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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第33話 試作品二号

 数日後。


 作業スペースに、玲は一人で立っていた。


 目の前に置かれているのは――試作品一号。


 この世界で初めて作った石鹸は、時間をかけて固まり、ようやく使える状態になっていた。


「……完成した」


 玲は一号を手に取る。


 見た目は、決して市販品のように綺麗ではない。


 少し色むらもある。


 香りも、整えられた市販の石鹸とは違う。


 それでも――。


「ちゃんと石鹸になってる」


 玲は嬉しそうに笑った。


『良かったね』


「うん」


 アビーが作業台の上から石鹸を覗き込む。


『これ、私も使える?』


「もちろん。人間用だけどね」


『じゃあ、私も使う』


「え?」


 玲がアビーを見る。


「アビーには大きすぎるでしょ」


『玲が持ってくれればいいじゃん』


「……」


 玲が固まる。


『玲が泡立てて、私の身体を洗ってくれればいいよ』


「なんで私がアビーのシャンプー係になるの?」


『だって玲の石鹸でしょ?』


「いやいや、これは人間用!」


『私は犬だけど?』


「知ってるよ!」


『じゃあ問題ないね』


「問題しかないよ!」


 アビーが得意げに尻尾を振る。


『玲が作った石鹸、私も試したい』


「……」


 玲はアビーを見る。


 その隣では、雷電まで、


「ワン」


『俺も』


「雷電まで!?」


『玲の作ったものだからな』


「だからって犬が人間用石鹸を使うのは――」


『駄目?』


「……」


 二匹からじっと見つめられる。


「……犬用に作る予定はないからね?」


『じゃあ、今度作って』


「なんでそうなるの!」


 作業スペースに玲の声が響いた。


 アビーは楽しそうに尻尾を振り、雷電も満足そうに座っている。


「もう……」


 玲は苦笑しながら、一号を洗い場へ持っていった。


「でも、まずは人間が使って問題ないか確認しないとね」


『玲が使うの?』


「もちろん」


『じゃあ、私も横で見てる』


「何で?」


『研究助手だから』


「いつから?」


『今から』


「……まあいいけど」


 玲は笑いながら、一号を手の中で泡立てた。


 白い泡が立つ。


「泡立ちは悪くない」


 泡の感触を確かめる。


 そのまま手を洗い、丁寧に流した。


「……」


 タオルで水分を拭き取る。


 玲はしばらく、自分の手を眺めていた。


「ちゃんと汚れは落ちてる」


『成功?』


「うん。石鹸としては成功」


 玲は頷く。


 けれど――。


「……でも」


 手のひらを開いたり閉じたりする。


「少しだけ、つっぱる」


『つっぱる?』


「洗った後に、肌の水分や油分まで持っていかれた感じ」


『分かるような、分からないような』


「アビーには難しいか」


『犬だからね』


「そうだね」


 玲は苦笑した。


 けれど、その表情はすぐに真剣なものへ変わった。


 もう一度、自分の手を見る。


「一号は、ちゃんと石鹸になった」


 失敗ではない。


 むしろ、初めて作ったものとしては十分な出来だ。


 でも――。


「私が作りたいのは、ただ汚れを落とす石鹸じゃない」


 玲は呟いた。


「肌に優しい石鹸」


 辺境では、顔も身体も石鹸で洗うのが一般的だ。


 洗った後の乾燥や肌荒れも、仕方のないものとして受け入れられている。


 だからこそ。


「もう少し、優しくできると思う」


 玲の目が変わった。


 研究者の目だ。


「一号を改良しよう」


『また研究の顔になった』


「だって、ここからが研究だもん」


 玲は作業スペースへ戻った。


 机の上には、届いた素材についてまとめたものがある。


 その中には、油脂として使えそうなものもあった。


「この世界の油脂を使ってみる」


 玲は資料を確認する。


「一号とは違う油にしたら、使用感が変わるかもしれない」


 油脂が変われば、石鹸の性質も変わる。


 固さ。


 泡立ち。


 洗浄感。


 そして――。


「洗った後の肌の感じ」


 そこが重要だった。


 玲はノートを開いた。


 ページの上部に、まず一行。


 『試作品二号』


 その下に、目的を書き込む。


 『一号より、肌に優しく』


 さらに、その下へ。


 『洗浄力を保ちつつ、つっぱり感を減らす』


「よし」


 玲はペンを走らせる。


 使う油脂の候補。


 それぞれの特徴。


 配合を変えた場合に予想される違い。


 考えられる組み合わせ。


 頭の中では、いくつものパターンが浮かんでいた。


「……これと、これを組み合わせて」


 書いては消す。


 また書く。


「うーん……」


 玲は腕を組んだ。


『玲』


「ん?」


『難しい顔してる』


「研究してるからね」


『楽しい?』


「楽しい」


 即答だった。


 玲はノートから顔を上げる。


「だって、一号ができたから次のことを考えられるんだよ」


『一号は成功だったんだよね?』


「うん」


『じゃあ、二号を作る必要ある?』


「あるよ」


『なんで?』


「もっと良くしたいから」


 玲は笑った。


「一号が完成したから終わり、じゃないんだよ」


 日本で化粧品の研究をしていた時もそうだった。


 一度作ったものを確認する。


 使用感を評価する。


 改善点を探す。


 そして――。


 また試す。


「一号は私にとって、この世界での最初の一歩」


 玲は完成した石鹸を見る。


「だから二号は、その一歩をもう少し前に進めるためのもの」


『なるほど』


「分かった?」


『なんとなく』


「なんとなくかぁ」


 玲が笑う。


 足元から雷電の声がした。


「ワン」


『俺は分かったぞ』


「本当?」


「ワン!」


『二号ができたら俺にも見せろ』


「見るだけだからね?」


「ワン」


『食べない』


「……本当に?」


『たぶん』


「たぶんじゃ駄目!」


 アビーの笑い声が響く。


 玲もつられて笑った。


 けれど、笑い終えるとすぐにノートへ視線を戻す。


 そこには、二号の配合案が少しずつ形になっていた。


「よし……」


 玲は最後の数字を書き込む。


「これで試してみよう」


 今度は一号とは違う。


 ただ石鹸にするだけじゃない。


 肌に優しいこと。


 そして――。


 毎日使いたいと思えること。


 それが二号の目標だ。


「一号より、もっと良いものを作る」


 玲は小さく笑った。


 異世界へ来て。


 命を狙われて。


 逃げることしか考えられなかった日々。


 そんな玲が今は。


 自分の作業スペースで、自分の作りたいものを考えている。


「……なんか、不思議」


『何が?』


「私、ちゃんとここで生活してるんだなって」


 アビーが玲を見つめる。


『うん』


 雷電も、


「ワン」


 と短く鳴いた。


 玲は二匹を見て笑う。


「さて」


 そして、ノートを閉じた。


「明日は二号を作ろう」


 試作品一号は、玲に最初の答えをくれた。


 そして今。


 その答えをもとに――。


 試作品二号への挑戦が始まる。


――第三十三話 終――

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