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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第2話 毒を盛られました~王城脱出~

目を覚ました玲は、見知らぬ天井をぼんやりと眺めていた。


「……夢じゃ、ないんだよね」


 ゆっくりと上半身を起こす。


 昨日まで自分が寝ていたのは、いつもの自宅のベッドだった。


 それなのに今いるのは、やたらと広い部屋。


 壁には見たことのない模様が施され、ベッドはふかふか。


 窓の外には、見慣れない城壁と街並みが広がっている。


「異世界……」


 ぽつりと呟く。


 昨日、犬の散歩をしていたら突然、光に包まれて。


 気付いたら、見知らぬ場所に立っていた。


 しかも、隣には雷電とアビー。


「……普通なら、もうちょっと説明とかあると思うんだけどなぁ」


 玲は深いため息をついた。


 召喚された直後。


 王族らしき人たちは、女子高生の愛莉ばかりを見ていた。


 玲が「あのー、これは一体何ですか?」と尋ねても、一瞬だけ不思議そうに目を点にされただけ。


 その後は、まるでそこに玲など存在していないかのように話が進んでいった。


 愛莉は「聖女様」と呼ばれ、あっという間にドレスへ着替えさせられた。


 そして晩餐会へ。


 一方の玲はというと――。


「……放置」


 思わず苦笑する。


 部屋を与えられたことだけは、まだマシだった。


 とはいえ、召喚理由も、この世界のことも、元の世界へ帰れるのかどうかも何一つ分からない。


「まぁ……考えても分からないか」


 玲はベッドから降りた。


「とりあえず、お腹空いた」


 その瞬間。


 ぐぅぅぅぅ……。


「……」


 雷電が玲を見る。


 アビーも見る。


「見るな」


 玲は恥ずかしそうに腹を押さえた。


「しょうがないでしょ。昨日から何も食べてないんだから」


 雷電が小さく鼻を鳴らした。


「雷電だってお腹空いてるでしょ」


「ワン」


「アビーは?」


「……」


「アビー?」


 ブラックタンのチワワは、じっと扉を見ている。


 その表情が妙に険しい。


「どうしたの?」


『誰か来る』


「え?」アビーの言葉が分かる?何故?チート的な?


 玲が聞き返した直後。


 コンコン。


「聖女様、お食事をお持ちしました」


「……あ、はい」


 玲は扉へ向かう。


 だが。


『玲、待って』


 アビーの声に、玲の足が止まった。


「何?」


『気をつけて』


「何に?」


 アビーは食事の乗ったワゴンを睨んでいる。


『あれ、おかしい』


 玲は首を傾げた。


「おかしい?」


『匂い』


 雷電もワゴンに近づく。


 そして――。


「ガルルル……」


 低い唸り声。


「雷電?」


 普段の食事なら、誰より先に飛びつきそうな雷電が、料理を見ただけで牙をむいている。


「……え?」


 玲は一気に警戒した。


 給仕の男が、不思議そうな顔をする。


「どうかなさいましたか?」


「あの……」


 玲が料理を見る。


 見た目は普通だ。


 スープもある。


 パンもある。


 肉料理もある。


 けれど。


 アビーが言った。


『毒』


「…………え?」


『毒が入ってる』


「……」


 玲の頭が真っ白になった。


「毒……?」


『そう』


「いやいやいや」


 玲は思わず笑いそうになった。


「待って。何で朝ごはんに毒?」


 アビーが玲を見る。


『玲』


「はい」


『殺されるんじゃない?』


「…………」


 玲は固まった。


 そして、恐る恐る料理を見る。


「私……命狙われてる?」


『たぶん』


「たぶんって……!」


 玲の声が裏返った。


 その瞬間。


 ガシャーン!!


