。
レオンハルトは玲を真っ直ぐ見つめた。
「俺自身が、玲と一緒にいたいと思っている」
「……」
玲の心臓が、ドクンと鳴った。
そして、ふと初めてレオンハルトに会った時のことを思い出した。
長身で、鍛えられた身体。
凛々しい顔立ち。
どこか大人の色気を感じさせる雰囲気。
初めて会った時から、ずっと思っていた。
――誰かに似ている。
でも、誰なのか思い出せなかった。
(……あ)
今になって、玲は気づいた。
(私……こういう人、好きだったんだ)
自分でも少し驚く。
けれど、考えてみれば納得できた。
見た目だけではない。
この辺境に来てから、レオンハルトがどれだけ自分を気にかけてくれたか。
危険があれば守ってくれた。
無理をすれば心配してくれた。
玲のやりたいことを否定せず、いつも見守ってくれた。
(……だから、嫌じゃないのかな)
むしろ。
嫌どころか――。
「玲?」
「……あ、はい」
レオンハルトの声で我に返る。
「大丈夫か?」
「大丈夫……です」
玲は慌てて頷いた。
「ただ……」
玲は少しだけ視線を落とした。
「結婚って、ちゃんと考えたことがなくて」
「ああ」
「私、日本にいた時も仕事ばっかりで……雷電とアビーと暮らして、それで十分楽しかったから」
足元を見る。
雷電が玲を見上げている。
「ワン」
「……うん。雷電もそう思うよね」
玲は少し笑った。
けれど、すぐに表情を戻す。
「こっちに来てからも、最初は何も分からなくて……王城では毒まで盛られて」
声が少し震えた。
「もう、あそこには戻りたくない」
「戻さない」
レオンハルトの返事は迷いがなかった。
「玲が望まない限り、俺が守る」
「……」
その言葉が、胸に響いた。
玲は辺境で過ごした日々を思い返す。
アルベルト。
エレノア。
グレン。
グレイス。
そして、レオンハルト。
みんなが玲を受け入れてくれた。
やりたいことをやらせてくれた。
危険があれば守ってくれた。
そして何より――。
「私、この辺境での暮らし……好きなんだよね」
玲はぽつりと呟いた。
ここには、玲の居場所がある。
雷電とアビーと暮らす家。
商品を作る時間。
研究する楽しさ。
そして――レオンハルトがいる。
(私……ここにいたいんだ)
そう思った。
レオンハルトと一緒にいることを想像しても、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
むしろ、胸の奥が温かくなる。
「……少し、考える時間をもらってもいいですか?」
「ああ」
レオンハルトはすぐに頷いた。
「急がなくていい」
「ありがとうございます」
玲は小さく笑った。
レオンハルトが部屋を出ていく。
扉が閉まったあと。
「…………結婚かぁ」
玲は一人、ぽつりと呟いた。
すると足元から、アビーの声がした。
『玲』
「ん?」
『好きでしょ? レオンハルトのこと』
「…………」
玲の動きが止まる。
「な、何言ってるのよ、アビー」
『だって、レオンハルトの話をする時、玲ちょっと嬉しそうだもん』
「そ、そんなこと……」
否定しようとした、その時――。
「ワオォンッ!!」
雷電が、まるでアビーに同意するように大きく吠えた。
「ちょっと、雷電まで!」
玲は真っ赤になって、二匹を見る。
『ほら』
「ほらじゃない!」
玲の声が作業部屋に響く。
けれど。
胸の奥では、アビーの言葉がいつまでも消えなかった。
――好き。
その言葉を、玲はまだ素直に認められずにいた。
けれど。
しばらくして、玲はふっと笑った。
「……私、ここにいたいんだ」
この辺境で。
雷電とアビーと一緒に。
そして――。
「レオンハルトと……一緒にいたい」
口にした瞬間、また頬が熱くなった。
「……もう。明日、ちゃんと返事しよう」
玲はそう呟き、二匹を見た。
『うん』
「ワン!」
二匹の返事に、玲は小さく笑った。
明日。
レオンハルトに、自分の答えを伝えよう。
――第45話 終――




