↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/89

第2話 毒を盛られました~王城脱出~【後編】


 串焼きを食べ終えた玲は、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻していた。


「ふぅ……生き返った」


 お腹が膨れるというのは、それだけで心に余裕ができるらしい。


 隣では雷電が満足そうに座り込み、アビーも玲の足元で丸くなっている。


「さて……」


 玲は立ち上がった。


「次は寝るところを探さないと」


 今日一日で、あまりにも色々なことが起こりすぎた。


 異世界に召喚された。


 聖女だと言われた女子高生と一緒に王城へ連れて行かれた。


 自分はほぼ無視された。


 挙げ句の果てに、毒を盛られた。


 そして逃げてきた。


「……改めて考えると、とんでもない一日だな」


「ワン」


「雷電もそう思う?」


「ワン」


『私は最初からそう言ってる』


「アビーはいつも冷静だね……」


 玲は苦笑しながら歩き出した。


 とりあえず、今夜泊まれる場所を探そう。


 それが最優先だ。


 しかし――。


「……ない」


 最初に見つけた宿。


「すみません、犬が二匹いるんですけど……」


「申し訳ありませんが、動物はちょっと……」


「ですよね」


 二軒目。


「犬連れなんですが、泊まれますか?」


「犬は外で飼っていただければ」


「……外?」


 玲は雷電を見る。


 雷電も玲を見る。


「無理だね」


「ワン」


『当然』


「だよね」


 三軒目。


「犬二匹なんですけど――」


「駄目だよ」


「ですよねぇ……」


 四軒目。


「大型犬と小型犬なんですが……」


「申し訳ありません」


「はい……」


 断られるたびに、玲の肩が落ちていく。


「……どうしよう」


 気がつけば、空が赤く染まり始めていた。


「今日中に見つけないと、野宿……?」


 玲は周囲を見渡した。


 異世界に来て初日。


 王城から命からがら逃げてきたと思ったら。


「まさか野宿……」


 雷電が玲の顔を見る。


「いや、雷電は平気そうな顔しないで」


「ワン」


「私は無理だからね?」


『私も嫌』


「アビーもでしょ?」


『当然』


「……二人ともそこは意見一致するんだ」


 玲が途方に暮れていると。


「――あんた!」


「え?」


 突然、後ろから声を掛けられた。


 振り返る。


「こんな時間に何してるんだい?」


 そこにいたのは、恰幅の良い女性だった。


 年齢は五十代くらいだろうか。


 腕まくりした服にエプロン姿。


 見るからに「食堂の女将さん」という雰囲気だ。


 その女性は玲と、玲の隣にいる二匹の犬を交互に見た。


「……旅の人かい?」


「え?」


 玲は少し警戒した。


「まぁ……そんな感じです」


 まさか、


『王城から逃げてきました』


 なんて言えるはずがない。


「泊まるところ、探してるんだろ?」


「……分かります?」


「こんな時間まで宿屋の前をうろうろしてりゃ、誰だって分かるさ」


「あ……」


 玲は恥ずかしくなった。


「実は、犬が二匹いて……泊めてくれる宿がなかなか見つからなくて」


「ああ、なるほどね」


 女将さんは雷電を見る。


 次にアビーを見る。


「この子たちかい?」


「はい」


 雷電がじっと女将さんを見る。


 女将さんも負けずに雷電を見る。


「……立派な犬だねぇ」


「そうなんです」


 玲が少し嬉しそうに答える。


「赤柴の雷電です」


「ワン」


「こっちはアビー」


「……」


 アビーは女将さんをじっと観察している。


『玲』


「何?」


『悪い人じゃない』


「そっか」


 玲はほっとした。


「うち、食堂なんだけどね」


 女将さんが通りの向こうを指差した。


「裏に部屋があるんだよ。豪華な宿じゃないけど、犬二匹くらいなら構わないよ」


「……!」


 玲の目が輝いた。


「本当ですか?」


「ああ」


「泊めてもらえますか?」


「もちろん」


「ありがとうございます!」


 玲は思わず頭を下げた。


「助かったぁ……」


 その場にへたり込みそうになる。


「ほらほら、そんなところに座るんじゃないよ。お腹も空いてるんだろ?」


「……」


 玲のお腹が。


 ぐぅぅぅぅ……。


「…………」


「…………」


 女将さんが笑った。


「ははは! 分かりやすい子だねぇ!」


「すみません……」


「うちで何か食べていきな」


「いいんですか?」


「あんた、旅人なんだろ? 腹いっぱい食わせるくらいどうってことないさ」


