第30話 王都に広がる不穏な影
――王都。
玲が王城から姿を消して、しばらく経った。
王城では、玲の行方を探すための捜索が続いていた。
「まだ見つからないのか?」
国王の問いに、騎士が深く頭を下げる。
「申し訳ありません。現在も捜索を続けておりますが、いまだ手掛かりは……」
「王都から出た可能性は?」
「ございます。しかし、今のところ確かな情報はありません」
「そうか……」
国王は重いため息をついた。
玲は、召喚された女性の一人。
しかし、聖女として正式に認定されているわけではない。
それでも、召喚された者が一人、王城から突然姿を消したのだ。
国王としても、そのまま放置するわけにはいかなかった。
「引き続き探せ」
「はっ」
騎士が退室する。
その様子を、少し離れた場所から見ていた少女がいた。
「……まだ、見つからないんですか?」
姫川愛莉だった。
「愛莉」
国王が愛莉を見る。
「心配することはない」
「でも……」
愛莉は俯いた。
「玲さん、どこに行っちゃったんでしょう」
あの日。
自分と玲は一緒に、この世界へ召喚された。
けれど――。
召喚された直後から、二人の扱いはまるで違っていた。
愛莉の周りには、王族や神官たちが集まった。
聖女だと告げられ。
次々と質問をされ。
何が何だか分からないまま、たくさんの人に囲まれていた。
その一方で。
玲には、ほとんど誰も声をかけなかった。
そして、そのまま別の部屋へ連れて行かれた。
愛莉は、その後のことを何も知らない。
「……私、玲さんとちゃんと話もできなかった」
愛莉がぽつりと呟く。
「どこにいるんだろう……」
「きっと、どこかで無事にいる」
王妃が優しく声をかけた。
「そう……ですよね」
愛莉は小さく頷いた。
けれど。
胸の奥にある不安は消えなかった。
* * *
王都の街。
「今年は野菜が少なくないか?」
「去年より値段も上がってるぞ」
「それだけじゃない。最近、体調を崩す人も増えてるらしい」
「季節の変わり目だからじゃないか?」
「そうかもしれないけどな……」
市場を行き交う人々の会話。
まだ、大きな騒ぎにはなっていない。
店も開いている。
市場にも商品は並んでいる。
王都は一見、いつもと変わらない。
けれど――。
野菜や穀物の値段が少しずつ上がっている。
以前より、品薄になっているものもある。
体調を崩す人も増えている。
ほんの小さな異変。
それが少しずつ積み重なっていた。
* * *
「……最近、街の様子が変じゃありませんか?」
愛莉が王太子に尋ねる。
「そうか?」
「はい」
愛莉は窓の外を眺めた。
「前より、みんな元気がない気がします」
「気のせいだろう」
「そうかな……」
愛莉は納得できないまま、外を見つめる。
聖女。
そう呼ばれるようになってから、毎日のように神殿や王城で過ごしてきた。
祈りを捧げ。
祝福を求められ。
周囲から期待される。
けれど――。
自分が本当に、この国を救えるのか。
愛莉には分からない。
「私……本当に聖女なんですよね?」
愛莉が小さな声で尋ねる。
「もちろんだ」
王太子は迷いなく答えた。
「神殿も君を聖女として認めている」
「……」
愛莉は俯いた。
聖女。
そう言われても。
自分自身には、特別な実感がない。
そして、ふと玲のことを思い出す。
「玲さん……」
あの時。
自分と一緒に召喚された玲。
ちゃんと話すことさえできなかった。
「……無事ならいいな」
愛莉は窓の外を見つめた。
* * *
その頃。
王城の一室では、国王と王太子、そして宰相が話し合っていた。
「玲の捜索についてだが」
国王が口を開く。
「いまだに見つからぬというのは、どういうことだ?」
「騎士たちが各地を探しております」
宰相が答える。
「ですが、これ以上捜索範囲を広げれば、かなりの人員が必要になります」
「……」
「すでに王都周辺には、相当数の騎士を派遣しております」
宰相は淡々と続ける。
「ですが、玲という女性は聖女として正式に認定されているわけではありません」
愛莉が聖女として扱われている。
それは王家も神殿も認めている。
一方、玲については――。
王家は、玲が本物の聖女だとは知らない。
ただ召喚された女性の一人。
それだけだった。
「玲をいつまでも探し続ける必要があるのでしょうか」
宰相が静かに言った。
「見つからないのであれば――」
ほんの一瞬。
宰相の目が細くなる。
「このまま放っておいてもよいのではありませんか?」
「……」
部屋に沈黙が落ちた。
王太子が眉を寄せる。
「しかし、行方不明なのだぞ」
「もちろん、無事であることが一番です」
宰相は穏やかに答えた。
「ですが、王国には他にも対応すべき問題がございます」
その言葉に、国王が窓の外を見る。
王都。
そこには、いつもと変わらない街並みが広がっている。
しかし。
市場の品不足。
少しずつ上がり始めた物価。
体調を崩す者。
小さな異変は、確実に増えていた。
「……確かに、国内の状況も気になるな」
「はい」
宰相が頭を下げる。
「玲の捜索にばかり人員を割くわけにもいきません」
国王はしばらく黙っていた。
「……捜索は規模を縮小せよ」
「陛下!」
王太子が声を上げる。
「玲は――」
「分かっている」
国王が手を上げる。
「だが、今は王国の問題を優先する」
「……」
王太子は納得できない顔をしながらも、黙った。
宰相は深く頭を下げる。
「承知いたしました」
その表情からは、何も読み取れない。
* * *
夜。
愛莉は自分の部屋の窓辺に立っていた。
遠くに見える王都の明かり。
いつもなら綺麗だと思う景色。
なのに。
今日は、どこか暗く感じる。
「……玲さん」
愛莉は窓に手を当てた。
「どこにいるの?」
返事はない。
「無事だよね……?」
あの日。
ちゃんと話をすることさえできなかった。
だからこそ、余計に気になってしまう。
「私……玲さんに何もできなかったな」
愛莉は小さく呟いた。
玲がどこへ行ったのか。
愛莉は知らない。
ただ――。
無事でいてほしい。
それだけだった。
そして王都では。
玲の行方とは別に、少しずつ異変が広がり始めていた。
まだ誰も、それが何を意味するのか分からない。
けれど。
小さな変化は、やがて大きな波となって王都を揺らすことになる。
その頃、玲は――。
王都から遠く離れた辺境で。
自分だけの新しい人生を、一歩ずつ歩み始めていた。
――第三十話 終――




