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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第37話 頼れる人材

商業ギルドから戻った玲は、部屋のソファに座り込んでいた。


「……疲れた」


『玲、商業ギルドで何かしたの?』


「何もしてないよ」


 アビーを膝に乗せながら、玲は遠い目をする。


「話を聞いただけ」


「ワン」


『それなのに疲れたのか』


「だって……」


 玲は指を折っていく。


「商品登録でしょ」


 一つ。


「販売方法、価格、容器、ラベル、生産量……」


 二つ、三つ、四つ。


「販売場所に、商標みたいな登録もあって……」


 指が足りなくなった。


「無理」


『何が?』


「私、一人じゃ無理!」


「ワン!」


『やっぱり』


「商品を作るだけならいいの」


 玲はテーブルに置かれた石鹸二号と化粧水を見る。


「どんな材料を使うか考えて、試作して、改良して……そういうのは楽しい」


 けれど。


「販売とか書類とか、価格とか……」


 玲は頭を抱えた。


「そんなのまで私がやってたら、新しいもの作れないよ」


 アビーが玲の顔を覗き込む。


『じゃあ、誰かにやってもらえば?』


「……」


 玲が顔を上げる。


「それだ!」


「ワン!」


「アビー天才!」


『私は普通のこと言っただけだけど』


 その時だった。


「その話なら、ちょうどいい」


「え?」


 部屋の入り口。


 いつの間に来たのか、レオンハルトが立っていた。


「レオンハルト?」


「人手が必要なんだろう?」


「うん……」


「なら、雇えばいい」


「やっぱりそうだよね」


「最初からそうすればいい」


「でも、誰でもいいわけじゃないし」


 玲は少し不安そうな顔をする。


「商売のことを任せるなら、ちゃんと信用できる人じゃないと……」


「分かっている」


 レオンハルトが頷いた。


「だから、二人ほど候補を選んである」


「もう!?」


「早い……」


『団長、仕事が早いね』


「お前が考えている間に、俺は動いている」


「……はい」


 玲は何も言えなくなった。


 * * *


 翌日。


 レオンハルトに連れられて、玲は応接室に入った。


 そこには二人の男女が待っていた。


「紹介する」


 レオンハルトが二人を見る。


「こちらが玲だ」


「初めまして」


 玲が頭を下げる。


 二人も立ち上がった。


「初めまして。セドリック・ハーグと申します」


 男性が丁寧に頭を下げる。


 年齢は三十代半ばほど。


 落ち着いた雰囲気で、手元にはすでに書類がまとめられている。


「こちらはマリア・ベルク」


「初めまして、玲様」


 女性も頭を下げた。


 こちらは二十代後半くらい。


 柔らかな雰囲気だが、目がしっかりしている。


「二人とも商業関係の経験がある」


 レオンハルトが説明する。


「セドリックは商人の家に生まれ、帳簿や取引、商業ギルドとの交渉に詳しい」


「よろしくお願いいたします」


「マリアは商品の管理や発注、職人とのやり取りを得意としている」


「玲様の商品を扱うのであれば、私も責任を持って管理いたします」


 玲は二人を見た。


「……すごい」


「何がだ?」


「私より、商売できそう」


「当たり前だ」


「ですよね」


 玲は素直に頷いた。


「じゃあ、お願いしてもいいですか?」


「はい」


 二人が頷く。


 玲は少し考えてから口を開いた。


「私、商品を作ることに集中したいんです」


「承知しております」


 セドリックが答える。


「レオンハルト様から伺っています」


「商品開発は玲様に専念していただき、販売に関することはこちらで担当する、というお話です」


「よかった……」


 玲は心底ほっとした。


「じゃあ、商業ギルドとの話とか、販売方法とかも?」


「はい。私が担当いたします」


「容器や包装については?」


「そちらは私が」


 マリアが答える。


「必要な数を確認し、職人への発注や納品まで管理いたします」


「……完璧」


 玲は二人を見つめる。


「私、今まで全部自分でやらなきゃいけないと思ってた」


「一人で全てを抱える必要はない」


 レオンハルトが言った。


「お前にしかできないことを、お前がやればいい」


「私にしかできないこと?」


「商品を作ることだ」


 玲は黙った。


 石鹸。


 化粧水。


 日本で培った知識。


 異世界の素材。


 それを組み合わせて新しいものを作る。


「……そっか」


 玲の顔が少しずつ明るくなる。


「私、研究してていいんだ」


「ああ」


「新しいもの作っても?」


「程度は考えろ」


「……はい」


 レオンハルトが釘を刺す。


 玲は笑った。


「でも、次に何を作るか考えるのはいい?」


「それはお前の仕事だ」


「やった!」


 アビーが玲の足元で尻尾を振る。


『玲、嬉しそう』


「だって!」


 玲は二人を見る。


「じゃあ、私は商品を作ります」


「はい」


「セドリックさんは商売のこと」


「お任せください」


「マリアさんは商品の管理と容器とか」


「承知しました」


「よろしくお願いします!」


 玲が頭を下げる。


 二人も頭を下げた。


 こうして。


 玲の商品を支える二人の人材が決まった。


 商売については、二人に任せる。


 販売方法も、価格も、取引先も。


 玲が悩む必要はない。


「……これなら」


 玲は石鹸と化粧水を見つめた。


「もっと色々作れる」


 その瞬間。


 玲の頭の中に、いくつものアイデアが浮かんだ。


 化粧水の次は――。


 乳液。


 クリーム。


 それから……。


「……シャンプーも欲しいな」


『玲?』


「何?」


『もう始まってる』


「だって、欲しくない?」


『私は今ので十分』


「そう言わずに」


「ワン!」


『俺はシャンプーいらん』


「雷電は毛があるじゃん」


「ワン!」


『今のままでいい』


 玲は笑った。


 これからは、もう一人で全部やらなくていい。


 商品を作る人。


 商品を売る人。


 商品を管理する人。


 それぞれが自分の得意なことを担当する。


「よし」


 玲は立ち上がった。


「次の研究、始めようかな」


 レオンハルトが呆れたように玲を見る。


「休むという選択肢はないのか?」


「ありますよ」


「なら休め」


「……ちょっとだけ考えてから」


「玲」


「はいはい」


 玲は笑いながら作業スペースへ向かった。


 その背中を見ながら、レオンハルトは小さく息を吐く。


「……本当に研究が好きなんだな」


 玲はまだ知らない。


 これから自分が作り出すものが、この辺境だけではなく――。


 この世界の暮らしそのものを、少しずつ変えていくことを。


――第三十七話 終――

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