第44話 玲を守るために
パール化粧品の噂が王都まで届いた。
その報告を受けた数日後。
辺境伯邸の一室に、アルベルト、エレノア、グレイス、レオンハルト、グレンが集まっていた。
「思ったより早かったな」
アルベルトが難しい顔で呟く。
「商業ギルドから聞いた話では、辺境の外へ商品が出始めたのが原因かと」
グレンが答える。
「お茶会でも、パール化粧品の話題が増えていますわ」
エレノアが静かに続けた。
「王都から来た商人の方からも、最近その名前を聞くようになったと伺いました」
「王都でも、か」
アルベルトの表情が険しくなる。
「ええ。まだ『辺境で評判の化粧品』という程度の話ですけれど」
「それなら、まだいい」
アルベルトは少しだけ息を吐いた。
「玲の名前は?」
「今のところ、出ていません」
グレンが答えた。
「パール化粧品という名前だけです」
「それなら今後も、玲の名前は出さないようにする」
「もちろんです」
グレンが頷く。
「商業ギルドにも、そのように伝えてあります」
「私も、お茶会では十分気をつけますわ」
エレノアが頷いた。
「グレイスにも頼む」
「はい」
グレイスも真剣な顔で頷く。
「玲が作っていることは、私からは絶対に言いません」
「助かる」
アルベルトが頷いた。
だが――。
レオンハルトは黙ったままだった。
「レオンハルト様?」
グレイスが声をかける。
「……名前を隠すだけで、いつまで持つ?」
低い声だった。
「え?」
「商品が広がれば、必ず調べる人間が出てくる」
レオンハルトは机の上に視線を落とした。
「誰が作ったのか」
「どこで作っているのか」
「どうやって、これほどのものを作ったのか」
「調べようとする者は出てくるだろう」
部屋が静かになった。
「……確かに」
グレンも頷いた。
「今はまだ、辺境で作られた化粧品というだけだ。しかし、王都でさらに評判になれば……」
「玲の存在に辿り着かれる可能性はある」
レオンハルトが言葉を続ける。
エレノアが眉を寄せた。
「それは……避けたいですわね」
「ああ」
アルベルトも頷く。
売れること自体は悪いことではない。
玲が作った商品が評価されているのは、誰もが嬉しく思っている。
だが。
玲には、この世界では説明のつかないものが多すぎる。
異世界通販。
スマホ。
何でも収納できるマジックバッグ。
そして――治癒能力。
魔物との戦いで怪我をした騎士を、玲は二度も治している。
「それだけじゃない」
グレンが口を開いた。
「玲の治癒能力……あれは普通じゃない」
「ええ」
グレイスも頷く。
「私もそう思います」
アルベルトは全員の顔を見回した。
「そして、聖心力……か」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
玲自身は、自分を聖女だとは思っていない。
王城で聖女として扱われていたのは愛莉だった。
玲は王城で無視され、最後には毒まで盛られた。
そのため、自分が聖女かもしれないなどとは考えていない。
けれど。
辺境で起きたことを考えれば――。
「俺は、玲が本物の聖女だと思っている」
レオンハルトがはっきりと言った。
「私も」
グレイスが続く。
「私もそう思いますわ」
エレノアも静かに頷いた。
グレンも否定しない。
「問題は、玲自身がそれを認めていないことだな」
アルベルトが言った。
「……そうですね」
レオンハルトが答える。
玲は聖女という存在を否定しているわけではない。
ただ、自分とは関係のないものだと思っている。
王城では愛莉が聖女として扱われていた。
その一方で、玲は必要とされなかった。
だからこそ、玲は自分が聖女だとは思っていない。
「もし王都が玲の存在に気づいたら……」
グレイスが不安そうに呟く。
「王家が動く可能性がありますわ」
エレノアが続けた。
「玲を王都へ呼び戻そうとするかもしれません」
「……させません」
レオンハルトの声が低くなる。
「玲は渡さない」
グレンがレオンハルトを見る。
「お前一人で、王家相手にどうにかできるか?」
「……」
レオンハルトが黙る。
騎士団長として。
伯爵として。
そして侯爵家の次男として。
それなりの力はある。
だが、相手が王家となれば話は別だ。
「玲を守るだけなら、今まで通りでもいい」
アルベルトが言った。
「だが、王家が関わってくるなら、それだけでは足りない」
「では、どうする?」
グレンが尋ねる。
「玲をどこかに隠す?」
「それではパール化粧品が広がるほど、逆に不自然になりますわ」
エレノアが答える。
「玲が表に出ず、商品だけが広がる。調べる者がいれば、余計に気になるでしょう」
「別の街へ移すのも難しいだろうな」
アルベルトが続ける。
「玲は商品開発を続けるだろう」
「はい」
レオンハルトが即答した。
「玲は、あれをやめる気はないでしょう」
グレンが苦笑する。
「研究を取り上げたら、それこそ本人が大人しくしないだろうな」
「目に浮かぶわ」
グレイスも苦笑した。
しばらく沈黙が続いた。
そして。
アルベルトが、ふと思いついたように口を開いた。
「……だったら」
「?」
全員の視線が集まる。
「君たち、いっそのこと結婚してしまえばいい」
「…………」
空気が止まった。
「……は?」
レオンハルトが固まる。
グレンも目を瞬かせた。
グレイスは驚いた顔をしたものの、すぐにレオンハルトへ視線を向けた。
エレノアだけが、少し考えるように目を細める。
「アルベルト様」
「なんだ?」
「それは……確かに一番確実かもしれませんわ」
「だろう?」
「ちょっと待ってください」
レオンハルトがようやく口を開いた。
「なぜ、そこで結婚になるんです?」
「お前が玲を守ればいい」
「それは今でも――」
「今までと、結婚した後では意味が違う」
アルベルトは真剣だった。
「玲が伯爵であるお前の妻になれば、王家も簡単には手を出せなくなる」
「……」
「お前は侯爵家の次男でもある。しかも辺境騎士団長だ」
アルベルトは続ける。
「玲がただの一人の女性として辺境にいるのと、お前の妻としてここにいるのとでは、王都から見た時の扱いが全く違う」
レオンハルトは黙り込んだ。
「もちろん、玲本人が望まないなら話は別ですわ」
エレノアが静かに言う。
「本人の意思を無視して決めることではありませんもの」
「それは当然だ」
アルベルトも頷く。
「だが――」
アルベルトがレオンハルトを見る。
「お前自身はどうなんだ?」
「…………」
また沈黙が落ちた。
レオンハルトは答えなかった。
ただ。
玲の顔が頭に浮かんでいた。
研究に夢中になっている顔。
アビーや雷電と話している時の柔らかな表情。
そして――。
王城で命を狙われたと知った時の、あの姿。
「……俺は」
レオンハルトが、ゆっくりと口を開く。
「玲を守りたい」
それだけは、迷いなく言えた。
アルベルトが小さく笑う。
「なら、答えは出ているじゃないか」
「まだ、玲の気持ちを聞いていません」
「そうだな」
アルベルトが頷く。
「だから、まずは玲に話す」
「……はい」
レオンハルトは頷いた。
だが。
本人はまだ知らない。
自分が研究に夢中になっている間に。
自分の知らないところで。
まさか自分の結婚話が持ち上がっているなんて――。
――第44話 終――