「えっ!?」


 雷電が料理の乗ったテーブルへ突進した。


「ちょっ、雷電!」


 皿が床へ落ちる。


 スープが飛び散り、肉料理もパンも床に散乱した。


「雷電! 何してるの!」


「ワン!」


『正解』


 アビーが堂々と言った。


「いや、アビーも褒めない!」


 給仕の男の顔色が変わった。


 ほんの一瞬。


 それを玲は見逃さなかった。


「……あれ?」


 男が慌てて料理を片付けようとする。


「も、申し訳ございません。すぐに別の食事を――」


「待って」


 玲の声が低くなる。


 男が止まった。


「これ、食べたらどうなるの?」


「……え?」


「毒なんでしょ?」


「!」


 男の顔から血の気が引いた。


 玲は目を見開く。


「……やっぱり」


 背筋が冷たくなった。


 夢じゃない。


 異世界召喚も。


 聖女扱いされている女子高生も。


 そして――。


 自分に盛られた毒も。


「私、本当に殺されるんだ……」


 玲は呟いた。


 怖い。


 ものすごく怖い。


 けれど。


 隣を見る。


 雷電が玲の足元に立っている。


 アビーもいる。


「……」


 玲は小さく息を吐いた。


「帰ろう」


『どこへ?』


「どこでもいい」


 玲は立ち上がった。


「ここにいたら殺される」


 その判断は早かった。


 玲は元々、異世界で生きていく方法など知らない。


 魔法も知らない。


 この国の常識も知らない。


 身分もない。


 けれど――。


「死ぬよりマシ」


 玲は部屋の中を見回した。


 そして、散歩へ行くときに使っていたショルダーバッグを手に取る。


 いつもの散歩袋。


 雷電のリードやおやつ。


 アビーの小物。


 そして自分の財布。


「……これだけは持っていこう」


 召喚されたときから身につけていた服。


 バッグ。


 犬たち。


 それ以外は何もない。


 玲は扉を開ける。


「行くよ」


「ワン」


『任せて』


 こうして――。


 一ノ瀬玲。


 異世界での逃亡生活が始まった。


 * * *


 王城の中は広かった。


「……どっち?」


『右』


「右ね」


『その先、兵士』


「左?」


『左もいる』


「詰んでない?」


 玲は柱の陰に隠れながら、小声でアビーと会話をする。


 幸い、召喚されたばかりの玲を警戒している者は少ない。


 何より、王族にとって玲は「どうでもいい存在」なのだ。


 それが逆に幸いした。


 愛莉には多くの侍女や護衛がついている。


 だが玲にはほとんどいない。


「……無視されてて良かった」


 こんな形で役立つとは思わなかった。


『来る』


「!」


 玲は慌てて柱の陰へ隠れた。


 兵士が二人、通り過ぎていく。


 雷電は玲の足元でじっと伏せている。


「雷電、賢い」


「……」


「何その顔」


 雷電は明らかに不満そうだった。


 まるで、


『もっと早く逃げろ』


 と言っているようだ。


「分かってるって」


 玲はそっと廊下を進む。


 途中で何度もアビーが止めた。


『待って』


「今度は何?」


『前に三人』


「三人……」


『隠れる』


「了解」


 アビーの情報収集能力は異常だった。


 玲としか意思疎通できないという欠点はあるものの、こういう状況では頼りになりすぎる。


 そして雷電は――。


「……」


 何も言わず玲の横を歩く。


 その姿は、まさに番犬。


 王城から脱出する飼い主を守るように、堂々と歩いている。


 やがて。


『出口』


「……!」


 目の前に、大きな扉が見えた。


「本当に?」


『うん』


 玲の心臓が大きく跳ねた。


 扉の向こう。


 そこに何があるのかは分からない。


 けれど。


 この城に残るよりはずっといい。


「……行こう」


 玲は扉を開けた。


 外へ出た瞬間。


「……うわ」


 広い。


 城下町が広がっている。


 石造りの建物。


 見たことのない服装の人々。


 馬車。


 露店。


 そして――。


「本当に異世界なんだ……」


 玲は呆然と立ち尽くした。


 ついさっきまで、自分は王城の中にいた。


 そして今。


 誰にも追われていない。


 誰にも呼び止められない。


 誰にも「聖女様」と呼ばれない。


