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愛犬たちと異世界辺境スローライフ~王家から逃げたアラサー女子、スマホ通販で快適生活~  作者: 紅しょうが


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第25話 新しい仕事の相談・前編

 離れへ戻る前に、玲たちはレオンハルトの屋敷へ向かっていた。


 冒険者ギルドを出てから、玲の頭の中にはずっと同じことが浮かんでいる。


 仕事をする。


 そう決めた。


 なら、次にすることは――。


「レオンハルトに相談しよう」


「ワン」


『そうだね』


 腕の中のアビーが頷く。


 その足元では、雷電が機嫌よく歩いている。


「雷電」


「ワン?」


「さっきの拒否柴は何だったの?」


「…………」


『雷電、聞こえないふりしてる』


「やっぱり?」


「ワン」


『知らない』


「はいはい」


 玲は苦笑する。


 さっきまで道の真ん中で頑として動かなかったとは思えないほど、今の雷電は普通に歩いていた。


 やがて、レオンハルトの屋敷が見えてくる。


「ここに来るのも、なんだか慣れてきたね」


『玲たちの離れがあるからね』


「そうなんだけど……」


 玲は屋敷を見る。


 昨日までは、レオンハルトの屋敷という感覚が強かった。


 でも今は、その敷地内に自分たちの暮らす場所がある。


 ほんの少しだけ、自分の居場所が増えたような気がした。


 門を通り、屋敷の扉へ向かう。


 扉が開く。


「お帰りなさいませ、玲様」


「……え?」


 玲が目を丸くする。


 出迎えた執事が、穏やかに頭を下げている。


「お帰りなさいませ」


「あ……」


 玲は一瞬戸惑った。


 けれど、すぐに意味を理解する。


「そっか。離れに住んでるから……」


「はい」


「じゃあ……ただいま?」


「お帰りなさいませ」


「……なんか、ちょっと嬉しいかも」


 玲が小さく笑う。


『良かったね』


「うん」


 すると、奥から侍女たちがやって来た。


「玲様。この機会に、私どもも改めてご挨拶を」


「あ、はい」


 玲は慌てて姿勢を正す。


 先頭の女性が丁寧に頭を下げた。


「侍女頭を務めております。どうぞよろしくお願いいたします」


「一ノ瀬玲です。こちらこそ、よろしくお願いします」


 玲も頭を下げる。


 そして、腕の中のアビーを見る。


「この子がアビー」


『よろしくお願いします』


「…………」


 侍女頭の動きが止まった。


「アビー……様?」


『様はいらないよ』


「…………」


「アビー!」


『何?』


「いきなり普通に喋らないの!」


『だって挨拶でしょ?』


「そうだけど!」


 玲が慌てていると、足元から声がする。


「ワン」


『また固まってる』


「雷電も言わなくていい!」


 侍女頭はしばらくアビーと雷電を交互に見ていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……承知いたしました。よろしくお願いいたします、アビー様」


