第35話 化粧水、完成
翌日。
玲は朝から作業スペースにいた。
目の前には、ノートといくつかの薬草が並んでいる。
「さて……」
玲は腕を組んだ。
石鹸の次に作るもの。
それは――化粧水。
「基本は水分と保湿」
日本にいた頃の知識を思い出す。
けれど、ここは異世界。
日本と同じ材料が、すべて手に入るわけではない。
「だったら、この世界にあるものを使えばいい」
玲は薬草を一つずつ確認していく。
肌に使えそうなもの。
刺激が少なそうなもの。
そして――保湿に使えそうなもの。
『また始まった』
「何が?」
『玲の研究』
「楽しいからいいの」
『昨日も聞いた』
「いいじゃん」
玲は笑いながら薬草を手に取った。
「まずは、これ」
肌を整えるために使えそうな薬草。
そして、もう一つ。
「こっちは保湿に使えそう」
薬草をそのまま入れればいいわけではない。
濃すぎれば刺激になるかもしれない。
逆に薄すぎれば、せっかくの成分を活かせない。
「ここは慎重にしないと」
玲は少量ずつ試すことにした。
* * *
まずは薬草から成分を抽出する。
水の状態も確認する。
温度を測り、時間を計る。
「……これくらいかな」
抽出した液体を確認する。
色。
香り。
透明度。
「うん」
悪くない。
そこへ、保湿に使えそうな成分を少しずつ加える。
「一回目」
玲は少量を手の甲につけた。
「……」
しばらく待つ。
指先で触れてみる。
「ちょっと物足りない」
『駄目?』
「駄目じゃないけど、もう少ししっとりしてほしい」
『難しいね』
「そうなの」
玲はノートに書き込む。
一回目――保湿感が弱い。
「次」
配合を少しだけ変える。
そして二回目。
「……」
手の甲につける。
馴染み方を確認する。
「今度は……」
玲は眉を寄せた。
「しっとりはするけど、ちょっと重い」
『重い?』
「肌に残る感じ」
『べたべた?』
「そう、それ」
玲はまたノートに書き込む。
二回目――保湿感は良い。だが、少し重い。
「じゃあ、三回目」
『まだやるの?』
「当然」
玲は笑った。
「一回で完成すると思ってないから」
三回目。
配合を少し調整する。
抽出した薬草の量も見直す。
そして――。
「……」
玲は手の甲に塗った。
ゆっくりと馴染ませる。
「……これ」
しばらく待つ。
もう一度触れる。
「これだ」
玲の顔が明るくなった。
「ちゃんとしっとりする。でも、べたつかない」
『成功?』
「うん」
玲は頷いた。
「これなら毎日使える」
アビーが作業台の上から覗き込む。
『玲、嬉しそう』
「だって三回目で決まったんだよ?」
『三回も作ったんだ』
「三回しか、だよ」
『研究者だね』
「そういうこと」
玲は笑った。
* * *
完成した化粧水を、清潔な容器へ移す。
透明な液体が、容器の中で静かに揺れた。
「……完成」
玲はそれを持ち上げる。
「化粧水、完成!」
「ワン!」
『おめでとう』
「ありがとう!」
玲は嬉しそうに笑う。
石鹸二号。
そして化粧水。
二つが作業台の上に並んだ。
「……なんか、それっぽくなってきた」
『何が?』
「商品」
『もう売る気?』
「まだ試してもらってないでしょ」
『玲、商売するんだね』
「そういうつもりじゃ……」
玲が言葉を止める。
少し考えてから、二つの商品を見る。
「……でも」
玲は小さく笑った。
「良いものができたなら、必要としてくれる人に使ってもらいたい」
『なるほど』
「そのためには、ちゃんと手続きしないとね」
玲は化粧水を見つめた。
「まずは、グレイスさんに使ってもらおう」
* * *
しばらくして。
グレイスが化粧水を手に取った。
「これが化粧水?」
「はい」
玲が頷く。
「洗顔した後に使ってください」
「分かったわ」
グレイスは少量を手に取り、顔になじませる。
「……」
しばらくして。
「どうですか?」
「気持ちいいわ」
グレイスが頬に触れる。
「肌がしっとりしてる」
「べたつきは?」
「ないわね」
「香りは?」
「優しい香りで好きよ」
「よかった……!」
玲は胸を撫で下ろした。
「石鹸と一緒に使ったら、もっと良さそうね」
グレイスが言う。
「そうなんです!」
玲の目が輝く。
「私もそう思ってました!」
「だったら――」
グレイスが二つを見比べる。
「一緒に使えるようにしたらいいんじゃない?」
「セット……」
玲が呟く。
頭の中で何かが繋がった。
石鹸。
化粧水。
セット。
「……」
玲の目が輝く。
「それ、いいかも」
『玲、また何か思いついた?』
「うん」
『嫌な予感』
「なんで!?」
玲は笑う。
「だって、石鹸と化粧水を一緒に使えば、もっと肌のお手入れがしやすくなるでしょ?」
『また忙しくなるね』
「大丈夫」
玲は自信満々に頷いた。
「楽しいから!」
グレイスがそんな玲を見て、柔らかく笑う。
「完成したら、また一番に試させてね」
「もちろん!」
玲は元気よく答えた。
そして――。
「あ」
突然、玲の動きが止まった。
「どうしたの?」
「……商業ギルド」
「商業ギルド?」
「そうだった!」
玲は頭を抱えた。
「石鹸と化粧水ができたら、商業ギルドに相談しようって思ってたのに!」
『忘れてたんだ』
「完全に!」
「ワン」
『玲らしいな』
「雷電まで!」
グレイスが笑う。
「じゃあ、次は商業ギルドね」
「はい!」
玲は作業台の上に並んだ二つを見つめる。
石鹸二号。
そして化粧水。
まだ容器も決まっていない。
値段も。
販売方法も。
何も決まっていない。
けれど――。
玲の新しい仕事は、少しずつ形になり始めていた。
「よし!」
玲は二つの商品を見つめる。
「商業ギルド、行こう!」
次に向かう場所が決まった。
玲の頭の中では、もう次のアイデアがいくつも浮かび始めている。
けれど、それはまた別の話。
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――第三十五話 終――




