第43話 パール化粧品の噂
パール化粧品が販売されるようになって、数週間。
辺境の街では、すでにすっかり定着していた。
「この前買った化粧水、すごく良かったわ」
「乳液と一緒に使うと、もっといいのよ」
「私はハンドクリームがお気に入り。手がしっとりするの」
店の前でも、そんな会話が聞こえてくる。
最初は珍しい商品だった。
けれど今では――。
「パール化粧品なら間違いない」
そんな言葉まで聞かれるようになっていた。
* * *
「玲様、報告があります」
作業スペースで試作をしていた玲のところへ、担当の一人がやって来た。
「はい?」
「商業ギルドから、追加の連絡がありまして」
「何か問題ですか?」
「いえ。むしろ逆です」
男が笑う。
「パール化粧品を、辺境の外でも取り扱いたいという商人が増えているそうです」
「え?」
玲が顔を上げる。
「辺境の外?」
「はい」
「もう?」
「もう、です」
「……早くない?」
玲は思わず目を丸くした。
担当者は苦笑する。
「商品そのものの評判もありますが、グレイス様が紹介してくださっていることも大きいようです」
「ああ……」
玲は納得した。
グレイスは、最初から商品を気に入ってくれていた。
友人たちとのお茶会で話題にしたり、サンプルを渡したり。
そのおかげで、貴族の女性たちの間にも少しずつ名前が広がっている。
「じゃあ、辺境の外でも売れるようになるの?」
「商業ギルドとしては、販売先を増やすことも検討していいのではないかと」
「うーん……」
玲は少し考える。
「私としては、ちゃんと品質を保てるならいいと思います」
「その点については、こちらで管理方法を考えております」
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「お任せください」
玲は頷いた。
自分が商品を考える。
販売や流通については、任せられる人に任せる。
最近では、その役割分担にも少しずつ慣れてきた。
「でも……」
玲はふと呟いた。
「私が作ったものが、辺境の外でも使ってもらえるんだ」
「そういうことになりますね」
「なんか、不思議」
玲は小さく笑った。
日本にいた頃。
研究室で新しい化粧品を考えていた。
まさか異世界で、自分が作ったものを商品として売ることになるなんて。
「……面白いなぁ」
『玲、また研究の顔してる』
足元からアビーの声がする。
「そう?」
『うん』
「だって、自分が作ったものが広がっていくんだよ?」
『嬉しい?』
「うん。すごく」
「ワン」
『俺も嬉しいぞ』
「雷電は何も作ってないでしょ」
「ワン!」
『応援してる』
「それは知ってる」
玲は笑った。
* * *
辺境を出た商人たちが商品を運ぶ。
石鹸。
化粧水。
乳液。
ハンドクリーム。
どれも、これまでこの世界にはなかった新しい商品だった。
「辺境で人気の化粧品なんだって?」
「そうらしい」
「そんなに違うのか?」
「使った貴族令嬢が手放せなくなるほどだとか」
商人たちの会話。
その噂は、さらに別の商人へ。
そして別の街へ。
少しずつ。
少しずつ。
パール化粧品の名前が広がっていった。
そして――。
王都。
王都冒険者ギルド。
「ギルド長、少しよろしいですか?」
執務室で書類に目を通していた男が顔を上げる。
「何だ?」
王都冒険者ギルド長、セブライト。
長年ギルドをまとめてきた男である。
「辺境から来た商人が、面白い話をしていました」
「魔物でも出たか?」
「いえ。化粧品です」
「……化粧品?」
セブライトは眉を上げた。
「はい。『パール化粧品』という商品だそうです」
「聞いたことがないな」
「辺境で最近売り出されたものらしく、かなり評判がいいそうです」
「化粧品が冒険者ギルド長の耳にまで入るとはな」
「それだけ話題になっているということでしょう」
「なるほど」
セブライトは書類へ視線を戻す。
「それで?」
「石鹸や化粧水、乳液、ハンドクリームなどがあるそうです」
「ずいぶん種類があるな」
「使った貴族の女性たちからも評判がいいとか」
「……ふむ」
セブライトは少し考えた。
辺境で生まれた新商品。
それが王都にまで噂として届いている。
「誰が作っている?」
「そこまでは分かっていません」
「そうか」
セブライトはそれ以上、深く追及しなかった。
「まあ、商売の話なら商業ギルドの領分だ。こちらが首を突っ込むことでもない」
「ですね」
職員が下がっていく。
セブライトは再び書類に目を戻した。
――パール化粧品。
聞き慣れない名前だけが、頭の片隅に残った。
* * *
一方、その頃。
「……うん、いい感じ」
玲は作業スペースで、試作品を確認していた。
「もう少し調整したら、次の段階に進めそう」
『玲、また何か作ってる』
「研究だからね」
『楽しそう』
「うん。楽しいよ」
玲は笑った。
自分の商品が辺境の外へ広がっていることも。
その噂が王都にまで届いたことも。
玲はまだ知らない。
そして――。
王都冒険者ギルド長セブライトの耳にまで、パール化粧品の名が入ったことも。
この小さな噂が。
やがて、玲自身へと繋がっていくことになるとは。
まだ誰も知らなかった。
――第43話 終――