『だから様はいらないって』


「アビー!」


 屋敷の中に、玲の声が響く。


 侍女たちがくすりと笑った。


 玲もつられて笑う。


「……なんか、すみません」


「いえ。こちらこそ、これからよろしくお願いいたします」


 その言葉に、玲は少しだけ嬉しくなった。


 ここで暮らす。


 その実感が、ほんの少し増した気がした。


「レオンハルトは?」


「執務室にいらっしゃいます」


「ありがとう。ちょっと相談があるから行ってくるね」


「はい」


 玲はアビーを抱き直す。


「行こう、雷電」


「ワン」


 今度は素直についてくる。


「……さっきもそれくらい素直なら良かったのに」


「ワン」


『俺は俺の意思で歩いている』


「はいはい」


 玲は笑いながら廊下を進んだ。


 ***


「レオンハルト」


 執務室の扉をノックする。


「入れ」


「失礼します」


 扉を開けると、レオンハルトが机に向かっていた。


「玲か。どうした?」


「ちょっと相談があって」


 玲は部屋へ入り、向かいの椅子へ腰を下ろす。


 アビーは玲の腕の中。


 雷電は足元。


「仕事のことなんだけど」


「……冒険者の依頼か?」


「それもするよ」


 玲は首を横に振る。


「でも、それとは別に、自分で仕事を始めたいと思ってる」


「仕事を始める?」


「うん」


 レオンハルトが玲を見る。


「具体的には?」


「石鹸とか化粧水とかを作って、売ることを考えてる」


 レオンハルトの表情が少し変わった。


「それで、俺に何を相談したい?」


「まず、この辺境でそういう仕事を始めるにはどうしたらいいのかなって」


「……何故、化粧品なんだ?」


 その問いに、玲は少しだけ考えてから答えた。


「私、日本では化粧品メーカーで研究の仕事をしてたの」


「研究?」


「うん。化粧品の開発研究」


 玲は自分の手を見る。


「新しいものを考えたり、成分を調べたり、試作品を作ったり……そういう仕事をしてた」


 異世界に召喚されてから。


 王都から逃げて。


 命を狙われて。


 辺境へやって来た。


 生きることに必死で、今までの自分の仕事のことを考える余裕なんてなかった。


 でも。


「だから、こっちでも研究がしたい」


 玲は顔を上げた。


「日本でやってたことを、ここでも続けてみたいんだ」


「…………」


「もちろん、日本と同じものを作るんじゃないよ」


 玲は続ける。


「この世界には、この世界の薬草や植物があるから。それを使って、こっちの人たちに合うものを作りたい」


「なるほど」


「だから、薬草に詳しい人とか、いないかな?」


 レオンハルトは少し考えた。


「それなら、グレンに聞いてみるといい」


「グレンさん?」


「ああ」


「薬草に詳しいの?」


「グレン自身というより――」


 レオンハルトが言葉を止める。


「妻だ」


「奥さん?」


「ああ」


 玲の目が輝いた。


「会ってみたい!」


 レオンハルトが少し眉を上げる。


「まだ何も頼んでいないぞ」


「でも、女性なら美容のことも分かるかもしれないじゃん」


「美容?」


「うん。実際に使うのって女性が多いでしょ?」


「……そうなのか?」


「そうだよ」


 玲は当然のように答える。


「作る側だけで考えてもダメなの。実際に使う人が何に困ってるのか知りたい」


「なるほど」


 レオンハルトは少し考え込む。


「確かに、それはそうかもしれないな」


「でしょ?」


「だが、妻に何を聞くつもりだ?」


「美容について困ってることとか」


「……」


「肌の悩みとか、今使ってるものとか」


「……」


「どんな石鹸が欲しいとか」


 レオンハルトが黙る。


「何?」


「いや」


 レオンハルトは玲を見る。


「お前は本当に、もう始めるつもりなんだな」


「うん」


 玲は迷わず頷いた。


「せっかく仕事にするなら、ちゃんと役に立つものを作りたいから」


 レオンハルトはしばらく玲を見ていた。


 そして、小さく頷く。


「分かった。グレンに話をしておこう」


「本当?」


「ああ。妻に会えるようにしておく」


「ありがとう!」


 玲の顔がぱっと明るくなる。


 アビーが玲の腕の中で尻尾を振った。


『玲、楽しそう』


「うん。だって、やっと始められそうなんだもん」


「まだ話を聞くだけだぞ」


「分かってるって」


『玲、もう頭の中で色々考えてるよ』


「アビー!」


「…………」


 レオンハルトがアビーを見る。


『何?』


「いや……」


 レオンハルトは小さく息を吐いた。


「お前たちが来てから、静かだった屋敷が随分と賑やかになった」


「そう?」


「ああ」


「でも、悪いことじゃないでしょ?」


「……そうだな」


 レオンハルトがほんの少しだけ笑った。


 玲はそれに気づかず、これから会うグレンの妻のことを考えている。


 どんな人だろう。


 どんな美容の悩みがあるだろう。


 この世界では、どんなものが使われているのだろう。


 そして――。


 自分の知識が、どこまで役に立つのだろう。


「楽しみだな」


『玲、もう研究者の顔してる』


「まだ何もしてないってば」


「ワン」


『俺は飯が楽しみ』


「雷電はそればっかり!」


 玲の声が、また執務室に響いた。


 こうして玲の新しい仕事は――


 まず、一人の女性の話を聞くところから始まることになった。


――第二十五話 前編 終――

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