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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第3話 異世界でもスマホは使えるようです



 翌朝。


「……ん」


 一ノ瀬玲は、柔らかな布団の中で目を覚ました。


「……あれ?」


 一瞬、自分がどこにいるのか分からない。


 見慣れない天井。


 見慣れない壁。


 そして――。


「……そうだった」


 昨日の出来事が、一気に頭の中へ戻ってきた。


 異世界。


 王城。


 聖女。


 毒。


 脱出。


 屋台の串焼き。


 そして、食堂の女将さん。


「……濃すぎる」


 たった一日で経験する量じゃない。


 玲は布団の中でもぞもぞと動きながら、隣を見る。


「雷電?」


 いない。


「アビー?」


 いない。


「……あれ?」


 玲が慌てて起き上がる。


「雷電!? アビー!?」


 ガタッ。


 部屋の外から物音がした。


「ワン!」


「……」


 玲は胸を撫で下ろした。


「びっくりした……」


 慌てて扉を開ける。


 そこには、食堂の前で堂々と座っている雷電。


 そしてその隣で、何かを探るように周囲を見回しているアビー。


「もう起きてたの?」


「ワン」


『お腹空いた』


「……私も」


 玲がそう言った瞬間。


「おはよう!」


 食堂の奥から女将さんの声が飛んできた。


「よく眠れたかい?」


「はい! おかげさまで」


「そりゃよかった。朝飯、出来てるよ」


「ありがとうございます!」


 玲は素直に頭を下げる。


 昨日は色々ありすぎた。


 けれど、この食堂に来てからは安心して眠れた。


 雷電もアビーも無事。


 それだけで十分だった。


 * * *


「それで、今日は冒険者ギルドへ行くんだろ?」


 朝食を食べながら、女将さんが聞いた。


「はい」


 玲は頷く。


「まず身分証を作って、それから……」


 そこまで言って、玲は箸を止めた。


「……何をすればいいんだろう?」


「何って?」


「この世界で暮らすには、何が必要なのかなって」


「そりゃあ、金だろうねぇ」


「ですよね」


 玲は苦笑した。


 昨日の串焼き代は、なぜか財布に入っていた硬貨で払えた。


 問題は、そのお金がどれくらいあるのか。


 そして。


 どうやって稼ぐのか。


「冒険者って、どんな仕事をするんですか?」


「色々さ。魔物退治だったり、薬草採りだったり、護衛だったり」


「魔物……」


 玲は少し固まった。


「……本当にいるんですね」


「そりゃいるよ」


 女将さんは何でもないことのように答える。


「この辺りは特に魔物が多いからね」


「……」


 玲は雷電を見る。


 雷電は朝飯を食べている。


 アビーを見る。


 アビーも食べている。


「……私、冒険者になれるかな」


『なれば?』


 アビーが即答した。


「軽いなぁ」


『何もしないよりいい』


「まぁ……そうだけど」


 玲はため息をつく。


 すると。


「そういや、あんた」


「はい?」


「昨日、変な身分証持ってたろ?」


「…………」


 玲の脳裏に、マイナンバーカードが浮かんだ。


「忘れてください」


「は?」


「お願いします」


「何だい、それ」


「私にもよく分かりません」


 女将さんは怪訝そうな顔をした。


 玲は苦笑いする。


 そして――。


 ふと。


 バッグへ目を向けた。


「……あ」


 昨日、屋台で取り出したとき。


 確かに見た。


 スマホ。


 召喚されてから、一度もまともに触っていなかった。


「そういえば……」


 玲はバッグを引き寄せた。


 中を探る。


 財布。


 犬のおやつ。


 リード。


 ハンカチ。


 そして。


「あった」


 スマートフォン。


「それ、何だい?」


「スマホです」


「すまほ?」


「えーっと……電話とか、色々できる道具です」


「電話?」


「……」


 玲は一瞬、黙った。


 ここで電話ができるわけがない。


 圏外なのだから。


「まぁ、今は電話は無理ですけど」


 玲は電源を入れた。


「……あれ?」


 画面が点灯する。


 バッテリーは――


「100%?」


 昨日まで、確かに半分くらいだったはず。


「……まあ、いいか」


 異世界に来た時点で色々おかしい。


 玲は気にしないことにした。


「圏外……っと」


 やっぱり当然。


 玲はスマホを操作する。


 すると。


「……え?」


 昨日は見なかったアイコンが増えていた。


「何これ?」


 見慣れないアプリ。


 アイコンをタップする。


 画面が切り替わった。


【異世界モード】


「…………」


 玲は無言になった。


「どうしたんだい?」


「いや……」


 玲は画面を見つめる。