 それが妙に可笑しかった。


「……自由?」


『自由』


 アビーが答える。


「そっか」


 玲は笑った。


「じゃあ……とりあえず歩こう」


「ワン」


 雷電が歩き出す。


「ちょっと待って、雷電」


 玲も後を追う。


 こうして、一ノ瀬玲は王城を脱出した。


 ――しかし。


「…………」


 数時間後。


「お腹空いた」


 玲は完全に限界を迎えていた。


「昨日から何も食べてないんだもん……」


「クゥン」


「雷電も?」


「ワン」


『私も』


「アビーもね」


 玲は周囲を見る。


 すると。


「……あ」


 屋台があった。


 香ばしい匂いが漂っている。


「串焼き……」


 玲の目が輝いた。


「食べたい」


 雷電の尻尾が揺れる。


『玲』


「分かってる」


 玲はバッグを探る。


「お財布……」


 いつもの財布を取り出した。


「……」


 そして。


「…………ん?」


 玲は財布を開いた。


 中には――。


 見たことのない硬貨が入っていた。


「…………」


 玲は一枚つまみ上げる。


「何これ?」


 金色。


 銀色。


 銅色。


 日本円ではない。


 どう見ても異世界のお金だ。


「私、こんなの持ってた?」


『知らない』


「だよね」


 玲は首を傾げる。


 だが。


 店主に硬貨を渡すと――。


「おう、一本でいいか?」


「え?」


 普通に受け取った。


「……使える?」


 玲は恐る恐る串焼きを受け取った。


「…………」


 匂いを嗅ぐ。


 雷電も嗅ぐ。


 アビーも嗅ぐ。


『毒はない』


「そこ重要」


 玲は一口食べた。


「……!」


 美味しい。


「美味しい……!」


 玲は夢中になって食べた。


 雷電も嬉しそうに食べる。


 アビーにも少し分ける。


「……生きてる」


 玲は串を持ったまま、しみじみ呟いた。


 王城では毒を盛られた。


 でも今は。


 犬たちと三人……いや、一人と二匹で、異世界の屋台で串焼きを食べている。


「……人生って何が起こるか分からないね」


『玲』


「ん?」


『それより』


「何?」


『あれ』


 アビーが玲のバッグを指す。


「バッグ?」


『中』


「何かあるの?」


 玲はバッグを開ける。


 そして――。


「…………」


 見覚えのあるものが目に入った。


「……スマホ?」


 いつも持ち歩いていたスマートフォン。


 召喚されてから、一度も見ていなかった。


「そういえば……」


 玲はスマホを手に取った。


「私、これ持ってたんだ」


 電源ボタンを押す。


 画面が点いた。


「……」


 バッテリー残量。


 通信表示。


 そして。


「え?」


 玲は目を疑った。


 ――圏外。


 当然だ。


 異世界なのだから。


「まあ、そうだよね」


 玲は苦笑する。


 しかし。


 その直後。


 スマホの画面に、見慣れない表示が浮かんだ。


【異世界モードを起動しますか?】


「…………は?」


 玲は固まった。


 雷電も固まった。


 アビーは――。


『玲』


「うん」


『それ、何?』


「私にも分からない」


 玲は画面を見つめる。


 そして。


 恐る恐る。


「……はい」


 をタップした。


 ――ピコン。


 画面が切り替わる。


 そこに表示されたのは。


【異世界通販】


「…………」


【銀行】


「…………」


【収納】


「…………」


【マップ】


「…………」


 玲は口を開けたまま動かない。


 そして。


「…………これ」


 ゆっくりとスマホを持ち上げる。


「もしかして……」


 アビーが玲を見る。


 雷電も玲を見る。


「私……」


 一ノ瀬玲。


 このとき初めて。


 自分がとんでもないチート能力を手に入れていることに気付いた。


 ――ただし。


「……どう使うの、これ?」


 本人はまだ何一つ理解していなかった。


 そしてこの日から。


 王城から見捨てられた「もう一人の聖女」は。


 誰にも知られない場所で。


 異世界の常識を、少しずつぶっ壊していくことになる。

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