犬の散歩中、異世界に召喚されました
「雷電、待ってってば!」
朝の散歩。
いつもの道を、私は赤柴の雷電と歩いていた。
少し先では、ブラックタンのチワワ、アビーが我が道を行くように歩いている。
何の変哲もない、いつもの朝だった。
――あの瞬間までは。
「……ん?」
足元が妙に明るい。
「何これ……?」
道路にあったはずのない光が広がっていく。
円形の光。
その中には見たこともない文字のようなものが浮かび上がっていた。
「ちょっと待って。何これ? 雷電!」
雷電が唸る。
アビーも足を止めた。
次の瞬間――
「えっ、ちょっと!?」
身体がふわりと浮いた。
「雷電!」
私は反射的にリードを握りしめる。
アビーにも手を伸ばす。
そして、眩しい光に包まれた。
◇
「成功だ!」
「召喚に成功したぞ!」
「聖女様だ!」
「ついに……ついに聖女様をお迎えすることができた!」
「陛下! 成功です!」
「よくやった!」
……何?
うるさい。
何が起きているの?
私は目を開けた。
「…………」
目の前に、見たことのない光景が広がっていた。
石造りの広い部屋。
豪華な服を着た人たち。
白いローブを着た人たち。
そして――
私の少し前に、制服姿の女の子が立っている。
女子高生……?
どう見ても、そうとしか思えない。
そして、その女の子を中心に、周囲の人たちが大騒ぎしている。
「聖女様!」
「お待ちしておりました!」
「なんと神々しい……!」
「これで我が国は救われる!」
……え?
私は思わず周囲を見回した。
私。
女子高生。
雷電。
アビー。
……いや、待って。
ここ、どこ?
「雷電……」
足元を見る。
ちゃんといる。
アビーもいる。
よかった。
でも。
「……あのー」
誰もこちらを見ない。
私は恐る恐る手を上げた。
「これは一体、何ですか?」
ぴたり。
ほんの一瞬だけ、空気が止まった。
王座に座っていた男性が、こちらを見る。
その隣にいた男性も。
神官らしき人も。
「…………」
「…………」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、全員の顔に、
『何、この人?』
と書いてあるような気がした。
「あの……」
私がもう一度声をかける。
けれど――
「聖女様!」
王座の男性が女子高生へ向き直った。
「よくぞ来てくださった!」
「……え?」
女子高生が戸惑う。
「貴女様こそ、この国が長きにわたり待ち望んでいた聖女です!」
「いや、あの……」
「聖女様には最高のお部屋を用意しております!」
「歓迎の宴もすぐに――」
「ちょっと待ってください!」
女子高生が困ったように声を上げる。
その横で私は呆然と立ち尽くしていた。
……無視された?
完全に?
「……あの」
もう一度言ってみる。
やっぱり誰も振り向かない。
私は隣にいる雷電を見た。
雷電も、目の前の人たちをじっと見ている。
「ねえ、雷電」
「……ワン」
「私たち、どうしたらいいと思う?」
「ワン」
「だよねぇ……」
アビーが私の足元で小さく欠伸をした。
まるで、
『知らないわよ。勝手にすれば?』
とでも言いたげだ。
……うん。
分かった。
とりあえず、この状況を理解するところから始めよう。
そう思った。
――だけど。
この時の私は知らなかった。
彼らが見ている女子高生が、聖女ではないこと。
そして、彼らが完全に無視した私こそが――
この世界が長い間待ち続けていた、本物の聖女だということを。