「昨日、こんなのなかった気がする」


 恐る恐るタップ。


【ようこそ、一ノ瀬玲様】


「…………」


 玲の眉がピクッと動いた。


「名前まで知ってる」


『玲』


「うん」


『それ、怪しい』


「私もそう思う」


 画面をスクロールする。


 そこにはいくつもの項目が並んでいた。


【異世界通販】


【異世界銀行】


【アイテム収納】


【マップ】


【翻訳】


【ステータス】


「……」


 玲は固まった。


「…………何これ」


『チート』


「まだ決めつけないで」


『どう見てもチート』


「……まぁ、そうだけど」


 玲はまず【翻訳】をタップした。


 何の変化もない。


「これは……最初から使えてるのかな」


 昨日から、普通にこの世界の人と会話ができている。


 言葉が通じていること自体、不思議だった。


 次に【マップ】。


「……わ」


 画面いっぱいに地図が表示された。


「これ、今いる場所?」


 現在地の印。


 そして周辺の街。


 王城。


 街道。


 森。


 さらに遠くには――。


「……何、この赤いところ」


 地図上に、いくつか赤い印がある。


『魔物』


 アビーが言った。


「分かるの?」


『匂いと同じ』


「便利だね……」


 玲は地図を拡大する。


 王城から少し離れたところ。


 さらにずっと遠く。


「……辺境?」


 地図上に、そう表示されている。


 玲はその場所を眺めた。


 何となく。


 そこが気になった。


 けれど。


「まずは冒険者ギルドだね」


 玲はスマホを閉じようとした。


 そのとき。


 ふと、目に入った。


【異世界通販】


「……」


 玲はもう一度、スマホを見る。


「通販……?」


 まさか。


 いや。


 そんなわけ。


 でも。


 試すだけなら――。


 玲はタップした。


「…………」


 画面が切り替わる。


【商品を検索してください】


「…………」


 玲の目が大きくなる。


「検索?」


 恐る恐る入力欄をタップ。


 そして。


「えーっと……」


 玲は考えた。


 異世界で買えるものなんて分からない。


 だったら。


「ティッシュ」


 入力。


 検索。


「…………」


 商品が出てきた。


「え?」


 玲は画面を二度見した。


「ティッシュ……」


 箱ティッシュ。


 ポケットティッシュ。


 トイレットペーパー。


「……嘘でしょ」


 価格も表示されている。


 日本円。


「え?」


 玲はさらに混乱する。


「日本円?」


 商品をタップ。


 購入画面。


【お支払い方法】


【現世口座】


【異世界通貨】


「…………」


 玲は固まった。


 そして。


「……私の貯金、使えるの?」


 試しに現世口座を選択する。


 残高が表示された。


「…………」


 玲の顔から表情が消えた。


 金額は。


 召喚される前に持っていた、玲の貯金額と一致している。


「…………」


 スマホを持つ手が震える。


「これ……」


 玲はゆっくり顔を上げた。


「使えるんだ」


『何が?』


「私のお金」


『お金?』


「日本に置いてきたお金が……こっちでも使える」


 玲はスマホを握りしめた。


 そして。


「……じゃあ」


 玲の目が変わった。


「この世界でお金を稼いだら?」


 玲は【異世界銀行】を開く。


 そこには。


【現世口座】


【異世界口座】


 と表示されていた。


「……異世界のお金も、ここに入れられる?」


 玲は昨日、財布に入っていた硬貨を思い出した。


 試しに【異世界口座】をタップ。


【口座開設しますか?】


「…………」


 玲はゆっくり笑った。


「なるほど」


 女将さんが不思議そうに玲を見る。


「どうしたんだい?」


「いえ」


 玲はスマホを胸元に抱えた。


「私、何とかなるかもしれません」


「……?」


 女将さんには何のことか分からない。


 雷電は玲を見上げ。


 アビーはスマホをじっと見ている。


『玲』


「うん」


『これ、かなり便利』


「だよね」


 玲は笑った。


「……でも」


 玲はスマホを見下ろす。


「まずは冒険者ギルド」


 この世界で生きていく。


 そのためには、まず自分の足元を固めなければならない。


 身分証。


 仕事。


 お金。


 住む場所。


 そして――。


「いつか、元の世界に帰れるかどうかも調べないと」


 玲はそう呟いた。


 けれど。


 そのときの玲はまだ知らなかった。


 このスマホが。


 ただの便利な道具ではないことを。


 そして。


 この世界で玲が手にする「異世界のお金」が。


 やがて彼女自身の人生だけではなく――。


 荒れ果てた辺境の運命まで変えていくことを。

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