「ありがとうございます……!」


 玲は泣きそうになった。


 今日初めて。


 まともに優しくされた気がした。


 * * *


「はぁ~~……」


 食堂の隅の席で、玲は温かいスープを飲んでいた。


「美味しい……」


「そうかい。よかったねぇ」


 女将さんが笑う。


 雷電には肉の切れ端。


 アビーには柔らかい食べ物を少し。


 二匹も満足そうだ。


「……」


 玲はスープを飲みながら、ふと考えた。


 この人は親切だ。


 だったら。


「女将さん」


「何だい?」


「旅に出るには……何が必要ですか?」


「旅?」


「はい」


 玲は曖昧に笑った。


「ちょっと遠くへ行こうと思って」


 女将さんは少し考えた。


「そうだねぇ……まず身分証だね」


「身分証……」


「持ってるのかい?」


「…………」


 玲は固まった。


「えーっと……」


 バッグを覗く。


 財布。


 犬のおやつ。


 リード。


 ハンカチ。


 そして――。


「……あります」


「何だ、持ってるじゃないか」


 女将さんが安心した顔をする。


「見せてみな」


「え?」


「身分証」


「あー……」


 玲は財布から一枚のカードを取り出した。


「これです」


「…………」


 女将さんがカードを見る。


 玲も見る。


 マイナンバーカード。


 当然ながら、日本国の。


「…………」


「…………」


 女将さんが首を傾げる。


「……何だい、これは?」


「マイナンバーカードです」


「まい……?」


「マイナンバーカード」


「…………」


「……身分証明書です」


「へぇ……」


 女将さんがカードを裏返す。


「……何語だい?」


「日本語です」


「にほん……?」


「……」


 玲は黙った。


 そうだった。


 ここ、日本じゃない。


「…………これ、使えます?」


「使えるわけないだろう」


「ですよねぇぇぇ……」


 玲はテーブルに突っ伏した。


 女将さんが笑う。


「ははは! 何だいあんた! 面白い子だねぇ!」


「笑い事じゃないですよぉ……」


「なら、冒険者ギルドへ行きな」


「冒険者ギルド?」


 玲が顔を上げた。


「ああ。身分証がないなら、そこで登録すればいい」


「登録……?」


「冒険者証を作ってもらえるからね」


「冒険者……」


 玲は考える。


 ファンタジー小説でよく見るやつだ。


「冒険者ギルド……」


 魔物。


 依頼。


 討伐。


 素材。


 そして――。


「……私でもなれるんですか?」


「なれるさ」


「私、戦えないですけど」


「最初から強い奴なんてそうそういないよ」


 女将さんは笑った。


「それに、あんたの犬たち」


 女将さんが雷電とアビーを見る。


「ずいぶん賢そうじゃないか」


「……」


 玲は雷電を見る。


 雷電は堂々と座っている。


 アビーは女将さんをじっと見ている。


「まぁ……確かに」


 雷電は番犬。


 アビーは情報収集担当。


 頼りになる二匹だ。


「でも、冒険者かぁ……」


 玲は呟いた。


 王城から逃げた。


 戻るつもりはない。


 この世界で生きていくなら。


「……お金も必要ですよね」


「そりゃそうだ」


「じゃあ、明日ギルドに行ってみます」


「ああ、それがいい」


 女将さんは頷いた。


「今夜はもう休みな。明日になれば、また考えればいいさ」


「……はい」


 玲は小さく笑った。


「ありがとうございます」


「礼なんていいよ。困ったときはお互い様だ」


 その言葉に。


 玲は少しだけ胸が温かくなった。


 王城では、誰も玲を見ていなかった。


 毒を盛られても。


 助けてくれる人はいなかった。


 けれど。


 この世界には。


 ちゃんと優しい人もいる。


「……異世界も、悪くないのかも」


『玲』


「ん?」


『まだ油断しちゃ駄目』


「分かってるよ」


 アビーが釘を刺す。


 雷電も女将さんの店内を見回している。


「二人とも心配性だなぁ」


「ワン」


『玲が無防備すぎる』


「はいはい」


 玲は笑った。


 その夜。


 玲は久しぶりに、安心して眠れる場所を手に入れた。


 ――ただし。


 本人はまだ知らない。


 自分のバッグの中に。


 異世界の常識を根底からひっくり返す、とんでもない道具が眠っていることを。


 そして。


 明日、冒険者ギルドへ向かうことで。


 一ノ瀬玲の異世界生活が、本当の意味で始まることを――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。