第41話 次なる商品、シャンプー
パール化粧品が販売を始めてから、数週間が経った。
最初は物珍しさから手に取る人が多かった商品も、今ではすっかり辺境の街に定着していた。
「この石鹸、もう手放せないわ」
「化粧水と乳液を一緒に使うと、肌の調子が全然違うのよ」
「ハンドクリームもいいわよ。冬でも手が荒れにくくなりそう」
特に貴族令嬢たちの間では評判が広がり、サンプルをきっかけに愛用する人も増えていた。
グレイスが友人たちに紹介したことも大きかった。
「これ、本当におすすめよ」
「グレイス様がそこまで言うなら……」
そんな会話が、少しずつ広がっていく。
そしてパール化粧品では、石鹸と化粧水だけでなく、乳液やハンドクリームも販売されるようになっていた。
もちろん、すべてを玲が一人で作っているわけではない。
玲は商品開発と試作に集中し、販売や生産に関することは、レオンハルトが選んだ二人の人材に任せている。
「玲様、新しい商品の売れ行きですが――」
「うん、それは後で確認するね」
玲は書類から顔を上げる。
「それより、ちょっと試してみたいものがあるの」
「また新商品ですか?」
「まだ分からないけど」
玲は楽しそうに笑った。
「次は、髪を綺麗にするものを作ってみようかなって」
「髪……ですか?」
「そう。シャンプー」
「しゃんぷー?」
「髪を洗うもの」
「ああ……」
説明を聞いて、二人が頷く。
玲は少し考えた。
「石鹸で髪を洗うこともできるけど、やっぱり髪には髪専用のものがあった方がいいと思うんだよね」
「なるほど」
「洗った後に、髪がきしんだりしないもの」
玲の頭の中には、日本にいた頃に使っていたシャンプーの感触が浮かんでいた。
泡立ち。
洗い上がり。
指通り。
香り。
そして、乾かした後の艶。
「……作ってみたい」
玲の目が輝く。
「絶対、喜んでもらえると思う」
「では、また研究が始まるのですね」
「うん!」
玲は嬉しそうに頷いた。
* * *
その日の午後。
「玲、何してるんだ?」
レオンハルトが作業スペースを覗く。
「シャンプーの試作です」
「もう次の商品か」
「だって、石鹸も化粧水も乳液もハンドクリームも、形になったんですよ?」
「だからといって、そんなにすぐ次が出てくるものなのか?」
「私の頭の中では、どんどん出てくるんです」
「……そうか」
レオンハルトは苦笑した。
玲は並べた素材を眺める。
「今まで使った薬草も、もう一度見直してみようかな」
『玲、また始まった』
「アビー、そこにいるなら手伝ってよ」
『私は何をすればいいの?』
「香りを確認して」
『それならできる』
「じゃあお願い」
アビーが小さな鼻を近づける。
『これは好き』
「こっちは?」
『ちょっと苦手』
「なるほど……」
玲は素材を分けていく。
その横で雷電がじっと作業を見つめていた。
「雷電は?」
「ワン」
『俺は見守る』
「いつもそれだよね」
「ワン!」
『大事な仕事だぞ』
「はいはい」
玲は笑った。
そして、もう一度素材に目を向ける。
「よし」
石鹸とは違う。
化粧水とも違う。
髪を洗うためのものだから、考えることはたくさんある。
「泡立ちも欲しいし、洗った後にきしまないようにしたい」
玲は手帳を開く。
「それに、髪が綺麗になって、艶が出るもの」
『いっぱいあるね』
「だから研究するんだよ」
『また寝るの遅くなるんじゃない?』
「……気をつけます」
『絶対?』
「……たぶん」
『玲』
「はい」
アビーの視線に、玲は苦笑する。
「ちゃんと寝ます」
「ワン」
「雷電まで……」
玲は二匹を見て笑った。
そして再び手帳へ視線を落とす。
「シャンプーかぁ……」
次の商品。
まだ何も完成していない。
どんなものになるのかも分からない。
それでも――。
「なんか、楽しみ」
玲の頭の中では、もう次の研究が始まっていた。
パール化粧品の次の商品。
それは――。
この世界では、まだ誰も知らない「髪を洗うための新しいもの」だった。
――第41話 終――




